16
「ああ、なんてことを」祖母は飛びながら首をふり、ユエホワに近づいた。
ユエホワは大木の、地面から十メートル以上のぼったところにくくりつけられており、両手は彼の頭上にひろげられて、体とおなじように蔓で巻きつけられていた。
頭はがっくりとうなだれていて、祖母の呼びかけにもまったく返事をしなかった。
「ユエホワ」祖母は箒で空中に浮かんだままなんども首をふりながらなんども呼び、「ああ、なんてことを」となんども繰り返した。
私は、ユエホワが死んでいるのかと思ったけれど、それを口に出して言うことは、はばかられた。そんなことをしたら祖母が狂ったように悲鳴をあげるような気がしたからだ。
それと同時に、キャビッチをぶつけてみたら、ユエホワが生きていれば目をさますのではないかとも思いついたけれど、やっぱりそれも口に出して言うことは、はばかられた。
「この木の蔓をなんとかしてはずさないといけないわ」祖母はユエホワをしばりつけている蔓を見ながら、大木のまわりを箒に乗ったままゆっくりと回った。「どうすればいいかしら」
「うーん」私も考えた。
祖母も私もキャビッチスロワー、つまりキャビッチを投げて対象物にダメージをあたえるのがセンモンだ。
だけど、今この蔓にキャビッチをぶつけたとしても、それをゆるめたりはずしたりすることには、たぶんなんの効果もないと思われた。
「やはり、これをした者にほどかせるしかないわね」祖母はやがて、ユエホワの正面に戻ってきてしずかにそう言った。
「え、それって、だれ?」私はたずねた。
「もちろん、ユエホワをこんなひどい目にあわせた極悪人よ」祖母は私にふり向き、きびしい表情で答えた。「さっきのツィックルカードを送ってきた、犯人」
「ああ……」私はうなずきながら、性悪鬼魔が極悪人につかまえられたということを頭でおさらいしていた。
どっちが正しくてどっちが悪いのか、なんだか頭がこんがらかりそうだった。
「さあ、どこにかくれているの」とつぜん祖母が、森の木々に向かって大声をはりあげた。「私たちがお相手するわ。正々堂々と勝負なさい」
「え、ハンニン、近くにいるの?」私はきょろきょろとあたりを見まわしながら祖母にきいた。
祖母は答えず、ゆっくりと木々を見上げ様子をうかがった。
しばらくたったけれど、私たちの前にはだれも現れてこなかった。
「うう、ん……」
そのかわり、木にしばりつけられていたユエホワが目をさましたようで小さな声をあげた。
「ユエホワ!」祖母は叫んでそのそばに行き、ユエホワの頬に手を当てた。「だいじょうぶ? どこも怪我はしていない?」
「ああ……」ユエホワは小さくうなずいたけれど、いつものずるそうな顔ではなく病気の人みたいにあおざめてうなだれていた。
「いったい、だれがこんなひどいことを」祖母はやはり首をふりながらそう言った。
ユエホワも小さく首をふる。
「とにかくこの蔓をはずす方法をみつけるわ」祖母はあたりを見回して、それから私を見た。「ポピー」
「え」私は箒に乗ったまま目をまるくした。
「あなたなにか思いつかない? この蔓をはずすいい方法を」
「火で燃やしたらいいんじゃない?」私はさいしょに思いついたことをそのまま口にした。
「まあ、なんておそろしい」祖母は箒に乗ったまま両手で頬をおさえた。「そんなことしたら、ユエホワまでいっしょに燃えちゃうでしょう」
「あ、そうか」私は頭に手を当てて肩をすくめた。
「ぷっ」ユエホワが、小さくふき出す。
「え」
「あら」
私と祖母がおどろいて彼を見ると、緑髪鬼魔はあいかわらず木にしばりつけられてうなだれていたけれど、小さく肩をふるわせていた。
「ばーか」小さく私をののしる。
