14
その後父とユエホワとは別れ、私は一人森の中を町のほうへ戻った。
まだ森をぬけきらないところでふいに、小さなカードがくるくると回りながら私の頭のななめ上から降りてきた。
ツィックル便だ。
手にとってみると、ヨンベからのものだった。
『ポピー、今日時間ある?』
と書かれてある。
「うん、あるよ」私はカードに向かってそう言いふくめ、上に向かって投げ上げた。
ツィックル便はたちまち姿を消す。
ふたたび町へむけて歩いていると、やがてまたヨンベからのツィックル便が届いた。
『うちに来ない? 見せたいものがあるの』
「うん、行く! いまキューナン通りの近くにいるから十分ぐらいで行くね」私は返事を送ってからうきうきと走り出した。
あと五十メートルぐらいで森から町へぬける地点で、私は手に持つ箒を前方へ差し出した。
「ツィックル」
箒が一瞬にして、目覚める。
――としか言いようがないんだけど、箒が、ぴしっ、とする。
「フィックル、ウィッウィグ、ピクィー」
言い終わるか終らないかぐらいに箒はものすごい速さで私の手から飛び出し、何メートルか先に飛んでいった。
私は地面を蹴って、空中にジャンプしながら森を脱出し、そのまま箒に飛び乗った。
たちまち箒はぎゅんっと上昇する。
「ヨンベ」私は命じた。
箒は『かしこまりました』というように、きゅっと向きをさだめ、まっすぐに飛びはじめた。
――ああ、パパに、キャビッチ育成、技術、史……? の本も、選んでもらっとけばよかったな。
飛びながら、そんなことを思った。
まあ、押し付けがましくなるのもいけないし、ヨンベが読んでみたいっていえば、聞くことにしよう。
「ポピ――」
ヨンベは家の庭、ヨンベ用のキャビッチスペースのそばに立って、私に向かい両手を高く伸ばして振ってくれた。
「やっほ――う」
私も大きく返事をしながら、彼女のそばに降り立つ。
「ごめんね、急に呼び出して」ヨンベは目をぎゅっと閉じて謝る。
「ううん、ぜんぜん」私は笑う。
「あのね、出はじめたの」ヨンベは今度は目を大きく見開いて教えてくれた。
「キャビッチ!」
「ほんと?」私も目を大きく見開いた。
「うん! ほら」大きくうなずいたあとヨンベはしゃがみ、キャビッチ畑の土の中からちいさくのぞいている、淡い黄緑色の小さな芽を指差した。「よく見ないとわかんないんだけど、今朝はじめて見つけたの」
「うわあ」私もしゃがみこんで、そのちいさな芽をながめた。「すごい! かわいいー」
「うふふ」
「でもヨンベのおじさん前に、早くても来年だろうって、言ってたよね。すごい早いじゃん」私は驚きの声で言った。
「うん。あたしもびっくりした」ヨンベも驚きの顔で答える。「もしかして、こないだ使ったパパの肥料が効いたのかなあ」
「あの、ティンクミントみたいな香りがするっていってたやつ?」
「うん」
「すごーい」私は何度も「すごい」ばっかりくり返していた。
「ね、ポピー」ヨンベは真剣な顔になって言った。「お願いがあるの」
「えっ、なに?」私はどきっとした。やっぱり何か、参考になるような本をうちのパパに頼むことになるのかな、と一瞬思った。
けど、それはちがった。
「このキャビッチがもっと大きくなって、魔法行使に使えるようになったら、最初にポピーに投げて欲しいの」ヨンベは胸の前に両手を握りこんで、ますます真剣に言った。「投げて、くれるかな?」
「うん」私は迷うことなく、大きくうなずいた。「もちろん! あたしに投げさせて」
「うん」ヨンベは顔中で笑った。「ありがとう」
「あたしこそ」私たちは約束のしるしに両手を握り合った。「ありがとう」
それまでに、もっといっぱい練習しなきゃ。
私はそう思った。
◇◆◇
それから何日経っただろう。
