33-1.好きの気持ち?






 *・*・*








 なにかを、忘れたような気がした。


 ほんの一瞬だけ、目の前が虹色の光に包まれたような気がした時に、だけど。


 そのせいなのか、さっきまで疑問に思いつづけてた『何か』をほとんど忘れてしまってた。


 フィルドさんを見ても、彼はにこにこと笑ってるだけだったし。



「どうかした〜?」


「い、いいえ」



 なんだろう?


 とっても、大事な事だった気がするのに。綺麗さっぱりと、疑問が消えてしまって。


 それに加えて、『ああ、これでいいんだ』と何故か納得もしちゃって。


 エイマーさん達を見ても、ちょっと首をひねってるだけだったから気にしない事にした。



「シェトラスさん、あとのパン作りはいつもどおりでいいですか?」



 だから、これ以上踏み込んじゃいけないな、と自然に考え。代わりに、この後の仕事に専念する事にした。



「あ、ああ。そうだね。本来なら君は休みだったけど……せっかくだから、ペポロンとバターロールだけいいかな?」


「はい」


『でっふ!』


「俺はチャロナを手伝えばいいかなぁ?」


「そうだね、ペポロンの方は力仕事になってくるから」



 なので、手際よくパパッと済ませれば。ロティの発酵器に入れるまであっという間に終わっちゃって。


 気がついたら、倉庫側の個室でフィルドさんと二人でジャガイモの下ごしらえをしてたと言う具合に。



「俺はこっちの芋の皮剥きでいいのー?」


「はい。私の方は、切ったのをそのまま油で揚げちゃうので」


「へー、面白ーい」



 夕飯とは別のパーティーメニューの予定は。


 フルコースじゃなくて、私や悠花ゆうかさんにとってはメジャーなジャンクフードのパーティーメニューにするつもり。


 コースなんて、私は作れないし。最初はエピアちゃんとサイラ君だけのつもりだったから。


 チーズが大好きなエピアちゃんに宛ててのお祝いメニューにしたの。


 グリルのポテトはあっても、フライドポテトがないこの世界のは悪食の影響かもしれないけど。


 美味しいものは皆で共有したいし、悠花さんもきっと喜ぶだろうから加えてみたのだ。


 と言っても、皮付きポテトの場合、水にさらす前に皮の土汚れを落とすくらい。


 量は多いので、これは裏口にある井戸の側で洗う。


 本当は何回も桶の水を変えなくちゃだけど、もともとがそんなにも土汚れが少ないので洗いやすかった。


 お屋敷の保蔵と、出荷分関係なく、エピアちゃんとラスティさんが綺麗に洗ってくれてるからなんだって。


 洗う作業が終わったら、少し外に置いておくので個室に戻ったんだけど。



「も、もう終わったんですか?」


「うん、俺自分で言うのもなんだけど早いし?」



 今手に持ってたので実演してくださったけど。


 調理チートありすぎじゃないかってくらいに、包丁でピーラーのようにするすると剥いてしまった。


 残った皮の山は、木製のゴミ箱にたんまりと。そして、その皮に芋の部分がほとんどない。



「…………すごい。私、ダメですね」


「へ?」


「だって、私……異能ギフトがなかったら普通の女の子ですから」



 たしかに、この世界で失われたかもしれないレシピを、前世の知識と経験を活かして作れるは作れる。


 それに、ロティを含める『幸福の錬金術ハッピークッキング』がなきゃ、手際よく出来なかったと思う。


 だから、それらにまったく頼らずに、自分の持ってる技術だけで難なくこなせるフィルドさんが。


 少し、いやだいぶ、羨ましかった。



「なーに言ってんのさ」



 ちょっと気落ちしてると、フィルドさんが優しく頭を撫でてくれた。



「俺は俺。君は君で出来ることがちゃんとあるじゃないか。俺の知らない事を君が知ってるのだって、別に変じゃないし。逆も同じ。俺の方が少し年上なんだから、経験の差が出てもそこはしょうがないよ」


