狂信者

「仕事の話をしようぜ、神父?」


 ヒスイが「……禁煙」と言うのを聞き流しながらケイジは装甲車の後部座席で電子タバコの煙を吐き出す。浮かべるのはニヤニヤ笑いの悪い笑顔だ。


「仕事、ですか?」

「ヤァ。その通りだ。空気を読んで何となく付き合わなきゃいけねぇ気分になっちまったが、俺は別にテメェらと同じ船に乗る必要はねぇ。沈むタイタニックをスクリーン越しに楽しむ立場だってとれる。だから仕事の話・・・・だ」

「リコ様は宜しいので?」

「カップルシートでも予約するさ」

「……イズミコ様は?」

「誰だそりゃ? テメェの初恋の相手かい? ソイツは良い。控え目に行って興味は有るぜ? 酒のツマミにでも聞きてぇな。だが――仕事の話をしようぜ・・・・・・・・・、神父」

それ・・で、良いのですか?」

「義理か? それとも血か? その辺のことを言ってんなら考慮済みさ。だから俺は迷ってやってる・・・・分かるか? 分かんねぇならシンプルに言ってやる。言葉に・・・気を付けな、神父。テメェの発言次第で俺は半券片手にポップコーンの調達に行っちまうぜ?」

「……」


 無言で神父がガララを見る。ソレを受けてガララは肩を竦めた。


「その場合、ガララはコーラの調達を任せられている」


 だからこっちを見ても無駄だよ、とガララ。

 元よりリコとケイジの事情だ。ケイジが母の願い、と言うか願望である『お国再興の為に戦うのですよ』。それを半分切り捨てた時点で、ジャックとしては車を降りても良い。

 ガララとレサトがまだ乗っているのはケイジが乗っているからだし、ケイジが乗っているのはリコが乗っているからと言うのと、一応は受けた仕事の途中だからだ。そして一応、リコは安全地帯に運んだ。その際の報酬を支払わずに更に仕事を被せると言うのなら――


「生憎と俺は義理人情で腹が膨らむモンスターじゃなくてね。都市軍隊長クラスを喰える戦力が二人――」


 と、そこでケイジのブーツが叩かれる。見ればレサトが、おらぁん! と何かをアピールしていた。何故か言いたいことが分かった。


「――ヤァ。そうだな、二人と一機だ。幾ら出す?」


 そんなわけで訂正一つ。レサトはソレで満足したらしいが……まぁ無理だ。吹っ掛ける気は無い。それでも、ケイジとガララと言う商品だ。

 リコで、或いは血で、動かすには安過ぎる・・・・


「貴方達は既に都市軍に手を出しています。もう退けないのではありませんか?」

「あー……神父。テメェ、素人さんだったんだな」


 そんな奴の口車に乗っちまった自分の不様を嘆きてえぜ、とケイジ。


「開拓者なんざそんなモンだ。『雇われたから、やった』。それを認めねぇとやってけねぇよ。ギルドのシマを荒らしたわけでもねぇしな。目は付けられるだろうが、それだけだ。分かるか? っーか、分かってんだろ? じゃなきゃラスター強奪なんざ思いつきもしねぇもんな? ――弱ぇ奴がわりぃ・・・・・・・。どうこねくり回しても変えられねぇ世界ゲームのルールだ」


 大体にして都市軍は厄介ではあるが、怖くはない。権力は有るが、力が無いのだ。各ギルドの精鋭を出される方が遥かに不味く、ケイジとガララは既にその連中の中に入っている。


「……オーライ。分かりました、ミスター・ゴロツキ《ジャック》。仕事の話をしましょう」


 だから神父はそう言うしかなかった。







 教団はオークと仄火皇国と手を組みラスターを奪うことにした。

 そして仄火皇国の本拠地は練石だ。ラスターからは離れている。そうなると、この作戦の本拠地はオーク領に設置される。廃都市群を挟んで人類の領域とは反対側だが、それでも練石~ラスター間よりは近い。

 だからジェィドが請け負った輸送任務はオーク領がゴールになる……わけでは無い。少人数でオーク領に入ったら餌になる。オークは敵性亜人レッドデミなのだ。事情を知らない連中に見つかれば殺されるし、事情を知っていても良く思って居ない奴等に見つかったら事故が起こってしまう。