特に大きなトラブルも事件もなく、平和に、平凡に普通の日々が続いていた。
鬼魔もとくに出て来たりせず、大人たちがざわざわうわさ話とかするようなこともなく、私たち子どもは魔法学校でまじめに勉強をしていた。
ただ一人、私の父だけはなんだかそわそわと落ち着きがなかった。
「何か、起こらないかなあ」
ときどき父が、小声でそう言っているのを私だけが知っていた。
確かに鬼魔の研究者としては、鬼魔が出て来て何か悪さをしてくれた方が、研究のしがいがあっていいんだろう。もしかしたら、その方が楽しい、と思っているのかも知れない。
もし身近なところに悪い鬼魔が出て来ても、最後にはきっと母がキャビッチスローで退治するのだから、対して危険とは思っていないんだろう。
そういえばユエホワも、どこかで大人しく本を読んでいるのか、もう何日も姿を見せることがなかった。
そのため私は、主に森の樹木たちを使ってシルキワスの練習を重ねていた。
「あら、ツィックル便だわ」
その日は休みだった。
でもあいにくの雨で、私は家で母といっしょにプィプリプクッキーを作っていたところだった。
その時キッチンの天井近く、私と母の頭上から、ひらひらとそのカードは回りながら落ちてきたのだ。
母が手をのばしてつまみ取り、目の前に持ってきて読む。
「ユエホワはつれていきます」
私はクッキー生地を少しずつちぎりとってはうすくたいらな円形にかたちづくっていってたんだけれど、母が言ったその声を聞いた瞬間、手が止まった。
ユエホワ?
母がその名を口にするのを聞いたのは、それがはじめてだった。
「はあ? なによこれ!」
……と思う間もなく、母はリューダダ類鬼魔のように唸って、手に持っていたツィックルカードをべしっとテーブルの上にたたきつけた。
「なんでうちにこんなのが届くの? あんなやつ、勝手にどこにでも連れていけばいいでしょうよ!」母は、思わずその名を口にしてしまったことがくやしいのか、ぷりぷり怒りまくった。
「どうしたんだい、フリージア?」
父が驚いた顔をして、二階から下りてきた。
その時には私もツィックルカードを手に取って見てみていた。
確かに、そこにはその名が書かれてあった。
『ユエホワはつれていきます。 とってもすてきな、ながい』
そこまでで、切れていた。
「とってもすてきな、ながい?」そのまま読む。
「もう捨てちゃいなさい、そんなもの!」母は私からカードを取り上げようとしたけれど、それよりも父が取り上げるほうが一瞬はやかった。
「どらどら、何が……えっ、ユエホワが?」父は目を丸くして叫んだ。「大変だ!」
「どこがよ」母は首を振った。「これで町が平和になるわ。はい、これでもうこの件はおしまい」
「フリージア」父は首を振った。「確かに彼のしたことは許しがたいことだった、だけど今の彼がまたそんな過ちをくり返すとは、ぼくには思えないんだ。彼のあの眼を、君もいちどよく見てみた方がいい」
「いいえ、見たくもないわ」母は両手を上から下へぶん、と振り下ろした。「あなたは鬼魔というものの存在そのものが好きだからそんなことが言えるんだわ。あたしは金輪際、あんなやつの姿を見たくもないし声を聞きたくもないし、気配を感じたくもないのよ」
「フリージア」父は哀しそうにまた首を振った。「今の彼はね、ポピーを苦しめるどころか、彼女のことをさりげなく見守って、あまつさえ守ろうとまでしてくれているんだよ」
「嘘だわ」母が否定し、
「嘘だよ」私も否定した。
「いや、嘘じゃあない」父も意地になっているようだった。「ぼくにはわかる。なにか伝わってくるものがあるんだ」
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