第149話 痛み

赤毛の男はミナの宿屋に駆け込んできた。


そしてすぐに、入口の横の食堂に座っているジャックとリーフを見つけた。


「ジャック!リーフ!無事だったのか!!」

輝く太陽のような笑顔。


リーフは記憶を失っていたが、この人のことは絶対知っていると思った。

しかしジャックは言葉もなく青ざめている。


「何だよジャック!せっかく助けに来てやったのに、葬式に出てるみたいな面しやがって!!

お前たちがいつまでたっても帰ってこないから、地震で崩れた地下道の修復を急がせてやったんだよ!ロザロッソのコネで優秀な工夫を山ほど集めて突貫工事してな。それでも5日はかかっちまったが。いったい何があったんだよ?連絡も寄越さないまま・・・・・おい、リーフ大丈夫か・・・」

興奮気味に話しかけていたアーサーだったが、二人のただならぬ様子に気付いた。


「・・・リーフ?」


「あの・・・どなたですか・・・?」知っているようで知らない男に戸惑うリーフ。


「はぁ?!どなたって・・・おまえ、・・・ジャック、どういうことだ?!」


「・・・・」答えられないジャック。


そこに、バタバタとロザロッソが駆け込んできた。


「ちょっと!アーサー!いま村の人から聞いたんだけど、リーフが記憶喪失になってるって・・・」


「記憶喪失?」

ぎょっとしてリーフを見るアーサー。


ミナが混乱した状況に気を聞かせて説明し始めた。

「ああ、そうなんだよ。この子たちは崖の上から落ちてきて、ジャックは大けが、リーフちゃんは頭を打って記憶喪失になってしまったんだよ。地下道は使えなかったし、伝書鳩は飛ばないしで、上の町に連絡の仕様がなくてね・・・。まあ夫婦でがんばってたよ・・・。」


「夫婦?」


アーサーとロザロッソが目を合わせる。


「夫婦って、リーフとジャックが?」

ロザロッソはリーフの膝の上に座ってキョトンとしている赤ん坊に気付いた。

「やだっあんた一週間もたたないうちに子供産んだのぉ?!」


「まさか!」と笑ったのはミナ。「この子は、ボルトはあたしの子だよ。リーフちゃんにもの凄くなついてるけどね。まあ、この二人に子供ができるのもすぐだろうけどねえ。」


話の途中からジャックとアーサーは青ざめていた。


アーサーは戸惑ってばかりのリーフを見つめた後、椅子に座ったままのジャックの前に立つ。


「ジャック、お前、リーフを・・・。記憶を失ったリーフを・・・?」


ジャックはうつむいたまま。それが返事だった。


ガンッ!!


いきなり、アーサーはジャックを殴り飛ばす。


ジャックは避けることなく、椅子から吹き飛ばされて壁に激突した。


「ジャックさん!!」

驚いて駆け寄るリーフ。

「なにするんですか!」

キッとアーサーを睨みつける。アーサーのこぶしからは血が流れていた。


「リーフ、本当にお前は・・・」


「あなたのことなんて覚えてません!どうしてこんなことするんですか?」


「どけっ!」

ジャックをかばうリーフに逆上するアーサー。リーフの肩を掴み、ジャックから引きはがそうとするがリーフはジャックにしがみついて離れようとしない。


「どけよ!どうしてかばうんだこんなやつ!!」

「だってボクの夫です!!」

「お前の夫なんかじゃない!!」


アーサーはリーフを力づくで抱き寄せ、腕の中でキスをした。


「・・・・・!!!」


頭の中が真っ白になると同時に、リーフの太ももの紋章が熱くなっていく。





白い世界が徐々に色を付けていった。


時計を逆回ししているような。


ロザロッソ、クルト、シャルル、ブルー、ベイド、マーリン、ララ・・・他にもこの世界で出会ったたくさんの人たち。ダメダメだった現実世界の自分、小さな神様。そして笑顔のジャックとアーサーが、鮮やかによみがえる。


唇を離した先に、怒りと悲しみの目をしたアーサーがいた。




心臓が破れそうなぐらいの痛みがリーフを襲う。




「アーサーさん・・・」


「思い出したのか・・・?」


その言葉に、ジャックがうなだれていた顔をあげた。

アーサーに抱きしめられて茫然とするリーフを見る。


リーフは、昨日自分がクロードに乱暴され、ジャックと本当の夫婦になったことがどういうことか気づいてしまった。



「あ・・・ボクは・・・ボクたち・・・昨日・・・」

視界がぼやけるリーフ。水の中で目を開けてるみたいに涙がボロボロ流れている。


ジャックが、一番見たくない姿だった。


「ジャックさん・・・どうして・・・」


「すまない、リーフ・・・。許してくれとは言わない・・・。」


「ひどいよ・・・・。嘘をついて・・・そんな・・・」


「リーフ・・・。」

ジャックは静かに立ち上がり、リーフとアーサーとロザロッソの横をすり抜けて外に出た。



そして怪鳥に変身する。



傷だらけの翼を広げて、振り向くことなく夜の空へ消えていった。


リーフはどうしようもなくなってその場に座り込む。

(ボクはジャックさんと・・・。)

ロザロッソがリーフの肩をポンポンと叩いて落ち着かせている間に、アーサーもどこかへ行ってしまった。



その晩、リーフはロザロッソとともにミナの宿屋に泊まり、翌朝になっても、アーサーとジャックが帰ってくることはなかった。



ロザロッソは霧深い崖の下の町の朝の空を眺めながらリーフに言った。


「男って辛かったら逃げちゃうもんなのよ。まあ気にしなさんな!これからは女同士楽しく旅をしましょう!」

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