「そ、そう……ですね?」



 たしかに、それはそうなんだけど。


 なんと言うか。


 ちょっと撫でられただけなのに、まるでお父さんが子供にするような感じに思えた。


 前世のお父さんは、小さい頃よくしてくれたけど。


 この世界じゃ、お父さんは生きてるかどうかわからないから。


 だから、少し涙が込み上げてきそうになった。



「だから、今を頑張ろうよ。俺は今日だけだし、明日からはまた君だけなんだしさ?」


「っ、はい」



 そうだった。フィルドさんはある意味お客様なのに。


 タダで私のパンをもらうわけにいかないからと、手伝いをしてくれてるだけ。


 だから、明日からは下っ端は私一人だもの。


 うじうじしててはいられない。



「剥いた芋は、あの料理長さんのとこに持ってけばいーい?」


「はい、私はゴミ捨ててきますから」


「うん」



 その後には、二人で休憩に入っても料理の技術に関する話題が尽きず。


 彼自身については、何故か聞く気が起きなかった。


 レイ君のお知り合いだから、不思議な人って思っているくらい。



「コツ、って言うか刃の入れ具合に慣れちゃえば薄く剥けるんだよ」


「しゅ、修行時代よく言われたんですが。思った以上に難しくて」


「それは、慣れもあるしね。ん〜〜、やっぱり君の作ったクリームのパン美味しい」



 発酵タイムのロティにもあげてから、個室でフィルドさんとのティータイム。


 チョコパンもあるからコーヒーにしたんだけど、やっぱり美味しい。


 カイルキア様にもとってあるから、後で渡しに行こうとは思ってる。



(喜んで、くれるかなぁ……)



 甘いものだから、それが好きな人にとっては当然ではあるけど。


 好きな相手だから、心配にもなっちゃう。


 気に入ってくれるとか、美味しいと言ってもらえるだろうかと。



「……チャロナ、顔赤いよ?」


「え、ふぇ!」



 顔にまで出てたのかと、慌てて手で覆ってももう遅い。


 手の隙間から見えたフィルドさんは、にこにこと笑っていたし。



「いいじゃん。もしかして、恋?」


「え、いや、その……」


「恋はいい事だよ? 俺と奥さんは、ある意味許嫁同士からの結婚だったけど。今じゃ大好きだし」


「い、許嫁、さん?」


「うん。政略結婚とかとは違うけど。親同士が仲良いからって理由で」


「はぁー……」



 日本じゃ、そう言う風習はある意味口約束でしかなかったと思うけど。


 ファンタジー溢れるこの世界でなら、なんら不思議じゃない。


 奥さんも、旦那さんのフィルドさんに負けず劣らず美人さんだなと予想は出来るけど。一体どんな人だろうか?


 これには、少し興味が湧いた。



「どんな方なんですか?」


「んとね〜? 髪は白銀プラチナ、目は俺と同じ色ですっごく肌が白くって綺麗な子! あんまり、笑わないんだけど」


「笑わない、んですか?」


「好きな事以外、無関心じゃないけど顔に出にくいんだー」



 ある意味、カイルキア様に似てなくもないが。


 それでも、好きな相手の事は好きと言えるのは羨しい。


 私の場合、好きになった事については後悔してはいないが、言う機会はおそらくないと思っているから。



「いいなぁ……好きって言えて」


「チャロナも言えばいいじゃん?」


「え、あ!」



 どうやら声に出してたみたいで。


 即答されたフィルドさんにも、にまにまされてしまった。



「身分差問わず、好きになった事はいい事なんだよ? 身を引くのも一つの手段だけど、伝えずにそのままにしておくのは……心にも体にも悪い」


「フィルド、さん?」


「俺も、奥さんと結ばれるまでに、そりゃーいっぱいあったよ。喧嘩もしたし」


「け、喧嘩……ですか?」


「表情出にくくても、怒るのはわかりやすいしね?」



 だからさ、と、フィルドさんはそう言いながらまた私の頭を撫でてくださった。



「諦める前提の恋って言うのも、どこにもないんだよ。自分で決めつけてても、相手は君を待っててくれてたらとか?」


「カイル……様が?」


「あ、それたしかこの屋敷の主人?」


「ぴゃ!」



 誘導尋問されてるわけじゃないのに、思わず口に出しちゃった!



「貴族でも関係ないじゃん? 好きになった相手なら」


「う、うう……」


「だって、レイの主人とその恋人になったあのお姉さんも貴族同士じゃないんでしょ?」


「そ、そうですが」


「大丈夫大丈夫。もし君が結ばれても、助けてくれる人達。いなくないんでしょ?」


「…………はい」



 まだ加わってひと月近くだけど。


 手を差し伸べてくださる人達はたくさん出来た。


 あのパーティーに居た時とは違う、心温かな人達が。


 その中でも、旦那様であるカイルキア様が……一番、好き。


 フィルドさんの言う通り、貴族どころか孤児って理由で。


 諦めなくても、いいんだろうか?



「フィルドさん。カイル様のところに、おやつのパン届けてきます」


「うん、いってらっしゃい」



 すぐに伝えれる勇気はないけど。


 やっぱり、好きだから確かめたい。


 自分の想いが、どれだけなのかを。



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