第172話 パーティー
「週末にパーティー・・・」
大ちゃんは週末、土曜日、この一文を呪文のように何度もつぶやいた。
パーティー・・・。自分には一生縁がないと思っていた言葉である。
遠い昔、幼稚園年少さんのころに一度だけ、近所の女の子のお誕生日パーティーに呼ばれたことがあるらしいが、残念ながら覚えていない。
「ていうか、ボクが女の子になったり男に戻ったりする方が大問題なんだけどね。」
大ちゃんは苦笑いした。
あれ以来二日間、女の子になることはなかったが、いつどうなるか分からないので常に落ち着かない気分だった。
イケメン小次郎は毎日学校が終わると駆けつけてきて、大ちゃんをキチンと家まで送ってくれた。
朝もお迎えに来ようとしてくれたが、大ちゃんは丁重にお断りした。
朝は両親のどちらかが送ってくれるから、と言うのが表向きの理由で、実際は小次郎と並んで歩くと目立ち過ぎて恥ずかしいからなのだった。
そんなメガネイケメン(才色兼備)の小次郎と、今日はお揃いのスーツを着てパーティーに出なければいけないのだ。
「どうしてこんなことに・・・・」
大ちゃんは朝のうちに有名デパートから届けられたフルオーダーの黒いスーツを見ながらため息をついた。
それを見て大喜びをしたのが母親で、
「すごいすごい!!!」と手を叩いて興奮した。
「見てこの生地・・・一目ですごく上等だと分かるわよ!それにこのデパートのこのお店、シャツでさえ桁が違う値段だから入ったことなかったけど、スーツだったら数十万円はするんじゃない?
その女の人ってすごいお金持ちなのね!でもほんとに頂いていいの・・・?」
母親には、小次郎さんのお友達からパーティーに誘われて、スーツも用意してもらえるから、とだけ話していた。最初は「ふ~ん、そうなんだ」とだけ言っていたけれど、そのパーティーがどうやらとてもすごいものなのだと気づいたらしい。
大ちゃんも、美紀が言ったように”ちょっとした”パーティーではないことには薄々気づいてはいたけれど、予想をはるかに上回りそうだった。
何より驚いたのは、採寸もしていないのにスーツが体に驚くほどピッタリだったってこと。
モデルをしているせいか才能なのか、美紀も小次郎同様タダ者ではないようだった。
ファッションに疎い大ちゃんは分からなかったが、このブランドでこのスピードでスーツを作るということはいくらお金を積んだとしても本当にあり得ないらしい。
「でもまあ、小次郎さんがいっしょだったら安心ね!」
母親は、若干頬を赤くしながらニコニコとして言った。
毎日大ちゃんを送ってきてくれて、礼儀正しく美しく、声も笑顔も極上の小次郎は山本家の(母親と父親の)アイドルのような存在になっていた。
少女趣味な母親などは、小次郎のことを王子様か何かだと思っているらしい。
「あ~、大ちゃんが女の子だったら、素敵な恋が芽生えちゃうかもなのに・・・」
などと、知ってか知らずか恐ろしいことを言う。
「あら、そろそろ五時よ。パーティーは何時から?・・・いいわねぇ、ねえ大ちゃん、写真撮ってきてよ・・・」
母親がウキウキしながら大ちゃんのネクタイを絞める。
「あら、やだ、大ちゃんステキ!!馬子にも衣裳!!」
「わ・・・」
大ちゃんが姿見を見ると、いつもの5割増しカッコよく見える自分がいた。
これが服の持つ力か・・・などと感心してしまう。
その時、玄関のチャイムが鳴って、ハイハーイと母親が行き、数秒後に「キャー!!」と悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたの?!!!」
驚いた大ちゃんが駆けつけると、そこにはいつもの五割増しかっこいいスーツ姿の小次郎が立っていて、母親は感激で玄関に座り込んでいたのだった。
「うわあ・・・・・・・・」
大ちゃんも思わず唸る。自分の五割増しなど焼け石に水のような段違いの小次郎のカッコよさ。
小次郎とのお揃いを心配していことをバカバカしく思った。
だってお揃いにはどう頑張っても見えなかったから。
美紀が回してくれたという車は意外にも国産車だった。(しかし最高級)
「日本で外車なんかに乗るのは馬鹿よバカ。日本車の性能は世界一素晴らしいし、メンテも迅速にできるし、何より日本に適してるわ。」
と言うのが美紀の持論らしい。
「それでもね、美紀はほとんどオーダーでカスタムしているからどんな外車より高くついているんだよ。」
と小次郎がこっそり教えてくれた。
そうはいっても大ちゃん、お金持ちのパーティーなんて想像がつかなかった。
なんとなくドラマでは、大きな部屋やホテルの一室でお酒を飲んで騒いでた気がする。
それともクルーザーで船上パーティーとか?
美紀の車が着いたところは、何やら真っ暗なところだった。潮の音が聞こえるので、すぐに海辺だと分かった。小次郎が大ちゃんの手を取る。「足元、気を付けて。」優しい声。
「あいたっ・・・」
大ちゃんの胸がチクリと痛んだ。あの、妙な感じがまた・・・。
「小次郎さん・・・あの・・・ボク・・・どうしよう・・・」
大ちゃんは胸を押さえてうずくまってしまった。
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