第42話カワイイ俺のカワイイ調査④
「ゴメンね、お菓子とか全然買わないからお茶くらいしかなくって。あ、冷凍してある煮物があるけど、食べる?」
「いや、いい。明日は一限からだし、夕飯は帰ってから食うわ。母さんが送ってきた惣菜もまだ残ってるしな」
「そっか。あ、シュークリーム。喜んでたみたいだよ」
「ああ、ありがとな。親父からもニコニコマークの顔文字が送られてきた」
小さなちゃぶ台横に勝手に陣取り、「ハイ」と渡された麦茶入りのグラスを「サンキュ」と受け取る。
ヒンヤリと伝わる冷たさが、緊張に火照る手の内に丁度いい。
「……たまには帰ってあげたら? おばさん、ちょっと寂しそうだったって母さんが言ってたよ」
ベッドの縁に腰掛けながら告げる俊哉に、そういえば最後に帰ったのはいつだったかと記憶を辿る。
電話やメールのやり取りはしているものの、直接顔を見て話したのは数ヶ月前だったか。
「……そうだな」
返しつつ、「ま、向こうが中々捕まらないんだけどな」とボヤく。不規則過ぎるのだ、あの二人は。
俊哉もわかっているからこそ「おじさんもおばさんも、昔から変わらず元気だね」と肩を竦めて、それ以上は麦茶を飲んだ。
流れる沈黙。近くの公園から帰る途中なのか、数人の幼い少年達の声がうっすらと部屋に届く。
俺も、あのくらいの歳の頃はまだ"考える"事も少なく、ただ興味のままに駆け回っていた記憶がある。
あの頃のままだったなら、変な意地もなく、好きなモノは好きだと声高らかに胸を張れただろうに。
どうしようもないやるせなさに、薄く息を吐き出す。
遠い過去に後悔はない。だがこんな風に、ましてや恋愛事で、過去を羨む日が来るとは。
未だ興奮の余韻を感じさせる甲高い声達が遠ざかると、部屋には再び静寂が訪れた。
日暮れ時のこの街は、静かだ。
「……なぁ、俊哉」
折り曲げた膝を抱え、片手でグラスを弄びながらポツリと呟いた俺に、俊哉は静かな声で「うん」とだけ言う。
いつだってそうだ。俊哉は俺から切り出すのを、ただ、静かに待ってくれる。
「……俺、さ。お前に謝んないといけなくて」
「……どうして?」
「カイさん、のコト。……好きになった」
驚愕に息を詰める気配。
言葉を探す俊哉を目端に捉えながらグラスを机上に乗せ、正座をした。
今度はしっかりと、俊哉と向き合う。
「だから、カイさんと……"オトモダチ"にはなれない。……約束、したのに。由実ちゃんからも、頼まれてたのに……悪い」
頭を下げた俺に伸し掛かる沈黙の重圧。
裏切ったと、思われても仕方ない。由実ちゃんにどう説明したらいいんだと、詰め寄られても構わない。
突然の事態に、脳の処理が追いつかないのだろう。俊哉の言葉が発せられるまで、ひたすら床だけを見つめ続けた。黄金色のタイルが射し込む夕陽に撫でられて、オレンジ色に染まっている。
こういう時、俊哉は絶対に「嘘だ」とは言わない。俺がこういう"嘘"はつかないと、知っているからだ。
「……そっか」
静寂を震わせた声は、柔らかく穏やか。
「謝る必要なんてないよ、悠真。俺に頭を下げるなんて、らしくないって」
戸惑いがちに薄く笑う気配に、そっと顔を上げた。
捉えた顔はやはり眉尻が下がっていたが、小さな悪戯に成功したかのように目元を緩め、
「……由実にはね、悠真を頼らないで自力で頑張れって言ってあるんだ。他の子達も同じ状況で頑張ってるんだから、一人だけズルしようとするなって」
「なっ、聞いてないぞ……っ!?」
「悠真はすっかりやる気だったから。時成くんと話し合って、暫く黙ってようって」
告げられた真実に、開いた口が塞がらない。
時成も、知っていた? 由実ちゃんの問題は、最初から存在しなかったのだと。
「時成のヤツ……! んであん時に言わなかったんだよ……!」
大方、"幼馴染"で"親友"というポディションである俊哉に遠慮したのだろう。が、状況が状況なだけに、せめてそれだけでも先に言えよ! と歯噛みしてしまう。
俊哉はやはり落ち着いたまま、
「知りたかった?」
微苦笑しながらも、さも俺の為だと言わんばかりの口ぶりをするので、
「ったり前だろ!? 知ってりゃ由実ちゃんを悲しませちまうなんて悩まなかったし、お前にも迷惑かけるなんて――っ!」
勢いにそこまで吐露してから、しまった、と口を噤む。
お前に迷惑をかけたくない。そんな台詞を面と向かって言える程、俺は気障じゃない。
けれども不自然に言葉を切った事で、いつもなら察しの悪い俊哉にもそんな心情が伝わってしまったのだろう。
「……ありがとう」
照れくさそうに、それでいて嬉しそうにはにかむ俊哉に、耳まで羞恥が登るのを感じる。
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