24
「じゃあまず、心をとぎすませて、頭の中に魔法陣を思い描いてください」父がつづけてみんなに指示をした。
みんなは言われたとおりにし始め――私も――、全員目をとじた。
「その魔法陣の中に、今手にしている二つのキャビッチをかざすつもりで、両手を前に差しのべて」父がゆっくりと、静かな声で、次の指示をする。
みんなは言われたとおりにした。全員目をとじたままだ。
「では、呪文を唱えます」父は静かに言ったあと、声を張って唱えはじめた。「マハドゥーラ、ラファドゥーマ、クァイ、スム、キルドゥ、ヌゥヤ」
うわ。
私は目をとじたまま、眉をぎゅっとしかめた。
たぶん、みんなもそうしたと思う。
むずかしい呪文だなあ!
こんなの、いざというときにすらすら出て来るだろうか?
「無理だろ」
なぜか、ユエホワの声がそう言っているのが空耳できこえた。
「マハドゥーラ」それでも私たちはがんばってそれを唱えはじめた。「ラファ」私についていえば、そこまでがゲンカイだった、ごめんなさい。
「ラファドゥーマ、クァイ」まで言えた子ももちろんいた。「えっと」でもその子もとちゅうでそんなことを言ってしまったため、呪文はかき消された。
「わーわかんないよお」結局、最後まで唱えきれた者はひとりもいなかった。
「ああ、ごめん」父はたいそう申し訳なさそうに片目を強くとじた。「じゃあもういちど、少しずつ、練習していきましょう」
「それよりも、投げた方が早いんじゃない?」母がさえぎって言った。
私は目をとじたまま、思わず大きくうなずいていた。
「みんな、エアリイは知っているかしら。知ってる人?」母は自分の手を上げてきいたけれど、あまりたくさんの手は上がらなかった。
私は、これも祖母に教えてもらったことがあるので、手を上げた。
「そうね」母は手をおろした。「姿が見えないくらい小さい妖精が相手だから、このエアリイという、キャビッチを小さな球に変えてたくさんの数に分散させて飛ばす魔法が効くと思うの。マハドゥよりはシンプルな呪文だから、さっそくやってみましょう」母は右手にキャビッチを乗せ、肩の高さに持ち上げた。
「でも」一人の女子生徒があらためて手を上げた。「妖精に、キャビッチをぶつけるんですか?」
「なんだか、かわいそう」別の女子生徒も悲しそうな声で言った。
「うん、ちょっとねー」
「小さい生き物にキャビッチをぶつけたら、どうなるの?」
「ぺっちゃんこになっちゃうんじゃないのかなあ」
「ええーっ」
「むりー」
「かわいそうー」
「あのねえ、みんな」母は腰に手を当てて言った。「そんなこといってたら、誘拐されちゃうわよ、あのキー」
「フリージア」父があわててキャビッチを持ったままの手を母に向けぶんぶんと振った。
「あ」母は口を手で押さえた。「まあでもとにかく、エアリイの呪文を言うから、つづけてね」すぐに手を離して、右手のキャビッチを肩の高さに持ち上げる。
みんなは、同じように右手または左手を上げた。
「キャビッチ」母は声を張り上げた。「エアリイ、セプト、ザウル」
すると母の手の上のキャビッチが、たくさんの爪ぐらいの小さな球に一瞬で分かれ、母の手の上に浮かび上がった。
うわあー、とみんなはキャビッチを構えたまま歓声を上げた。
「おぼえた? エアリイ、セプト、ザウルよ。ではみんなで」母は、手をみんなに差し伸べた。
「エアリイ、セプト、ザウル」みんなは声を揃えていっせいに唱えた。
私もだ。
私の手の上でキャビッチが、ぱん、とたくさんの小さな球に分かれ、空中に浮かんだ。
「うわー」
「やった」
「よし」
「あれえ」
「分かれないよ」
「なんでー?」
「うーん」
みんなはというと、ちゃんと小さな球に分かれた人もいれば、二個か三個ぐらいにしか分かれていない人もいれば、まったく分かれずもとの一個のキャビッチのままの人もいた。
そう。