 ある程度の人数を集めて体裁を揃えて向かう必要がある。

 だから廃都市の中で別働隊と合流して向かうことになった居た。


「『我らの神が求めるものは?』」

「『平穏だ』」


 神父の問い掛けに、部隊長と思われるキツネの獣人が答えた。装備――と言うか人種的に見て仄火皇国からの人員なのだろう。事情を知って居るのか、キツネはケイジに視線を送って来た。「……」。嫌な匂いがした。降りようとするリコをケイジが手で制すると、ヒスイがリコの荷物からローブと引っ張り出し、着た。体格差からちょっとだぶついている。


「わりぃね」

「構わない。お客様を安全に送り届けてこそだから」

「ヤァ。良いね。惚れそうだ」

「兄さんを突破できるなら付き合ってあげても良いよ?」

「それはそれは――」


 難易度が高いことで。笑いながらそう言って、ケイジとガララ、それとレサトは聖女モドキとなったヒスイの護衛に付く為に完全武装で車を降りた。キツネの視線はケイジから外れ、その代わりに一瞬だけ、その尖った耳がケイジの方に向けられ、逸らされた。

 意識をしている。だがソレを見せたくない。そういうことだ。


「……」


 コレは来るな。

 ケイジはそう判断した。ガララも、ヒスイも、カワセミも、それと神父もだ。リコとレサトは気が付いて居ない。銃撃が来た。狙撃だ。狩人レンジャーだろう。どこからだ? 解んねぇな。そう判断したケイジの左腕からは血が出ていた。狙われたヒスイを庇った結果だ。地味に痛い。それでも動くのに支障はない。だから初弾に装填しておいた煙幕スモークを撃った。

 煙に包まれる。

 その刹那に神父の腹に銃弾が突き刺さった。ごぶ、と血を吐く神父。崩れた。膝立ちになる。次の瞬間、頭が吹き飛んだ。倒れる。


「ちっ」


 と舌打ち。

 想定よりも腕がいい。


「ヘィ、キャプテン・フォックス! これが仄火皇国の答えで良いのか?」

「オレの判断だよ、皇子殿下。この国にアンタは必要ない」

「ヤァ。同意見だ! 教団連中は俺を噛ませて利益を引っ張ろうと思った見てぇだが、俺にその気はねぇ! 単なる雇われさ!」

「信じられんな」

「……だろうな」


 悲しいことだが、とケイジは肩を竦める。

 キツネは忠臣と言う奴なのだろう。従妹サマは部下に恵まれているようで羨ましい。後で腹を切ることになってもケイジと言う継承権持ちを弾こうとしている。


『ケイジ、三人来た』


 警告。探査エコーを張っていたガララの感覚に引っ掛かったのだろう。煙に紛れて退こうとするケイジ達を煙に紛れて始末しようとしているのだろう。一秒。考える。


『始末する』


 言って、ケイジが前に出る。

 煙を突き破って飛び出せば隊長キツネと、ウッドエルフ、リザードマンがこちらに向かってきていた。

 恐らくは盗賊シーフ。ガララと同じ様に煙の中でも視界を得られる探査エコー持ちだろう。揃いのARの下にはアタッチメントでSGがセットされている。それがケイジを狙う。だがキツネだけだ。あとの二人は逃げずに攻めて来たケイジに驚き、固まっていた。掌底。長いARの銃身をケイジがかち上げる。銃声。キツネのSGが空を撃ち、勢いそのままにバックストックが下からケイジの顎を打ち抜いた。


「――っぐ!」


 揺らされた脳。くらくらする。ふらついてケイジが下がった。っか、舌噛んだ。地味に痛い。だがその痛みで飛ぶのが抑えられた――気がする。気がしないとただ痛いだけなので辛い。


「――」


 ぺっ、と血と唾を吐き捨てる。銃口が向けられる。ふらりとケイジがよろめく様にして踏み込み、払い、距離を詰め――ヘッドバッドを喰らう。よろめく。喉目掛けて噛み付きが来た。かち、と歯が噛み合う音。紙一重で避けた。