「はあ?」私は眉をひそめた。「なによ、人がせっかく助けにきてやったのにばかって」
「これ、ポピー」祖母が私をたしなめる。
「でもおばあちゃん、こいつ」私は反論する。
「箒にさ」ユエホワがほんのすこしだけ顔を上げ、小さな声で言った。「この蔓くくりつけて……そのまま飛んではずしてくれたらいい」
「あ」私と祖母は目を見合わせ、
「まあ、すばらしいわ! 本当に賢いのね、あなたって子は」祖母は両手を打ち鳴らして感動し、
「えー、めんどくさい」私はいやそうに言った。
「ポピー」祖母は私の不平を聞くことなく、ユエホワをくくりつけている蔓を指さした。「あなたはユエホワの腕にまかれている蔓をはずしておあげなさい。私は体のほうをはずすわ」
私は口をとがらせながら、ユエホワの腕のまわりをゆっくり飛んで、蔓のはしっこをさがした。
やがて、やっとそれはそれは見つかったけれど、そのはしっこは巻きついている蔓のなかにぎゅうっと押しこまれていて、私の力でそこから引っぱり出すのはトウテイフカノウに思われた。
「あー、おばあちゃん、この蔓のはしっこ引っぱり出せないよ。どうする?」私は祖母にうったえた。
「こうするのよ」祖母は私に向かってうなずきかけ、それから「ツィックル」と箒
を呼び、右手の指をパチンと弾き鳴らした。
すると祖母の乗っている箒がすうっと蔓に近づき、こつん、と柄の先を蔓にくっつけた。
きゅるきゅるきゅる
きしきしきし
そのとたん、蔓が音をたてはじめたのだ。
私はびっくりして祖母のとなりに移動した。
木の蔓はしばらくきゅるきゅるいっていたが、その後ゆっくりと、ぶるぶるふるえながらそのはしっこが、まるで見えないなにかに引きずり出されるように、巻きついたところから持ちあげられ姿をみせた。
「うわ」私は目を丸くしてさけんだ。
「ふう」祖母は大きく息をついた。「使いなれないからけっこう疲れるわ。やっぱり後は、こうね」その言葉が終るか終わらない内に、祖母のツィックル箒は姿をあらわした蔓のはしっこに柄の先をこつんと当てた。
「ポピー、下がっていて」祖母は言った。「危ないから」
「えっ、はい」私はあわてて箒で飛び下がった。
すると祖母は、ものすごいスピードで大木のまわりをぐるぐると飛びはじめた――箒の先に蔓をくっつけたままで。
みるみる蔓は巻きとられてゆき、ユエホワの体が少しずつ下にさがってきはじめた。
「ポピー」祖母が飛ぶのをいったん止めてまた言った。「ユエホワを、箒に乗せてあげて」
「え、私の箒に?」私はびっくりした。
それはそうだ。
そもそもユエホワは自分で空を飛べるから、もちろん私の箒に乗せてやることなんてこれまでいちどもなかったのだ。
なので、祖母にそう言われたことは私にとって、すごく妙なことに思えた。
「そうよ。腕のほうの蔓をはずすあいだ、宙ぶらりんにならないようユエホワの体をささえていてあげて」
「――はい」私は警戒しながらムートゥー類鬼魔に近づいた。
まあ、性悪鬼魔といえども今の姿では悪さをすることもできないだろうし。
いざとなったら祖母もいるわけだし。
私は自分にそう言いきかせて、ユエホワのひざの裏へ箒をさしこむようにもってきて、しばりつけられた形のまま箒にすわらせてやった。
「――がと」ユエホワが、ものすごく小さくそう言った。
「え?」よく聞こえなかったので私はきき返したが、もうそれきりユエホワはだまったままでいた。
祖母はというと、ふたたびぐるぐるとすごいスピードで木のまわり――つまり箒に乗っている私たちのまわりを飛びはじめ、ユエホワの体の蔓の本数はみるみるへってゆき、ついにすべての蔓がとりのぞかれた。
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