86-5.懐かしい風景と(カイザーク視点)







 *・*・*(カイザーク視点)








 なんとも、素晴らしい技能スキルばかりです。


 チャロナ嬢姫様がお持ちになられていらっしゃる異能ギフトの一端をこの目で見たとは、未だに信じられないばかりですぞ。


 これらを、おそらくこの世界の神でも最高神であられる方々により、お与えになられたと思うと。


 この爺めは、思わず涙をこぼしそうになりましたぞ。


 しかし、そうも言っていられず、今日のメインであるパン作りの仕上げ。


 窯にパンを乗せた鉄板を入れ、タイマーという技能スキルを作動させますと、数字のところだけが少しずつ動いて数が減っていきました。



「焼きむらが出来ることもありますので、いっぺんに焼かずに前半と後半に分けて焼くと、焼き色も綺麗になります」


「おー」



 なるほどなるほど。


 私や殿下もこれまでのパン作りでは気づきもしませんでしたが。


 形作るだけでなく、焼きむらも注意すべきだったのですな?


 ですが、今日姫様からお教えいただいた技術の数々を思うと、ほぼ全てに関して間違ってたと思い知らされました。


 生地の扱い、発酵の見極め、そして今行う焼き加減。


 どれもこれもが、私どもの知っていた技術と違い過ぎて。


 そして、幾度も。お母上でいらっしゃったアクシア様の面影を重ねてしまう。


 それほど、この方は料理をされるお姿が生き生きとしていて、まだ正体を打ち明けていない兄君にせっせと要点をお告げになっていらっしゃる。



(ああ、まるで。……我が娘達に料理をお教えなさっていた頃を)



 思い出すような、懐かしい風景とも重ねてしまいそうだった。


 だが、ここで涙をこぼす訳にもいかぬので、私めも姫様のお言葉に耳を傾けよう。



「今日拝見して思ったことは、生地への負担と発酵の足りなさですね。どちらも怠り過ぎると美味しいパンにはならないので気をつけてください」


「わかったぞー」



 その技術だけでも、相応の価値があるのに姫様は我らだからと簡単にお教えくださる。


 陛下からの『お願い』だからかもしれないが、とても丁寧でわかりやすい。


 休息の時にもお教えくださった事は、陛下からのお願いかそれとも我らを信頼なさってくださるからこそか。


 どちらにしても、出し惜しみなさらないこの方のお言葉を一つも聞き漏らさないようにしましょうぞ。


 とここで。


 窯の前で浮かせたままにしてた、タイマーからアラームの音が聞こえてきた。


 その音を慌てずに止められた姫様は、シェトラスから借り受けたミトンを両手にかぶせてからフタを開けられた。



「見てください。今の焼け具合でこんな感じになります」



 私と殿下に声をかけていただいてから、姫様の後ろから覗かせていただく。


 鉄板の上に乗せられたパン達は、いい感じに膨らんで美味しそうには見えたが焦げ目が均一にとは言いがたい。



「この鉄板を全部半回転させて、また窯に入れます」


「ん? そうなると、火が均一に通るのかい?」


「それもありますが、いい焼き目をつける意味でもあります」


「あとどれくらい焼くのですかな?」


「このくらいですと、5分程ですね」



 そうして、タイマーを設定されてからしばし待つと。


 取り出されたパン達は、たしかに美味しそうな出来栄えになっていた。



「おおおおお!」


「これはこれは……いくらか私どもめが手がけたとは言え、美味しそうですなあ」


「では、せっかくなので牛乳パンにするの以外は試食しましょう」


「わーい!」



 それはそれは期待半分、不安半分ですなぁ。


 いくら姫様にご指導いただいた次第でも、うまく出来ているかどうか。


 とりあえず、鉄板をすべて取り出してから、熱々のパンを試食すべく一人一つずつ手に取りました。


 私のは、ペポロンのでしたが。



(……温かい、だけでなくふわふわしている)



 殿下と、城で苦戦していたバターロールとは全然違っている。



「じゃ、食べるんだぞ!」


「おー、いつも通りと変わんなくね?」



 殿下とマックス殿が号令をかけてから、皆迷わずに食べ始め。


 私も、パンをまず半分に割ってみる。


 すると、予想以上にふんわりしていて。



(これが……これを、私と殿下が作ったパン?)



 それが信じられないと思うくらい、姫様がお作りになられるのと寸分たがわず。


 割ったところから、良い小麦の香りに加えてペポロンの甘い香りもしてきて。


 そのまま口に運ぶと、ふんわり甘さを感じた。



「う、うんまいんだぞ! チャロナのとそんなに変わらないくらい!」


「この出来栄えを維持すれば、まず第一段階は大丈夫ですね?」


「へー。シュラ達が加わってもそんな悪くねーなあ?」


「あ、あれ。カイザークさん? どうされました?」


「……え?」



 気づくと、どうやら私は年甲斐もなく涙を流していたようだ。


 これはいけない、と目頭を押さえてもなかなか止まらない。


 それほど、自分で作ったパンの出来に感動してしまったのだろう。



「すみませんな、年甲斐もなく」


「い、いえ。大丈夫ですか?」


「はい。シュライゼン様と同じように、パンの出来に感動しましてな。予想以上でした」


「それなら良かったんですが……」



 ええ、本当に。


 自分でも気づかぬうちに、感動という心に身を任せてしまっていた。


 この国の宰相、元は大将軍を陛下より仰せつかった身として、感情を不用意に表に出さぬようにはしていたのに。


 まさか、このような温かな場で、感情の紐を緩めてしまうとは。


 だが、想像以上に美味に仕上がっていたことには驚愕を隠せない。



「チャロナ、チャロナ〜。これにさっき作ったカッテージチーズとかつけたいんだぞ」


「お楽しみはもう少し待っててください、シュライゼン様。まだ牛乳パンの仕上げが残っています」


「そうだったんだぞ!」



 そして、牛乳パンの仕上げというものは。


 それ用に焼いたパンを冷却コールドで軽くしっとりとさせて、波刃の包丁で真ん中より上から少し斜めに切り込みを入れて。


 それを、以前にもお借りしたアンベラというもので、事前に作ったクリームを挟んでしまうという。



「これが牛乳パンです!」


「「おお……」」



 ただ、白パンにクリームを挟んだだけのシンプルなパンだったが。


 いったいどんな味に仕上がっているのか実に楽しみでした。

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