64-3.祝賀会①(アイリーン視点)







 *・*・*(アイリーン視点)









「えー。本日は僕レクター=アルノルドとアイリーン=レイア=ローザリオンの婚約発表への祝賀会にお越しいただきありがとうございます」



 この挨拶の時だけは、きちんとレクター様の横に並んで腕からは手を離していますわ。


 お父様達も、おじ様達も、今はレクター様の言葉に真剣に耳を傾けていらっしゃいますわ。


 わたくしは、将来の旦那様のお言葉に惚れ惚れしてしまってますわ!



「事情をご存知でいらっしゃる方々も多いとお思いですが。無事に僕達は結ばれました。本日は親しい間柄の皆様との内輪の宴です。無礼講に行きましょう」


「レクター、絶対リーンを幸せにしろ!」


「は、はい!」



 何故かお父様ではなく、伯父様でいらっしゃる陛下から熱い言葉を賜わりましたわ。


 チャロナお姉様マンシェリー姫様にはまだその事も秘密ですので、この場では伯父様とお呼びさせていただきますが。


 一人しかいない、姪っ子のわたくしの事だからか。


 まだお酒を飲まれていないのに、真っ赤な御顔になられてレクター様のところへと詰め寄ってきた。


 当然注目は集まるけれど、陛下でいらっしゃるから誰も何もおっしゃいませんわ。


 レクター様が頷けば、ならよしと言わんばかりに下がって行かれましたけれど。



「で、では。乾杯しましょう」


『乾杯!』



 そうして、シュラお兄様が呼び寄せたのか王宮の舞踏会のような楽団の音楽を聴きながら、わたくし達はまず皆様と挨拶をさせていただきましたわ。



「おめでとう、アイリーン。レクター、男としてしっかりと守るのだよ?」


「はい、父上」


「アイリーンちゃんが、やっとうちの子のお嫁になっていただけるのね。よかったわ」


「ありがとうございますですわ、おば様」


「あら。もう正式に婚約したんだからお義母さんでいいわよ?」


「はい、お義母様!」



 おば様を、もうお義母様と呼んでよろしいのですね!


 わたくし、ずっとそれを望んでおりましたの。


 とっても嬉しいですわ!



「じゃあ、私の事もお義父さんでいいとも」


「はい、お義父様!」



 お二方との挨拶を済ませてからは、代わる代わる色んな方とご挨拶をして。


 伯父様は、それはもう号泣しながらレクター様にまた念を押すように言いつけられて。


 それと、曲が変わって、少し踊ってから、お姉様の料理を楽しませていただくことになりましたわ!



「まあ。たくさんありますわ!」



 見覚えのある料理もきちんとありますが、それでも見たことのない料理の方に目がいってしまう。


 これは何?これは何?と、思わず子供のように聞いてしまいそうなほどに。


 ここで、料理を作られてたのか、調理人の服装のお姉様がいらっしゃいました。



「僭越ながら、私がシュライゼン様方とお話しして決めさせていただいたメニューになります。リーン様、よろしければお取りしましょうか?」


「よろしいですの?」



 本来ならば、王女殿下にそんな雑用を……と言えない今はお願いするしかありませんわ。


 他にも聞こえてたのか、一瞬空気がざわつきましたが、ここは無視としましょう。



「ええ。私からのおススメでよろしいですか?」


「お願いしますわ!」



 お姉様がトングで取ってくださった料理の中には。


 昔、市井しせいの街にお忍びで出かけた時に食べたような『コロッケ』と似た揚げ物があって。


 わたくしなどが食べやすいように、ひと口大に作られたそれに、お姉様は何故か黒いようなソースをかけられました。



「お姉様、そちらは何ですの?」


「私が作らせていただいた、少し変わったソースです。この揚げ物にはよく合うんですよ」


「いただきますわ!」


「はい。どうぞ」


「それ、すっごく美味しいんだよ」



 レクター様にもそう言っていただけたのなら、物凄く美味しいはずですわ!