「テメェ、盗賊シーフじゃねぇな?」

「――」


 問い掛けに返される無言。にらみ合うケイジとキツネ。戦線が止まる。それは悪手だ。その判断が少し遅れていたらケイジは死んでいた。とっさ、下がり煙に潜る。銃声。遠くから。スナイパーに狙われているのだ。呑気に相手をしている暇は無い。

 と、言うか数の上でも不利なのだ。こうしている間にも包囲が狭まりキツネの部下が煙に近づいて来ている。時間を掛けるだけ不利になる。どうするかな? 考える。ぶち殺せ。そんな答え。


「――強襲アングリフ


 ケイジの言葉に、


強襲アングリフ――」


 キツネの言葉が重なる。

 銃剣道。ARとSGを剣の様に扱いながら蹴り足を至近で叩き込む。キツネがよろめいた。距離を詰め、足を踏み止め、ヘッドバッド。合わせられる。ケイジが負けた。「まっ、じかよ――」。くらん、と揺れる。「鉄板を埋めてある」。そんな衝撃発言と共に――二発目。SGで受け、はじき返す。距離が開いたSGを撃つ。ARを返される。と、言うか周囲からも来た。呪印が削れる。防弾仕様のベストで止まる。それでも衝撃が骨を折った。拙い。そう思った。だからすぐにケイジはRMDを撃ち込んだ。

 破裂する心臓。

 破裂する視界。

 命を喰らって勝利を喰う。

 急激な加速。跳んで、ARを踏みつけ、そのまま膝を叩き込んでキツネの鼻を短く整形してやった。「ぷぁ」と鼻血を吹き出すキツネ。チャンスだ。SGを叩き込み、右を叩き込み、杭を撃ち込む。

 煙の外に出ていたことが良かった。

 隊長の串刺し。それに皇国側が動揺する。


「――」


 キツネが嗤った。


「はっ、」


 だからケイジも笑ってやった。キツネが腹からこみあげるどす黒い血をケイジに吹き掛けたのは次の瞬間だった。目が潰れる。それでもその前に視界にとらえていた光景がケイジに止まることを許さない。杭を外し、キツネの死体と一緒に捨てた。爆音。キツネが自爆した。

 隊長の死で動揺させようと見せつけていたのが仇となった。

 死に物狂いの生き様は味方に狂気を与える。首根っこを掴まれ、引き倒されるケイジ。伸し掛かられる。動きを封じられる。複数の人影に蹂躙される。そいつ等の何人かからピンを抜く音が聞こえた。自爆特攻。そう言う奴だろう。勘弁して欲しい。そう思った。


「おっ、おっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 獣の咆哮と共に重りが全て吹き飛ばされた。

 頭が半分吹き飛んだ神父が居た。笑っている。勃起している。


「……」


 眼を瞑る。目を開く。見上げるモノに変化はない。

 勃起している。

 ケイジは頭を跨がれているので良く見える。見たくはない。


「神よ! 髪よ? あぁ、あぁ、あぁ、ハゲがっ! 感謝しましゅ! とうそうを私に与えてくれたことを感謝しまぁすぅ! ラァブ、ゴッドォォォォォオオォ!」


 いかくさい。

 勃起が治まってる。

 ケイジはピュアなのでどうしてか分からない。


「逃げて下さいケイジSUMMER! ここは、ここはこ、ここっここここコーヒィぃィぃ! ココアは! ワタクシが匹、浮けまぁす!」


 言語中枢が吹き飛んでいるのか、支離滅裂で発音がおかしい。それでも神父はがつん、がつんとガントレットをぶつけて楽しそう。またズボンが膨らんでるし。

 脳内麻薬がどばっどばなのだろう。

 半分になった頭から血と脳ミソもどばっどばだけど。


「ケイジ、退くよ」

「ヤァ。そうだな楽しそうだから邪魔するのは野暮ってもんだ」


 ――ここは俺に任せて先に行け!


 割と憧れのシチュエーションではあるが、脳ミソが半分吹き飛んでやられるとコメディにしか思えない。それでも――


「助かったぜ、神父。――オルドムング様の祝福を」


 うろ覚えで十字を切ってやる程度には感謝しても良い気分だった。







あとがき

Q.お前土曜に更新するんじゃなかったの?

A.月月火水木金金。大日本帝国に土日などありゃせんわ


そんな言い訳

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