87-3.阻まれた記憶(シュライゼン視点)
*・*・*(シュライゼン視点)
ああ……ああ、美味しかったんだぞ!
あの茶色い調味料は、本当になんだったんだ。
庶民にしか行き渡っていなかったとは言え、なんだかほっと出来る味。
ショーユと同様に、我が王家には献上すらされていない調味料達。
あれは、調査隊を現地に向かわせてから、是非とも父上にも食べさせたい。
迎える時期になるまで、それも難しいだろうなあ?
「で? 爺やと俺に話って?」
夕食後に
たしか、レクターが王城に出向いていたと聞いたくらいだった。
そして、そのレクターが前に出て来ると、少し渋い顔色だったんだぞ。
「陛下には既にご報告しましたが。姫様の
「ぬ。本当かい?」
今日は彼とはすれ違いになったので報告はさらっとしか聞いていなかったが。
マンシェリーが、【枯渇の悪食】の記憶を一部でも蘇らせていたとは。
前は、ロティのレベルが上がった時だが。今回も同じだったらしい。
しかも、カイル達の目の前で。
「はい。それで、僕が王城の記録室を調べたんですが。…………見事に、ダメな結果になりました」
「ダメ?」
「……とは?」
「まるで誰かが、調べるのをわかってたかのように。悪食に関する全ての記録が白紙になっていました」
「「「「!」」」」
王家の記録を意図的に白紙にした?
そんな事が出来るのは、限られている。
過去の王家でなければ、『神』くらいだろう。
「その箇所だけ白紙になっていたのかい?」
「ええ。他の陛下方の記録はそのままに」
「となると……チーちゃんに
「その可能性は大だよ、マックス」
今マックスが口にしようとしてた神の名前。
おそらく、今は誰も口に出来ないだろう。
その神が、顕現されてないこの人間界の様子をどこかから見ててもおかしくはない。
だから、王家の記録も封じたのかもしれない。
「で、マンシェリーに伝える前に俺達に?」
「それと、俺の方からもう一つ別の報告がある。じー様に聞きたい事とついでに」
「私にですかな?」
魔法鳥で報せてもいい話ではないと言うことは。
おそらく、爺やがマンシェリーに関わっているということか?
「俺の家が経営してる店の連中のうち……元ホムラ皇国の皇子だったシュィリンのことだ」
「……あちらの殿下から?」
「ああ。あんたを責めてるわけじゃねえ。あいつが姫のいた元パーティーの連中と出くわしたらしい」
「! あの、パーティーの?」
「シューが言うには、姫様の事を気にかけてやってたようだが。あんたがそこのリーダーと接触したにしてはおかしな不明点が上がってきた」
「不明……ですか?」
使者として、マンシェリーを影から見守っていた爺やと、マンシェリーが元いたパーティーとの接触。
俺や父上にも、前にカイル達の目の前で話した真実以外特に口を開くことはなかったが。
マックスが言うには、例のホムラ皇国の皇子だったシュィリンの報告から違うと。
何が、あったんだろうか?
「あんたくらいの人間なら。姫様を脱退させてまでって言うのがおかしい。あんたなら、使者として出向いてから迎えに行くタイプだろ? なんでわざわざ」
「…………は、い。そう言えば、私はなんで?」
「爺や?」
なんか、爺やの様子がおかしい。
なんだか、自分の記憶を探ってるにしては、自分の頭を押さえ込んでいるし?
俺が覗き込むと、爺やの灰色の目が固まっていた!
「カイザーク卿?」
「爺や! どうしたんだぞ!」
爺やがだんだんと動かなくなってきた!
試しに揺らしてみてもちっともなんだぞ!
マックスやカイルに頼んでも、それは同じだった。
「じー様!」
「カイザーク卿!」
「なんだ、どうしたんだぞ!」
誰もが声を掛けても、何も反応しない爺や。
すると、頭の中で若い男の笑い声が聞こえてきたんだぞ。
『とうとう、その話題に来たか。悪いが、これ以上は詮索させない。今は忘れてろ』
そう聞こえた気がして。
そして、すぐに忘れてしまったんだぞ。
俺だけでなく、動き出した爺やも。
他の皆も。
今自分達が何を話してたのか、忘れてしまったんだぞ。
「……何話してたんだっけ?」
「悪食に関する記録が白紙にされてた後は?」
「なんだっけ?」
「ダメだ。思い出せん」
全員でうなっても、誰も思い出せる事が出来ず。
とりあえずは、父上に今日俺と爺やが作ったパン達を食べてもらうべく、転移で急いで戻ったんだぞ。
「……これが。お前達の作ったパンか?」
夕食を控えめに食べて欲しいと事前に伝えてあるから、父上の胃袋はスッカスカなはずなんだぞ。
とりあえず、最初にペポロンとカッテージチーズのを勧めたら。
「! マンシェリーのと遜色ない。美味い!」
「仕上げはあの子がしてくれたけどねー?」
「それでも美味い。パンをここまで美味く出来る技術……。あの子は素晴らしいな」
「どの技術も、世界で失われた技術ばかりでした。それらをおそらく……姫様は前世で培ったのでしょう」
「そうだな。そしてそれをたやすく教えられる力量もある。残りは、伝達者に任命した者に渡せ」
「あ、父上。デザート代わりに甘いパンと、オモチって食べ物をもらってきたんだぞ。父上にって」
「なに!」
亜空間収納から取り出した、牛乳パンと一緒に俺達の分もとイチゴダイフクを父上の前に出す。
牛乳パンも不思議がってたけど、俺達もまだ食べていないダイフクの方は不思議そうに観察していた。
「パンでもなさそうな、この白いのはなんだ?」
「オモチだって」
「オモチ……?」
「姫様がおっしゃるには、伸びる性質のある米と似た穀物をベースにした食べ物だそうです。つい先日、あの屋敷でモチツキ大会というものを開かれたそうですが」
「なんだと。俺も参加したかった!」
「それよりー、亜空間収納から出すと固くなりやすいから早く食べるんだぞ」
「ん、そうか」
なので、俺と爺やも一緒に食べると。
すっごくではないが、もちもちしてて、中身のアンコとイチゴの甘酸っぱさがちょうどよくて。
一個なんて、ペロリと食べてしまうほどだったんだぞ!
もっと食べたかった!
「これは、我が国ではない技術。悪食で失われたにしても、穀物はどこかに存在してるはずだが」
「うーん。俺も、ウルクル神が自分の番であるラスティに分けてたってくらいしか」
「あの神か。ならば、どこかにはあるか、あるいは気まぐれで生み出したかもしれんな」
「いずれにしても、これは美味ですなあ」
「こっちの牛乳パンと言うのも、なかなかに美味い。中のクリームは……バターか?」
「あんまり材料を混ぜすぎちゃいけないらしいんだぞ」
イチゴダイフクもだが、牛乳パンの方も気に入ってくれたらしい。
1回目のパン教室としては、嬉しい結果で終わったが。
ただ、孤児院のあの子達に教えるのは相当難しいと理解したんだぞ。
職員もだが、まだやんちゃ盛りのあの子達が覚えるには……マンシェリーの技術は繊細過ぎる。
特に、成形と発酵の部分が。
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