89-4.封じるか否か(フィルド視点)







 *・*・*(フィルド視点)







「……やっちゃったね?」


「ごめんなさい……」




 狭間に帰ってから、俺は床の空間の上で正座している我が妻に、苦笑いするしかなかった。


 孫のディーシアは、今回満腹過ぎて適当に浮きながら寝ているが。


 妻は、自分のやらかした結果について酷く反省している。



「今回持ってった調味料を使って、あんなにも美味しい料理を出してもらったら……まあ、ああもなくないけど」


「ほんと、不可抗力だったわ。天の声が、私の感性を読み取って自動的に作動しただなんて」


「ピザの時でもそうだったしね?」


「うう……」



 起きたことも、起こってしまったものを悔いてもしょうがない。


 けど、まだ大丈夫。


 マンシェリーチャロナは、ユリアの天の声について少しカイルキアに報告するだけだし。そこを水鏡で様子見しよう。


 俺は、手を軽く振って水鏡を出現させ、まだ立ち上がらないユリアと一緒に見ることにした。



『失礼します、チャロナです』


『……入れ』



 水鏡は、ちょうどチャロナがカイルキアの元に向かったところを映してくれた。


 傍らにいる、少し成長したロティはさっき見た時と同じく、こちらのディーシアと同じかそれ以上に年齢を重ねた姿。


 さて、場合によってはロティを介して封印術を施さなくてはならないが。



『失礼します、少しご報告が』


『……何かあったか?』



 部屋の中には、カイルキア以外にレクターだけで、マックスはいなかった。


 チャロナの護衛とは言っても、四六時中じゃないからもしくはリュシアの冒険者ギルドに行っているのかもしれない。


 それを今は知る必要がないので、会話を聞くことにした。



『はい。異能ギフト……その中の天の声に、少しおかしなことがありまして』


『話してくれ』


『はい。フィルドさん達からいただいた調味料を加えて作ったのと、その前に作った料理……同じですのに、別々にPTが付与されたんです』


『……材料が一部違う以外、なのに。と?』


『はい』



 やっぱり、ユリアがやらかしてしまったPTの付与について。


 ここまではまだ予想の範疇だが、深入りしてしまった場合は適当に話をする様に封印術を施すしかない。


 かといえ、やり過ぎも良くないので適度にしなくてはいけないが。



『……彼らは帰ったのか?』


『はい。いつものように転移で』


『え、いつも?』


『え。転移って……覚えられる人ですと大丈夫なんじゃ?』


『シュライゼンやフィーガスの場合はな。お前も使えるようにはなったらしいが、あれは魔力量が規定値を超えねば使いにくい』


『カイルも、短距離でしか無理だしね?』


『でふぅ?』


「うーん、多用し過ぎでますます疑われてんなぁ?」



 蒼の世界レイの世界では、チート魔法でしかない転移の魔法もこの世界では使い手が少ないのが現状。


 しかも、自分達とそこまで変わらないくらいの若い男がホイホイと使ってたら、多少は怪しむか。


 表面上は、レイバルスの知人であるのんびり? 夫婦を装っているから。



「どうするの? 前々から私達のことはかなり怪しまれているわ。いっそ、チャロナも含めて書き換えるの?」


「うーん、ちょっと面倒だけど」



 まだチャロナに明かせない真実のためにも、ここで記憶を封じるかどうするか。


 少し悩むが、もう少し様子を見ることにした。



『え、じゃあ。フィルドさん達って、すっごく魔力量の資質が高い人達ですかね?』


『マックスのとこのレイの知人だったよね?』


『それしか聞いてないです。最初はフィルドさんだけだったんですけど、物凄くお腹を空かせてたので』


『それ……少し前までのマックスみたいだね』


『今はリュシアに行っているが』


『あ、そうなんですか?』


「……あなた、態と空腹時にさせたの?」


「だって、チャロナのパンを美味しく食べたかったし!」



 その分しっかり手伝って、交換条件だったクリームパン達をしっかりもらってきたからね?


 けど、いい具合に話題が逸れてるのでもう少し見てみよう。



『しかし、稀少な食材をほぼ無償で手渡してきながら……他に何も望まないのか?』


『はい。私が作った料理を召し上がる以外は』


『……なんか。市民同士のご近所付き合いに似てるね?』


『私も今思いました……』


『俺達は出会っていないが。この屋敷を経由してそのやり取り……一度会うべきだろうが』


『あ。次は、孤児院の定例会の後なので、しばらく来られません』


『……そうか』


『にしても、食材の一部を変えただけで異能ギフトで変化があるだなんて。ロティちゃん、わかる?』


『にゅ。今のナビレベルじゃわからにゃいでふ』


『『そっか……』』


『わからないのは歯痒いな……』



 わからないのは、俺とユリアがいわゆる妨害をしているから。


 いくら、与えたチート特典でも。本人の真実に繋がる行為に近いのは極力避けて作動させてある。


 代わりに、枯渇の悪食などに関するものや、いつか知る記憶の一部だけは開封させてるけど。



『まあ、特に害があるものじゃないけど。PTがさらに加算されたことでいいくらいに思っておくしかないかも』


『いいんでしょうか?』


『けど、少しの変化が起きた場合はまた教えて? カイルもそんなとこでしょ?』


『……ああ』



 どうやら、昨日の封印術をかけた時の名残なせいか、レクターもカイルキアも深追いする気配がなくなったようだ。


 これはいいことだと思うことにして、水鏡を消すことにした。



「……いいの?」


「うん。この程度なら、昨日の封印術のおかげでなんとかなってる感じだし。君も反省してるからいいさ」


「……気をつけるわ」


「けど。もうちょっと効率よくPTあげるくらいはさせた方がいいかもね。40くらいになってからは、フランスパンも色々作って欲しいからさー?」


「あの硬いパンね? ディーシアには少し難しそうだけど」


「まあ、表面上は一歳児だしね?」



 器具アイテム内に入れておいた、キャンバス地に近いあの布を見つけたままの状態ではあるし。


 ぜひとも、活用してほしい。


 んで、俺も当然食べたい!



「にゃーむ……」



 孫本人は、幸せそうに眠りながら、おそらく今日食べた鯖の味噌煮をお腹いっぱい食べているのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る