68-2.ギルマスの思い(アレスタ視点)








 *・*・*(アレスタ視点)








 まさか。


 まさか。


 まさか、本当に、マックスらが冒険者になるきっかけだった、行方不明だった王女殿下であらせられたとは。


 マックスとレイが去ってからも、俺は気落ちする心を止められずに……ソファに座りながら天を仰いでいた。



「報われたにしたって、なんで半年以上経った今なんだ……」



 が、それをマックスあいつに問い詰めたところで、結果がどうこうなるわけではない。


 そこはわかってる……わかっているんだが。


 ある意味見守ってた分、嬉しさと落胆がないまぜになった気持ちになり、どうも落ち着かなかった。



「……子爵については、殿下や陛下が処罰を下してくださったようだが」



 リュシアの街を守る立場にいるギルドが、動けなかったのはなんとも情けない。


 身分はともかく、先の戦争を機に色々私腹を肥やしていたリブーシャ家にはなかなか手出しが出来なかった。


 それをいいことに、息子であるシャインが好き勝手にしてたのを、あの時……王女殿下が裁きを下してくださった。


 髪はカツラで隠してたし、目の色も王妃様とは違ってたのはわかっても。


 その容貌と、目の光が……あの方と瓜二つ過ぎた。


 赤の他人にしてはおかしい……行方知れずだった王女殿下かと、俺はすぐに結びつけた。


 シャインがひっ捕らえられた直後に、あいつらに問い詰めてやりたかったが。王女殿下は、殿下が攻撃をお止めに入られた直後に気絶。


 とてもじゃねーが、俺が声をかけられる状況じゃぁなかった。



「失礼します、ギルマス」


「おう」



 入ってきたのは、副ギルマスのラージャだった。


 涼しい顔で入ってきたものの、俺の落胆っぷりを目にすると、小さく息を吐いた。



「マックスとの件はいかがだったんですか?」


「王女殿下は本物だ。いずれ世間には公表するらしいが、すぐじゃねぇようだ」


「……何故。彼らが8年もかけて探していらした方を?」


「どうも。簡単にはいかんみたいだ」



 副ギルマスまでは話すつもりでいた内容を、俺はラージャにきちんと言うことにした。


 少し長くなるんで、重い腰を上げて茶だけは淹れたが。



「それで? 簡単にはいかないとは?」


「言いふらすなよ? あの事件の直後、王女殿下はこの街の中央孤児院に行かれたようだ。そこで……まるで子供のように泣き崩れた」


「……姫、様が?」


「どうも育った孤児院の記憶を思い出したらしい。まだ成人して一年も経ってねぇ女性だ。気が抜けても何らおかしくはない」


「それは……たしかに」


「育った故郷を思い出すだけで、取り乱しもするんだ。すぐに自分が王家の姫とわかっても……信じられんだろうな」



 俺も、マックスに話を聞いたから、そこはわかったんだが。


 ラージャも少し顔色を青くしたが、すぐに元の鉄仮面に戻りやがった。



「なるほど。そのような事情がお有りでしたら、私も納得がいきます。ですが、今あの方はどちらに?」


「カイルキアの屋敷だ。使用人としているらしい」


「なんでですか!?」



 これには納得がいかなかったラージャもさすがに卓を叩いて立ち上がった。



「だーかーら、すぐには言えねぇんだよ。あと、どうも本人が持ってる特殊な技能スキルでパンを美味く作れるらしい。まだこの街じゃ孤児院の差し入れにしか配られてないらしいが、その技能スキルを活かせる方法として調理人でいるのがいいんだと」


