第203話 花の部屋

リーフが目覚めると、そこは高価な花が所狭しと並べられた広い部屋だった。


「・・・どこ・・・?」

まだ回らない頭で、何も思い出せない。


広いベッドの上に自分はちょこんと座っている。


「・・・」


「!!!」ズキッと脇腹が痛んだ。見ると、包帯が巻いてある。


「何があってこうなったの・・・?」


ボォン


壁かと思っていたところにいきなり映像が現れた。

そこは広い壁一面がテレビモニターになっていた。


快晴の中の教会。

大勢の人の中を、新郎と新婦らしき影が歩いてくる。

その影が画面に近づくと、二人の顔が見えてきた。


「小次郎さん!」


新郎は小次郎だった。


「美紀さん・・・」


新婦は美紀。幸せそうな笑顔で小次郎の腕に手を回している。


リーフは徐々に思い出してきた。

自転車でぶつかった小次郎との出会い、男だったのに女になったこと、小次郎からのプロポーズ、そして・・・


「瞬さん・・・」


自分を思うままに乱暴した相手が、にこりと微笑みながら花の中に立っていた。




「気が付いた?これ、昨日の結婚式の映像だよ」

瞬は悪びれる様子もなくリーフに近づく。

「この部屋の花は、昨日の結婚式で2人が貰ったけど飾りきれなかったやつだよ。馬鹿みたいに高いのにもったいないよね。」


「来ないでください!あなたは・・・ボクを船の上で殺そうとしたじゃないですか・・・!」

リーフはベッドの上で後ずさる。

「そうだね。でも言ったじゃない?”運命がキミを守るなら、その時はボクはキミの奴隷になろう”って。

ねえ、キミは今、生きている。運命に守られて・・・。

だから約束通り、ボクはキミの奴隷だよ。」


瞬は仰々しく跪いた。


「じゃあ、もうボクをほっといてください!ボクのそばに来ないで!」


「見て。」


瞬は美紀と小次郎の結婚式が写る画面を指さした。


「あの小次郎さんが、キミのことを人質に取っただけで望まない結婚に同意したんだよ。すごいと思わない?世界中どんな女も、何人でもその気になれば手に入れることのできる男が、ただ一人キミのためだけにこんなことまでするんだ。

そしてそのキミはボクに何度も抱かれて・・・」

「やめて!」


リーフは耳を塞いだ。


「小次郎さんはキミが今こっちの世界にいることを知らないんだよ。あの日、病院から消えたままだと思っている。」

「こっちの世界・・・?」

「ああ・・・あっちのことは覚えてないのか・・・。まあ、いいよ。その方が好都合だし。とにかく、キミはもう戸籍上死んだことになってるんだよ?お金もないのに、ボクを拒絶してどうするの?小次郎さんを頼る気?」


リーフは言葉に詰まった。


女になってしまった体では友達も頼れない。もちろん小次郎に迷惑もかけられない。


「ああ、ごめんごめん、キミは何も心配しなくていいんだよ。ボクという奴隷が控えているんだからね。」


瞬は当然のようにリーフにキスをした。


(いやだ!小次郎さん助けて!)

心の中で強く思う。




小次郎は結婚室の翌日で、美紀とホテルの最上階にいた。


窓の外をするどい瞳で眺めている。


(この・・・心臓の高鳴りは・・・)


小次郎は”気配”を感じていた。


「ねえ、明日からの新婚旅行は変更なしでいいわよね?今さら世界を周っても面白くないけど」

美紀がベッドからシルクのガウン1枚で起き上がってくる。


美紀は長年の念願がかなって満足そうだった。


昨日の夜のためだけに今まで磨き上げてきた体は、一層色気を増している。


「ああ・・・」


リーフの”気配”をつかみ取りたい。小次郎はそれだけを考えていた。


(いやだ!助けて小次郎さん!)


頭に直接声が聞こえてきた。


「リーフ!」


「リーフ?」夫の突然の言葉に怪訝な顔をする美紀。


「リーフ!帰った来たのか!どこだリーフ!」


「まさかあの娘のことじゃ・・・」


小次郎は上着だけ掴むと、何かを叫んでいる美紀の声に振り向きもせず部屋から出ていった。






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