語られないフェアリーテイル

如月ゆう

とある日常のワンシーン ~甘味を添えて~

「おい、ルゥ。甘い物は好きか?」


 唐突にそんなことを聞かれ私は無言で質問者に目をくれると――牛乳や卵だろうか、それらを混ぜ合わせる姿が見て取れた。


「レス、何やってるの?」


 質問に答えるでもなく、そんな疑問が口をつく。だけども、レスは律義に答えてくれた。


「ん? あー、お菓子を作ろうと思ってな。でだ、ルゥは甘いものは好きか?」


 お菓子――とっても甘くて素敵なものだと聞いたことはある。けれども、かつて奴隷として生きてきた私は最低限の血を与えられるだけで、まともな食事など摂ったこともなかった。

 レスと出会い、初めて食事の素晴らしさを経験した私にとってお菓子など触れてはならない高みのようなものだ。


「……食べたことないから、分からない」


 少し昔のことを思い出し、俯きながら答える私の頭に何かが乗せられた。

 それは私を励ますように左右に動く。とても気持ちよくて心が安らぐ動きに、私は撫でられてるのだと気づいた。


「じゃあ、楽しみにしてろ。なんてったって、俺の作るお菓子は美味いらしいからな。店を出せば良いのに――って、何回言われたことか……」


 そう笑いながらレスは言うので、つられて私の口角も上がる。


「うん!」


 だって、きっと美味しいから。

 いつものご飯でさえ美味しい。レスが私のために作ってくれる。それらの理由から、食べるよりも前に美味しいと分かってしまう。

 ともすれば、さきのレスの発言に引っ掛かりを覚えた。


「…………? ねぇレス、誰に言われたの?」


 色々な材料を混ぜ終え、出来上がった液体を容器に移すレスの姿を眺めながら尋ねてみる。

 その容器を何かの魔導具にセットするとひと段落ついたのか、こっちを向いて返事を返してくれた。


「誰にって、何のことだ?」

「さっきのお店を出せばって話」


 話の流れが読めずに困惑していたレスだったが、私の言葉に合点がいったのか「なるほど」と頷く。


「……あぁ、その話か。俺の妹弟子だよ」

「…………いもうと……でし?」


 聞き覚えのない言葉に私は頭を捻った。


 妹、は知ってる。同じ両親から生まれた子供のうち、年の低い女の子のことだ。

 弟子、も知ってる。師匠っていう凄い人に色んなことを教えてもらう人のこと。


「妹……弟子。……妹で弟子。妹を弟子……。…………妹が弟子?」


 繰り返し唱えて、なんとか妹と弟子を繋げようと努力してみた。

 そんな私の姿に、微笑みながら指摘してくれる。


「妹弟子っていうのは、俺より後に弟子になった女の子のことだよ。同じ弟子だけど、俺からすれば妹みたいな立ち位置になるだろ?」


 言われて納得。私の中で、妹と弟子が繋がった瞬間だった。

 そうこうしているうちに、出来上がったのだろうか。魔導具を開けると、レスは中に入れた容器を取り出し始めた。

 そこからは甘い香りが広がり、正直これだけで満足できてしまう。


「まだ冷やさなきゃいけないから、もう少し待ってくれよ」


 その言葉に頷いた私は足をプラプラ、首をフリフリ、待ち続けるのであった。



 ♦ ♦ ♦



「よし、いい感じに冷えたな。おいルゥ、出来たぞ!」


 待つこと暫し。

 声の主へ顔を向けると、容器を二つ手に持って来るレスの姿が見て取れた。


 駆けて近寄ると、それに合わせて出来上がったものを見せてくれる。

 そこにあるのは黄色い何か。冷やしたからなのか、それは固まっていてずっしりとした存在感を感じる。唯一、仄かに香る甘い匂いだけがこれがお菓子なのだと主張してきた。


 その容器を受け取ると、一緒にスプーンを渡される。

 一掬いすると、なんの抵抗もなく持ち上がる。思い切って一口。

 すると、それは歯で噛もうとする前に舌で押し潰れて溶けてしまう。そうして広がる、甘さと香り。


「どうだ?」


 レスが尋ねる。

 口調こそ疑問形だが、美味しいということを疑っていない表情で、ありありとした自信が窺える。

 しかし、その質問は私にとって答えることが非常に難しいものだった。


「うん……おいしい、よ? すっごく、おいしい。…………けど」


 だけど、そのお菓子は私の予想をはるかに超えたものだった。有体に言えば、美味しすぎたのだ。

 今の私にとって、"美味しい"とはレスが普段作ってくれるご飯のことだった。

 私の好みによる順位付けこそあれど、それ以上に美味しいものの存在など考えたこともない。


 美味しいよりも美味しい、とは何と言えばいいのだろうか。言葉に出来ないもどかしさが、わだかまりとなって胸の中で暴れる。


「けど……?」


 私の言葉にレスの表情が曇る。

 なんとか伝えようと言葉を探ってみるが、丁度いいものが見つからない。


「えっと……違うの。これも美味しいんだけど、普段のご飯も美味しくて……。でも、こっちの方がもっと美味しいの。だから、これは美味しいんだけど、美味しいじゃなくて…………」


