第5話 隠された秘密




 せまる無数のスノー・マンの群れを片付けながら、僕たちは地下を目指す。


「――イツカ!埒が明かん!強引に突破するぞ!」


「――かしこまりました!師匠!」


「――イツカ!右だ!」


「――うおおい!」


「――師匠!まえ!まえ!」


「――分かっている!」


 そうして、辿り着いた地下。

 まるで見上げるような壁が僕たちの行く手を遮っていた。


「――この先に……」


「――あぁ……、私たちが求める『遺産いさん』があるはずだ」


 この先に一体なにが?

 けれど、何があったとしても、彼女と一緒ならば、恐れるに足りず。


 ふと、僕は壁にぶつかってみた。

 だが、びくともしない。


「――あり?可笑しいな?」


「――イツカ?ここは私が」


 彼女が外套を拭う。


「――待て!待て!あんたがやれば、中の遺留品が全部を破壊し兼ねん!」


「……そうか」


 残念そうに視線を落とす彼女。

 どこからどう見ても、『可愛い』の一言に尽きる。

 って――イカン、イカン。

 そんな場合ではなかった。


 僕は込み上げる煩悩ぼんのうを振り払うと、二度、三度、壁にぶつかってみた。


「ふんぬぅ!」


 ダメでした!

 ここまで堅いとなると、彼女に頼らざるを得ないね。


「――相変わらず、諦めだけは早いのだな」


「失礼な。こっちもマジメにやっているんですよ?」


「まぁ、良いだろう。私にはこちらの方が手慣れている」


 一分の隙もなく、腰に下げた彼女の剣がひらめいた。

 それは、たたずむ壁をズタズタ。に粉砕ふんさいすると、灯る灯籠とうろうの如くきらめいた。


 何と言うことでしょうか?

 先程まで、図太く鎮座ちんざしていた巨壁きょへきが、跡形もなく消し去られてしまったではないですか!


 彼女の剣裁けんさばきをこのように、例える人もいる。

 ――『奇跡』

 寸分違わず抜かれた剣の境地きょうちは、『天才』だと市民は褒め称える。


「――流石ですね!師匠!」


「フッ……。私にできないことなど存在しない」


 彼女は輝くような剣を鞘の中に収めると、前髪を手際よく掻き上げた。


 ……どうして?

 彼女はこんなにも美しいのだろうか?

 まるで汚物の中を生きてきた僕とは正反対だ。


 簡単にまとめると、僕はとある地方都市のスラム街、出身だ。

 勿論、『現実』と『夢』を混合されても困るから、あくまでもこちらの世界に限る。

 ――あり?僕は日本生まれ、育ちではなかったのだろうか?うごご……。

 それでも、一年前は、夢を見始めたあの頃は、僕は盗人を稼業としていた。

 その時、偶然盗みを働いたのが――彼女だ。


『――ほう、貴様……、良い度胸だな』


 偶然と偶然は折り重なって一つの奇跡を呼ぶ。


 当時の僕は屈しなかった。

 決して、奪った金貨を逃さぬように、抱えては逃げ回っていた。

 しかし、相手はただの人間ではない。

 魔王討伐パーティーに属していた金色の稲妻アイリスだ。

 敵うはずもない喧嘩を僕は売ったことになる。

 当然、僕は捕えられた。


『は、離せ!』


『遊びは終わりだ。いさぎよく貴様の敗けを認めろ』


 貴族に逆らった罪は重い。

 大罪人として処刑されるはずだった。

 そんな窮地きゅうちを救ってくれたのが、彼女だ。


『――貴様、死ぬことが怖くないのか?』


『死は恐ろしい。だが、同時に死は救済きゅうさいだ。

 僕は今から、救われる。

 この不条理ふじょうりな夢から救われるならバンバイザイだ』


 現実共々疲弊していた僕という人間。

 夢でさえも幸福ユーフォリアを残してはくれなかった。




 ――彼女は言った。


『死を救済だと抜かす馬鹿者には、反対に私が地獄を与えてやる。

 それが、貴様から私へのつぐないだ』




 僕はアイリスのこの一言で解放された。

 以後、僕は彼女に感化され、冒険者へと転身した。


 僕は深淵しんえんの中を朧気おぼろげに見つめた。


「……ここ、は?」


「不思議な所だな」


 仄暗い謎の液体で一面を覆い尽くされた試験管が、無数に立ち並んでいる。


「何だか、嫌な予感がするのぅ……」


「同感だ」


 僕たちは火中の栗を拾うように、未開の領域へと足を踏み入れた。


 ――瞬間。


 ――その中身と、目が合った。


「――ひぃ!」


「どうした!イツカ!」


「い、今、目が合ったような……」


「……馬鹿な冗談は止せ。

 流石に言って良いことと、悪いことがあるぞ?」


「で、でも!」


「『でも!』ではない。

 それに、この奇妙な箱の中に――ひぃ!」


 どうやら、彼女も同じ境遇きょうぐうおちったらしい。


「でしょ!?でしょ!?」


「……あぁ」


 彼女は決心したかのように瞳を滾らせると、僕を真剣に見つめ返した。


「いっそ、割ってみるか――?」


「――待って!待って、ください!僕にも深呼吸は必要です!」


 この時点で僕は予感していた。

 それは、まるで悪夢のように……。


「――それに、師匠!ここにまた、資料があります!」


 僕は置かれた机へと一直線に向かった。


「何て書いてある?」


「――『アプリロイド』?」


 僕は英語の羅列を読み上げると、確信した。


 ――このダンジョンは『死体農場ボディー・ファーム』だ。

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