「パン……が、美味しく?」


「俺も食ってねーが。マックス曰く、王宮以上らしい」


「それを……姫様、が?」


「まだ信じられねーよな、パンが美味いだなんて」



【枯渇の悪食】により、大部分を失ってしまったパンのレシピ。


 その味は王宮ですら、不快に感じるものが多いと俺の耳にも届いているが。


 マックスが言うには、どれもこれもがとんでもなく美味いものばかりらしい。


 なんでそれを可能にしてるのかは、秘密にされちまったが。



「少し信じられませんが。マックスが言うのなら本当でしょうね……」


「ああ。いにしえの口伝の再来とも言えそーだ。俺達が口にできるのは、もう少し待とうぜ」



 いったいどんな美味なのか。


 伯爵家で育ってきたマックス自身が言うんだ。


 公爵家や王家にも出入りしてたあいつが言うんだから、王女殿下が作られるパンはとんでもない味ばかりなのだろう。



「失礼致します。マックスさんから、お菓子をお預かりしました」



 リーシュがそう言うと、俺達はまさか、と思わずにはいられなかった。


 彼女に入ってくるように言うと、手にしてたトレーに乗っかってたのはケーキのような見た目。


 見たこともない菓子だった。



「リーシュ、それは?」


「マックスさんが言うには、ある女の子が作ったケーキだと」


「見たことがねぇなぁ?」



 白いクリームのようなのは、少し固いイメージを受けたが。


 一番下は、少し茶色。


 天辺にはレモンのスライス。


 それだけしか情報がないんだが、女が好きそうな見た目なのに美味そうに見えた。



「たしか、レアチーズケーキとおっしゃっていました」


「「これがチーズ??」」


「今の季節にはぴったりだから、是非食べてくれと」


「お前も少し食うか?」


「い、いいんですか?」



 俺の婚約者だし、見るからに興味を持ってるんだからいいに決まってる。


 彼女の分と、冷めてしまった紅茶を淹れ直して卓に全員で座ってフォークを手に持つ。



「! これは、柔らかい!」



 ラージャが先にフォークを入れてたが、すんなりと通るのには俺も驚いた。


 なので、俺もケーキにフォークを入れると、マジですんなりとすくいあげるのが出来た。



「ほら、先に食え」


「い、いただきます」


「私の前で見せつけないでください」


「いいだろ?」



 ラージャにも相手がいないわけじゃねぇが、俺のようにまだ成就してねーからな?



「あむ。…………ん、んんん! あんまり甘くないですけど、さっぱりして美味しいです!」


「ほぉ? じゃ、俺も」



 豪快にひと口をすくって口に入れれば。


 形のあったはずの白い部分が、一瞬で溶けた。


 しかも、底の茶色の部分はクッキーを砕いたものらしく。


 香ばしさが加わって、さっぱりとした後味を綺麗に打ち消してくれた。


 なんなんだ、このケーキは!?



「これは……素晴らしい!」



 ラージャも、味に感動したらしく、珍しく頬を染めていた。



「しっとりしたかと思えば、なめらかな舌触りで溶けてしまって……なんなんですか、この美味は!」


「うめぇ……いくらでも食えるな」


「ぎ、ギルマス……もう一口」


「ほらよ」


「あむ!」



 結局、リーシュとはケーキを半分こした形で食べたが。


 普段から甘いものがそう得意ではない、ラージャが完食するとは思わず。


 だが、それだけ衝撃的だった。


 王女殿下が生み出す、美味の一端は。



「これは……早々に世に広めてはまずいですね。あの方が使用人として今は生活なされてる理由も納得がいきます」


「勲章も、どうやらいただいたらしいからな。ただの使用人じゃねぇ」


「あの……どちら様が?」


「リーシュ、言うんじゃねぇぞ? マックスらが探してた王女殿下が見つかったんだ。あと、今食べた菓子の製作者だ」


「え、王女殿下……が?」



 リーシュは婚約者以前に、受付嬢ではベテランの域だ。


 公私混同せず、口も固いし信用も出来る。


 だからこそ、受付嬢と言う立場でも告げれたのだ。



「この事は、内密にお願いしますね? 国からの発表もすぐにではないようですし」


「は、はい! もちろん!」


「菓子の事も、まだ言うなよ?」


「はい」




 菓子だけで、これだけの美味だ。


 いったい、パンだったらどれだけ美味を生み出してているのか。


 孤児院に確かめに行ってもいいが、まだ早い。


 まず先に、国を代表する城から広めねぇとな。



(また……会える予感がするぜ)



 まだあどけなさが残る、王妃様と瓜二つでいらっしゃる、王女殿下。


 直接声を交わす日が来るだろうか、と少し楽しみにしておくのもいい。


 今は、そう思っておくことにした。

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