 お皿とフォークを受け取り、フォークでその揚げ物を半分に割ると。



「まあ、中はお肉がぎっしり詰まっていますのね?」



 胡椒のいい匂いが漂ってきて、食欲をかき立ててくる。


 ソースがたっぷりかかった箇所を刺して、口にゆっくりと運んだ。


 ら、




「まあ、まあまあまあ! 濃厚なのに、さっぱりとして美味しゅうございますわ!」



 お肉の方は、ジューシーなのに加えて味付けがしっかりとされているのに。


 上にかかった、黒っぽいソースのお陰で後味がさっぱりしていて、むしろいくらでも欲しくなってしまう。


 けれど、せっかくの祝賀会の手前、子供のようにがっつくわけにはいかないのでゆっくりゆっくりと咀嚼していった。



「お口に合ったようでなによりです」


「お姉様、わたくし、お姉様のパンも食べてみたいですわ!」


「でしたら、トウモロコシ入りの白パンがありますよ?」


「まあ!」



 そちらも大変美味で、少し甘いトウモロコシがシャキシャキとしていて、パンは予想以上にふわふわで少し甘く。


 これが普段食卓に出されているのと同じパン?と思えない。


 別物過ぎて、思わず涙が出てしまいそうだった。



「り、リーン様。大丈夫ですか?」


「いいえ。お姉様、美味し過ぎて大丈夫ではありませんわ!」


「は、はあ……?」


「こんなにも美味しいパン、初めてですわ! お兄様方は毎日召し上がっていらっしゃるだなんてずるいですわ!」


「リーン、そこは落ち着いて。まだ技術の会得が難しいんだから、少しずつしか広められないんだよ」


「まあ」



 たしかに、これだけの美味。


 相当の技術が必要なのは、時折お菓子作りしかしないわたくしでもわかりますわ。


 きめ細やかなパンの内側。


 あれだけでも、お姉様の技術の偉大さがわかる重要な箇所。


 それを、ただのわがままで毎日食べられないと思うのは傲慢過ぎる。過ぎるけれども……お兄様方がこればかりは少し妬ましく思いますわ。



「チャロナの技術は、下手をすれば国宝を超えるだけですまない。我が国から徐々に広めると決めてもくれたんだ。わがままを言うんじゃないぞ、リーン」


「伯父様」



 ここは少し陛下の御顔になられた伯父様が、ワインを片手にこちらにやって来られました。



「こ、国宝……ですか?」


「謙遜する理由はない。俺は、王族とも少し繋がっているが、あちらのパンの味が霞むどころではないぞ?」


「あ、ありがとうございます」



 ああ。


 本来なら親子ですのに、まだ打ち明けられない理由のせいで伯父様も他人行儀な部分を演じるしかないのが歯がゆいですわ。


 けれど、ご自分が王族という身分も明かされていないのか、少々嘘をつかれましたわ。おそらく、シュラお兄様もまだ打ち明けられてませんわね?



(さて、お腹も軽くふくれたことですし。そろそろですわね?)



 ここで、レクター様と目配せしてから、少し彼から離れてお姉様の腕を掴みましたわ。



「り、リーン様?」


「お姉様。今少しお時間よろしくて?」


「え、ええ。少しなら」


「でしたら。お着替えなさって踊りましょう!」


「は、はい!?」



 当然予想外の出来事にお姉様が驚かないわけもなく。



「俺も手伝うんだぞ!」



 とここで、打ち合わせなさっておりませんのに、シュラお兄様のご登場で。


 わたくしが施す予定だった、着せ替えの魔法をお兄様自らお姉様にかけられて。


 瞬く間に、お姉様は美しく着飾ったお姿になりましたわ!



「え、え、え?」


「チャロナ〜。あとでカイルとは踊らせてあげるから、練習で俺と踊ってほしいんだぞ!」


「は、はい?」


「まあ、お兄様。女性パートを自らリードしてくださいますの?」


「こう言う時くらい、親しい間柄だから出来るんだぞ」


「では、お願い致しますわ」


「お、お願い、って……え、え?」


『ご主人様〜頑張ってくだちゃ〜い!』


『ロティ〜真似事でも、俺っち達も踊らん?』


『にゅ? ロティも出来まふ?』


『出来る出来る』



 あらあら、わたくしの出番はきっかけ作りだけのようですね。


 仕方がありませんので、また曲が変わってからレクター様と踊ることになりましたわ。



「あの二人が踊ると、見た目だけは陛下と王妃様の昔の姿だろうね」


「お父様達は、きっとそう思われますわね」



 だから、伯父様達が涙を流されなきゃいいのですけれど。


 少しそちらを見ると、お爺様に背を撫でられながら号泣されてる伯父様がいらっしゃいましたわ……。

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