51.神の企画進行(ユリアネス視点)








 *・*・*(ユリアネス視点)








 暗い……くらい、夜の帳以上に、深い場所。


 今日も今日とて漂うその空間の中で、私と夫は水鏡を使ってある場所を覗き見ていた。



『では、姫にはまだ内緒と言う事で。僕らはもう一度姫のとこに行くけど、ここでは謝罪があっただけだよ?』


『『はっ』』



 水鏡の中では、数人のヒトの子らが何かを話し合っていた。


 と言っても、私も夫も、内容をすべて聞いていたから知ってはいる。


 そして、その内容について、どうして行こうかと言うことも、これから決めるのだ。



「…………どうしようかしら、フィルド?」


「俺の意見よりも、君の方が何か言いたいんじゃないのかな?」


「一応、主神はあなたよ?」


「けど、チャロナを管理してるのは君だろ?」


「そうだけど……」



 異能ギフトである『幸福の錬金術ハッピークッキング』をあの子に与えたのは二人揃ってだったが。


 管理などについては、同じ性別がいいだろうと私が言い出して、あのロティと名付けられたナビシステムを介して行っている。


 天の声、と呼ばれる副音声も、神からのお告げとは違い、レベルアップや技能機能搭載の時に私自らチャロナの脳に直接語りかけていたり、と。


 今は、風邪をひいてしまったので、連動させて動いているロティも休ませているから久しぶりに大人しくしているけど。


 それはあくまで、異能ギフトについて。


 セルディアスの王女チャロナの運命の手綱を握っているのは、この世界の最高神である我が夫のフィルド=リディク=ラフィーネ本人だ。


 それをわかっていないはずがないのに、彼は依然として笑みを絶やさないでいた。



「たしかに、俺がメインとなって動く案件ではあるけどさ? あの子の今後の事を思うと選択肢はとりあえず二つ出来ちゃうんだよね?」


「二つ、も?」


「そう。一つは、今見てた子達が進めて行くように、二ヶ月後に王女と打ち明けられた上でカイルキアと結ばれるか」


「もう一つは?」


「うーん。別に冒険者じゃないからいいっちゃいいんだけど。…………数々の依頼をこなした上で真実を俺達から告げるか」



 たしかに、全体的なレベル上げは順調でも。


 功績としては、まだまだ足りない。


 あの子の今の実兄であるシュライゼンの言っていた、『功績を積ませる』過程としては不十分だわ。


 今のところ、チャロナへの依頼は定期的に孤児院に行って差し入れと料理教室をするのと、フィーガスの結婚披露宴に出す料理の一部とウェディングケーキを作ること。


 この中でも、後者の依頼をこなさなければ、あの国に根付いてる馬鹿どもを一部でも納得はさせられない。


 なぜなら、あの魅惑の美声チャームボイスを与えた男の祖父は国の重鎮であり、チャロナにとっても重要な人物。


 その人物であるカイザークにも、まだ知られていない真実を告げるタイミングとしても、チャロナの誕生日だけでは少々準備不足だ。


 ここは、遠回しに言ってくれた夫の提案に乗ろうかしら?



「なら、私も後者にするわ」


「じゃ、きーまり」



 指を鳴らすと、彼は小さな貴石の玉を手のひらに出した。



「これでどうするの?」


「ちょっとした天変地異を、チャロナの誕生日に起こさせる核さ」


「なるほど。真実は打ち明けられない事態にはさせるけど、チャロナが活躍出来る場を設けるってことね?」


「王女に戻すのはいずれ、だから。君の同意も得られたしこれが無駄にならずにすんでよかったよ」


「あら」



 元からこれを使う予定ではいたのね?


 相変わらず、先の先の手段を打っている人だわ。


 そうして、フィルドはその小さな玉を浮かせてから水鏡の中に落とした。ちょうど覗いた時、チャロナはロティを抱えながら笑っていたわ。



「時期が来るまで、あの子の中で眠らせておこう」


「ええ」



 酷だけど、あの子の経験値は異能ギフトのレベル上げだけではまだ足りないから。


 王女に戻るには、不十分過ぎるから。


 だから、ごめんなさい。好きな相手と結ばれる未来を神である私達が先延ばしにしてしまう事を。


 覗く前に心を読んだけれど、チャロナは身分差を気にし過ぎて本心が言えないでいる。


 本来なら、充分過ぎる程の身分の持ち主にさせてあげてるからそこは簡単に突破出来ていても。


 今、私達が決断したことで、その未来を見送りさせてしまうのだ。


 せめて、チャロナが告白する勇気を持つか、カイルキアから告げるかがあればまた別問題になるのに。


 そのどちらともない状態でいるから、私達は二人のために、もっと下地を作ることしか出来ない。



「しーんぱいないって」



 少し考え込んでいたら、夫に肩を軽く叩かれた。



「チャロナも、カイルキアも、ちゃんと想いは自覚してるんだ。どちらかが告げるかは神である俺達にも先読みしない限りわからないけど。二人の場合は見守るって決めたしね?」


「……そうね」



 ほかのヒトの子との縁を繋ぐのとは違う、異界同士の魂を繋ぐ【たま繋ぎ】は特別。


 干渉範囲も深入りは神とて出来ない。


 時折手を差し伸べる以外は、見守るしか出来ない。


 だからこそ、この間フィルドも軽く背中を押すことしか出来なかった。



「だけどさ。最高のハッピーエンドにしてあげようよ。【枯渇の悪食】を生み出したのはヒトの子だから、そのヒトの子でも。それを大国の……失われたと思った王女自身がすべてのレシピを蘇らせたってビックイベントがあれば。あの子自身、誰の反対も受けずにカイルキアと堂々と結婚出来るよ」



 そう。


 そしてそこから、世界に正しい主食の調理法が広まっていけば。


 あの子は、俗に言う『聖女』として祀り上げられるかもしれないが。


 それだけの功績を得られれば、バカな強固派とやらに文句を言わせないだろう。



「孤児だったレッテルも、私達神が出向いて神託を告げればどうとでもなるわ」


「その調子! ね、今度はヒトのフリをしてあの子に会いに行こうよ。パンの御礼言いに」


「……ほんと、急に思いつくわね」



 けど、反対意見は浮かんでこなかったわ。


 それと、御礼ならあの子にいい食材の差し入れくらいはしましょう。


 提案すれば、もちろん彼も了承してくれたわ。



「それが、育った国にあったと知れば……あのマザーにも会いに行きやすいだろうし」


「そのマザーからは言わないだろうけど。ちょっとカイザークの方を覗こうかしら?」



 やる事はいっぱいあるが、時間はまだゆるりと進んでいる。


 焦らないように、慎重に事を進める私達だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る