このエアリイという魔法も、じつはけっこう……というかかなり、むずかしい魔法なのだ。
私も最初は、まったく分かれてくれなかった。
けれどいつもの祖母の教え方「百回やってできなかったら、何か方法を考えましょう」にしたがってくり返し、たしか、七十八回目にやっと、十個ぐらいに、ぱん、と分かれたのだ。突然。
今ここで、きちんと分けさせることができた人たちもおそらく、学校以外のところで、先生以外の人にすでにエアリイを教わった経験者なんだろうと思う。
逆に、今日はじめてエアリイという魔法の存在を知った人たちは、当然ながら、分けさせることなんてできっこないのだ。
「うーん」母はみんなの様子を見回して、「そうね、じゃあ分かれなかった人はもう一回、やってみましょう」と言い、こんどは左手のキャビッチを肩の高さに上げて「エアリイ、セプト、ザウル」と唱えた。
「エアリイ、セプト、ザウル」分かれなかった人たちも再度、さっきよりもさらにシンケンな表情で唱えた。
けれどそれでも、母以外の誰のキャビッチもスムーズに分かれることはなかった。
「がんばれ」母は励ました。「もう一回。エアリイ、セプト、ザウル」
「エアリイはなあ」父が首をかしげる。「ぼくにさえ、いまだにうまくいかないほどだからなあ」
「ええー」再度挑戦しようとしていた生徒たちは、がっかりしたような声をいっせいにあげてキャビッチをおろしてしまった。「じゃあぼくたちなんて、もっと無理だよ」
「もーう」母は父に文句を言った。「そんなこと言うからー。あなたはもともとキャビッチ投げが得意じゃないんだから、できなくって当たり前なのよ」
「う」父は背中を思い切りどやしつけられたときのような痛そうな顔をして言葉をうしなった。
「あ、あたしも投げるの苦手です」ヨンベが恐る恐る手を上げて告白した。
「私もです」
「おれもー」
そして次々に手が上がる。
「そうねえ」マーガレット校長先生も頬に手を当ててうなずいた。「フリージア、やはりこの子たちにはまだエアリイは難しいのだと思うわ」
「そうですかねえ」母はまだギモンを持っているように首をかしげる。
「あっでも、そのかわりマハドゥの呪文はきっと、おぼえます」ヨンベはつづけて、シンケンな表情でそう宣言した。「あたしはたぶん、そっちの方が向いてると思うから」
「あ、私も」
「ぼくもです」
「じゃあ、おれもー」
「おお」父が感動して両手のひらの上のキャビッチをこつんとぶつけ合わせた。たぶん、キャビッチが乗っていなかったら両手を胸の前で組み合わせるつもりだったんだろうと思う。
「わかりました」マーガレット校長先生が、右手を大きく頭上に差し上げて声を張り上げた。「では本日、みなさんはマハドゥかエアリイ、どちらかの魔法を必ず習得するようにしてください。本日の授業はそれのみとします。教師の皆さんも確実に、できれば両方とも、使えるようにしておいてください」
おおー、とか、はーい、とか、やったー、とかいろんな声が全員から上がった。
「ポピーはどうする?」ヨンベがきく。「やっぱり、エアリイの方にする?」
「あー、うん、そうする」私は少し空を見てからうなずいた。「やっぱり投げるほうが、やりやすいかなって思うし」
「うん。じゃあ、がんばろうね」ヨンベはにっこり笑って、父のいる方へ駈けていった。
私もはりきって、母のいるところへ走り、左手に残っているキャビッチを持ち上げて準備した――のだけれど。
「あらポピー、あなたはもうエアリイ使えるでしょ」
と、母に言われたのだ。
「え」私はキャビッチを持ち上げたままかたまった。
「マハドゥを覚えなさい」母は、父の方を指さして指示した。「がんばってね」
「――うう」私はいやだとも言えず、キャビッチをおろして母に背を向けるしかなかった。
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