第97話 魔法のハンカチ

「泣いたりしてごめんなさい・・・。いろいろ頭の中がごちゃ混ぜになって・・・お母さん思い出して寂しくなるし・・・」

ヒックヒックしゃくりあげながら泣くリーフ。


そもそも一人っ子のマザコンの甘えんぼなのである。

この変な世界に来てから、寂しさを感じる暇のない毎日だったが、よく考えると家族に随分会っていないのだった。

男の子なら情けないが、女の子なら泣いてもいい気がした。

「お母さんとお父さんに会いたいな・・・」


一度開いた口は止まらなくて、ブルー王に襲われたことや、クルトのことが好きかどうか分からないことなど、バニイ相手に話してしまった。


バニイは瞬きもせず、まっすぐにリーフを見ながら最後までだまって話を聞いていた。


バニイは人生のすべてをこの城に捧げたため結婚もせず子供もいないが、目の前で泣きじゃくる女の子を娘のように可愛い、守ってやらなければと思う。


リーフが一通り話し終えると、バニイはリーフの手を自分の両手で優しく包んで言った。

「リーフ様、こんなにお小さいのに、お可哀想に。お辛かったでしょう。

ブルー様は大変聡明なお方ですし、幼き頃より他国に人質として預けられ、並々ならぬ苦労もされておられます。カナシャ様のことがあるまでは、誰よりもお優しいお方でした・・・もちろん、心の中はいまでもきっと。

ただ、リーフ様になさったことは・・・酷いことです。でもきっと一人の殿方として、抑えきれない感情から来るのだと思うのです。女の身ではなかなか理解できかねますがね・・・。」


押さえきれない感情・・・。少しは、理解できるリーフ。だからこそブルーを憎めないでいる。



「クルトも、とてもいい子。側にいたらだれだって好きになるでしょう。

ああリーフ様、どんなに齢を重ねても、自分の感情にはっきりした名前なんて付けられないんですよ。

ましてや、恋なんて一番複雑ですからね。」


「恋・・・」

恋なのだろうか。自分が男の子の戻り、女の子だったララに会った時は、明確に恋だと思った。でも、今回は分からない。


「さあ、もう泣き止んでください。見ているこちらがつらくなります・・・。リーフ様、このハンカチを差し上げましょう。これは、魔法のハンカチ。これで涙を拭くと、すぐに笑顔になれるんですよ。」

「ほんと?」

それは、何の変哲もない綿の、丁寧に使い込んだ白いハンカチ。小さな花の刺繍が一個だけしてあった。


リーフはそっと涙を拭いてみる。

柔らかい生地とバニイの優しさが嬉しくて、またポロポロ涙が出てしまった。

「また泣いちゃったよ・・・バニイの嘘つき・・・」


「嘘なんかついてませんよ。だってリーフ様、笑ってらっしゃる。悲しい涙ではないんでしょう?」




夕方になる少し前。落ち着いたリーフが馬小屋に戻って、クルトと馬の世話をしていると、

「成功~!」

ぴょんぴょん跳ねながらロックが帰ってきた。

「ほめてほめてっ!」


リーフに抱き付こうとして手前でこける。

「いったーい!あはは!でもこれは無事だよ~」

クルトは、小さな包みを開ける。そこにはお茶の葉っぱらしきものと、パンの欠片が入っていた。


「すごい!ロック、これが姫様の食事?」

「そうだよ~!ボクがこけたりこぼしたり割ったりしてみんなが慌ててる隙に、頂いちゃいました!」

「なんか、だいたい想像できる・・・。」


くんくん、匂いを嗅いでみる。

「うえっ。美味しくなさそうなのは分かったけど、毒かどうかは・・・。クルト、分かる?」

「うーん、ちょっと断言はできないかな、それっぽいけど。よほど詳しくないとね・・。誰かいないかな。」

ロックがはいはーいっと手をあげているが、なんとなく無視。


「あ、クルクルなら詳しいかも!」

「クルクル?」

「森の大賢者なんだ!彼ならきっと、知らないことはないよ!」

「森の大賢者?!すごい!!会いたい!話したい!」ロックの目がキラキラ輝く。


「ああ・・でもどこにいるか分からないんだよなぁ・・・。クルクルっていつもどこかに行っちゃってるから・・・」


う~んと悩むリーフ。

「どうにかおびき寄せるには・・・あ、そうだ!お菓子を焼こう!クルクルが大好きなハチミツ入りのやつ!きっと匂いにつられて向こうからやってくるよ!」


さっそく、久しぶりに紫の壺でケーキを焼く。カステラみたいなハチミツケーキ。


「お、美味しそう・・・!」

焼きあがったケーキを見て、つまみ食いしようとするロック。

「ダメだよ・・・」と言い終わらないうちに、ひょいっとケーキを持つリーフの背後から一本手が伸びてきて、ケーキをつまんだ。


「うん、やっぱりリーフのケーキは最高だ」

振り向くと、見覚えのある茶色の髪にてっぺんだけ金髪フワフワのくせ毛頭が。


「クルクル!?だよね?」

「うん。」

クルクルは、短かった髪が腰まで伸びて、背が高くなり、大人になっていた。

「ちょっと見ないうちにすごく大きくなったねぇ・・・。」驚くリーフ。


「わー!すごい!この人が森の大賢者様?聞きたいことがたくさんある~~!!」ロックは大はしゃぎしてまたこけた。

クルトは恭しく頭を下げる。


「たぶん、クルクルに説明は不要だね。あの、これなんだけど、このパンとお茶の葉の中に何が入っているか分かる?」

リーフは包みを渡した。クルクルはじっと見て、匂いを嗅ぐ。 

そしてあっさり言った。


「これは毒だね。それもかなり厄介な。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る