 結果、自分の心情を吐露することになった。

 拙い言葉、要領を得ない内容。自分でも何が言いたいのかよく分からなくなり、どんどん尻すぼみになってしまう。


 それでも気持ちは伝わったのだろう。レスは一度笑うと、私を持ち上げ膝の上に乗せた。

 その体勢に一瞬ヒヤリとする。あの洞穴で味わわされた行為の姿勢と似ていて、身体がびくついた。


「……大丈夫」


 耳元で囁かれる。

 それは私の発言と体のびくつき、一体どちらを指しているのだろうか。


 唯一分かることは、あの時とは違いこの状態が心地いいということだけだろう。

 私は返答の代わりに、安心して背を預けまた一口とお菓子を口に運ぶのであった。


「……そういえば、これは何て名前のお菓子なの?」


 容器の三分の二ほどを食べ終えた私は、ふと気になったことを尋ねてみる。


「あぁ、プリンっていう中々に高級なお菓子だ。何でも、プルンとした食感から名前が付いたらしい」


 プリン……いい名前だ。

 あれだけ砂糖と牛乳、卵を使っているのだし、高級なのも分かる。


 一人感慨に更けていると、ふと違和感を覚えた。


「プルンとした、食感…………?」


 スプーンでプリンを掬ってみる。

 抵抗なく持ち上がり、お世辞にもプルンとはしていない。

 食べてみても滑らかさこそあれ、弾力性は皆無だ。むしろ、この食べるというよりも舐めると言った方が適切なほどの蕩ける舌触りに感動したくらいである。


「レス、全然プルンってしてないけど……?」


 嘘を教えたのかと抗議の目で訴えかけて見ると、レスは変わらず笑っていた。


「本当だよ。ただ、そのプルンとした方のプリンは正直俺の舌に合わなくてな。ちょっと改良した結果、その滑らかなプリンが出来たんだ。卵も黄身しか使ってないから、普通のプリンよりも贅沢なんだぜ? しかも、俺の個人的なアレンジだから世に出回ってない……はずだ」


 そう答えたレスの顔は少し得意げだった。

 「ふーん」と相槌を打ちながら、何度目か分からない一口を口に運ぶ。その瞬間――


「――苦っ!」


 今までの甘さから一転、突如とした苦味を感じた。

 容器を覗くと、何やら黒い液がしみだしている。今まで、プリンの下で眠っていたらしい。


「レス、これ何?」


 苦味は既に口の中を過ぎたものの、未だに苦々しい顔をしながら私は問う。


「ん? ……あぁ、それはカラメル。砂糖を熱して、固まらないようにお湯を入れて作るんだ。プリンと一緒に食べれば、調和して一層美味いぞ」


 そう答えられたので、言われた通りに食べてみる。

 …………むむ、確かにカラメル独自の香りがプリンと相まっている。けど、甘みが弱くてなんだかイマイチ。


「ねぇ、レス。このカラメルって砂糖で作るんでしょ? 甘くならないの?」

「出来るぞ。けど、そっか……。ルゥは甘いカラメル派か」


 少し落胆したような声を出すレスに、戸惑いながらも答える。


「う、うん……。甘い方が好きだし、砂糖を使ってわざわざ苦くするって何か勿体無い」


 そう言って、最後の一口を掬うと口に運んだ。

 空の容器とスプーンを差し出しながら、うなだれたレスに声をかける。


「はい。ありがとう、レス。美味しかったよ」

「そうか、そりゃ良かった。まだ、プリン残ってるけどいるか?」


 渡した容器を受け取りながら、そうレスは提案してくれる。

 けれど、それに対して私は首を振って答えた。


「ううん、もういい。これ以上は贅沢な気がするし……」

「別に遠慮することないが…………まぁ、ルゥがそういうならいいか」

「うん、いいの!」


 そう言い合って互いに笑う。


「さて、じゃあ次はどんなお菓子を作ろうかね」


 荷物をまとめ立ち上がると、レスは呟いた。


「プリン以外がいいー!」


 一緒に立ち上がりながら私が答えると、レスはこちらに手を差し出す。


「プリンは気に入らなかったか?」


 迷いも躊躇もなく、私もその手を取った。


「違うよ。他のお菓子も食べてみたいのー」


 レスは私のことを何も分かってない。だから、いつも見当違いの確認をする。

 けれど、私もレスのことを分かっていない。だから、分かるために尋ねるし、知ってもらうために答えるのだ。

 なにせ、まだ出会って――過ごして間もないから。


「よし、じゃあそれまでに何か考えておこう」


 返事の代わりとして、私は繋いだ手に力を込めた。

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