第29話カワイイ俺のカワイイ接客⑬
俺は一体、何を気にしているんだ。
焦りを訴える心臓に、問題ないと言い聞かせる。が、どうにも収まる気配を見せない。
(どうして)
困惑する俺。追い打ちをかけるように、時成が口を開いた。
「ねー、先輩。ここまで来たら、認めちゃったほうが楽ですよー」
「何を」
「カイさんのコト、好きになっちゃったんじゃないですかー?」
カラン、と。手の熱で溶け出した氷がグラスを叩き、高音を響かせる。
音を言葉として認識するまでに数秒。脳が処理するのに、更に数秒。そこから理解するまで、たっぷり十数秒。
「……は?」
第一声として漏れ出た声は、妙に情けなく部屋に響いた。
だって、仕方がないだろう。
("好き"? 俺が、カイさんを?)
確かに、俺がカイさんに対して何らかの嫌悪を抱いたのならば、いくら由実ちゃんの為とはいえ、こんなに多大な時間と労力を費やしてまで"オトモダチ"になろうとはしなかっただろう。
あんなヤツ、止めなさい。さながら顔だけで素行の悪い彼氏に引っかかった娘に言い聞かせる父親のように、カイさんの人と成りを事細かに暴露して、それきりになった筈だ。
けれども"そう"ならなかったのは、カイさんを好ましく思ったから。だから俺は未だに、せっせとカイさんの元へ通い続けている。
なるほど。"好き"かどうかと訊かれれば、答えは当然――。
「……いちおう、言っておきますけど」
つらつらと流れる思考の波を、時成の呆れ声が遮る。
「おれの言ってる"好き"ってのは、"like"じゃなくて"love"の方ですからねー」
「らっ!?」
「そんな『今初めて聞いた』みたいな顔しないでくださいよー……。正直、『カイさんの言動が気になる』、『カイさん自身が知りたい』、『なにかと頭に浮かんでくる』って時点で、ワリと条件は揃ってるんですけどねー。ユウちゃん先輩の鈍感具合はピカイチですし、どうせ言ったトコロで認めないでしょーから様子見してたんですけどー」
時成は悪戯な笑みを浮かべると、コテリと小首を傾げ、
「そこに『恋愛対象が気になる』が入れば、もう言い逃れも出来ないんじゃないですかー」
どこか勝ち誇ったような顔に、思わず怯む。
好き。俺が、カイさんを。"like"ではなく"love"として。
だからカイさんの"恋愛対象"から"男"が除外されているんじゃないかと、焦っている。だって俺は、"男"だから。
……筋は、通っている。
(でも、だからって)
時成にこう並べ立てられると確かにそう思えてくるが、その"条件"だって、単に"オトモダチ"として友好な関係を築く為に知っておきたい、という理由でも、説明がつくだろう。
"好き"だと決定付けるには、些か強引な気がする。
それになにより。
「……"好き"ってのは、もっとこう、ふわふわっとした甘い感じじゃないのか……? なんか、イチゴのショートケーキ? みたいな」
「……まぁ、そこも先輩のいいトコではありますけどー」
眉根を寄せて重々しく告げる俺に、時成は溜息をついて、
「これで起爆剤は準備出来ましたからー。あとは次にカイさんに会った時に、先輩が直接確かめればいいだけですー」
「確かめるって、どうやって?」
「会えばわかりますよー。こういうのは理屈じゃないですからー」
ウンウンと頷きながら向けられる双眸には、隠しきれない哀れみが滲んでいる。
非常に、不愉快だ。
だが言い返した所で、時成は変わらず同じ眼で「ハイハイ」と受け流すだけなのだろう。
それならば。お望み通り、実際にカイさんと会ってから、その結果を携えて否定してやった方が効率がいい。
そう判断した俺は渋々ながらも「わかったよ」と告げるに留まり、その会話を打ち切った。
次のエスコートまで、まだ暫く日が空く。その間にどう"敗北通達"をしてやるか、たっぷり考えておいてやろうじゃないか。
こうしてすっかり高をくくっていた俺は、直ぐに思い知る事になる。
『ピカイチの鈍感さ』という言葉の意味と、『理屈じゃない』と言った哀れんだ瞳の理由を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます