7-2.コロネ成形
「チャロナくーん、こっち終わったから何か手伝える事は」
「げ!」
「なっ!」
今の状況説明をするならば。
棚卸し作業がひと段落ついたらしいエイマーさんが厨房を覗いてきて。
その声に気づいて、何故か焦り出したシュラさんが彼女に振り返り。
顔を合わせたお二人が、互いに驚いたのが今。
そして、シュラさんが何故か逃げようとしたところを、エイマーさんがガシっと彼の肩を掴んで引き止めました。
「な・ん・で、あ──な──た──がぁ──?」
「い、いやいやいや、おおおお、おち、落ち着くんだぞ、エイマー⁉︎」
「落ち着かれていないのはそちらだ! 何故そのような恰好で! そして何故ここに!」
「し、ししし、新入りの子を見に」
「あとで会えるでしょうに!」
「ぐえ⁉︎」
エイマーさんが掴んだままの肩に力を込めたのか、シュラさんは変な声が出ちゃった。
やっぱり、冒険者までと行かずとも日々肉体労働が資本な料理人は、女性でも握力がすんごい。
拍手は、流石にシュラさんが不憫なのでやめておきました。
「チャロナくん、
「お、俺……も手伝」
「既に何かされただろうに。ワガママはいただけない!」
まだ文句が言いたげなシュラさんを片手で引きずっていくエイマーさんの笑顔は、何人たりとも頷くような強烈なものだった。
私もこくこく頷いて、お二人を見送ってから作業に戻ることに。
「え、えーと……粗熱は取れたかな?」
ちらっと見たけど、ロティはロティで発酵器のまま小刻みに揺れていた。
目が出てなくても周りの様子は見られるから、エイマーさんの絶対零度の微笑みが怖かったはず。
粗熱が取れてるのを確認してから、よしよしと箱を撫でてあげた。
『一次発酵出来まちた〜ぁ!』
「よっし、成形ね!」
取り出してから、分割。
チョココロネにするので、ベンチタイムのために生地を丸くまとめるんじゃなく、太めの棒状に。
成形方法はお店によるけど、私は前世で勤めてたパン屋でこう教わった。
「今のうちに、ロティ?」
『あい!
ロティに出してもらった鞄から、今度はコロネの形にする大事な道具を取り出す。
「すまない。まだ手伝える事はあるかな?」
エイマーさんだけ戻ってきて、シュラさんの姿はなかった。
聞きたかったけど、多分『帰した』とか言われそうだから黙っておこう。
そう思ったんだけど、
「ところでチャロナくん、彼に何かされなかったかい?」
逆に聞かれたので、ちょっと拍子抜けしちゃった。
「えっと、挨拶はされまして……あとは手伝いたいからって言うので、少しだけお願いしました」
「……それだけ?」
「それだけです、けど?」
もっと何か聞き出されたのかなぁって、エイマーさんは予想してたのか。今度は彼女の方が、拍子抜けしたように目が点になってしまった。
「……あれだけ渋っていたのに、本当に手伝いだけ? あり得ない……何も聞かれなかったのかい?」
「あ、はい」
「……
「あ」
『でっふ! あのおにーしゃん、ご主人様のパン食べてまちぇん!』
そう言えば、『新人』は知ってたのに、『美味しいパン』についてはひと言も口にしてなかった。
好意的な態度と、さり気なくこちらの懐に入って来て合わせてきた態度。あとは、宣言通りにクリーム製作の補助をきちんとこなしてただけ。
私に興味があったと見せかけて、パンの製造を見ることだって出来たのに。
(それか、気配を消したりしてずっと見てた?)
ロティを使ってる途中、物音を感じなかったが……私は元冒険者でも体術が大して得意じゃなかった。気配を感知なんて、チートな能力はない。
もしそうだったとしても、何故あのタイミングでやってきたんだろう?
「エイマーさん、シュラさんって本当にここの使用人さんなんですか?」
親しそうではあっても、絶対あの人に何か秘密があるはず!
「……いいや。あんな恰好をしていたんだが、彼が
「え……ってことは?」
「カイル様が昨日おっしゃっていた、君のパンを食べさせたいお相手の一人。それがシュラ
「えぇえええ⁉︎」
『でっふぅ⁉︎』
あの人、なんでお貴族様なのにあんな恰好を!
お忍び? けど、カイルキア様と親しいはずなのになんでまた、と疑問が増えてくばかりだったが、エイマーさんはため息を吐くだけ。
「とにかく、楽しい事が大好きな方なんだ。あと美味しいものには目がない。事前にカイル様から伺ってるはずなのに、君の手伝いをしただけとの一点張りで……さっきも逃げられてしまったんだ」
「に、逃げ?」
「いつもの事だ。どうせ、あとで食べられるから、大人しくするつもりだとは思うんだが……」
疑問はお互いに尽きないけど、生地のベンチタイムをかけ過ぎてはいけないからエイマーさんには成形の見学をしてもらうことに。
「今から、コロネパンと言うのを作ります」
「コロネ?」
「前世でいた国が生んだ、お菓子向きのパンなんです。この角みたいな器具に、生地を巻きつけて焼くんです」
「ほーぅ? 面白そうだ」
鞄から取り出した、円錐形の長い棒。
内側は空洞で、子供くらいなら指にさせるがそんな遊びはしません。
「棒状にさせた生地を、さらに細く均一に伸ばして巻きつけるんです」
ただ紐状にするわけじゃない。
どの部分も同じ太さ、それと表面を緩ませたままじゃなくキュッと締めて滑らかにさせるのも大事。
でないと、良い具合に、発酵でも膨らまないからだ。
「紐が出来たら、下の太い部分から順に巻きつけていきます」
巻き方は、少し斜めにくるくる。
一番端の方は先端に合わせつつも、下の層に巻き込ませる。
これで、完成だ。
「……たしかに角のようにも見えるが、菓子にしては甘味が少なくないかい?」
「焼いて、コロネ型を取り出した部分にクリームを入れるんです」
「それがシュラ様と作ってたってものか」
これを合計20個仕込み、ロティに変身してもらったオーブンの天板に並べて二次発酵させます。
『40分かかりまふぅ!』
「よし、その間になら私が教えられるお菓子があるよ。作らないか?」
「はい!」
それは、あまりがちな卵白で作るフィナンシェでした。
これは1日置く方が美味しいので、明日の使用人達へのお菓子にするつもりだったらしい。
棚卸しが終わる頃に、シェトラスさんからエイマーさんに指示があったので、可能だったら一緒に作って欲しいとも言われたそうだ。
計って、バターを焦がして、材料を混ぜて混ぜて、型に入れて窯で焼き上げるだけと超簡単。
窯は鉄の蓋をするタイプなのに、生地が焼けてくるとバターやアーモンドプードルの良い匂いが厨房に広がっていった。
「良い匂いですね!」
「マヨネーズを卵黄だけで作る日には、だいたいこのお菓子なんだ。君のパンも実に楽しみだけど、これはローザリオン家が公爵家になる以前から伝わる菓子だそうだが」
「伝統のお菓子?」
【枯渇の悪食】以降、復活されたお菓子なんだろうか?
今のところ、悪食の影響により衰退なくらい激マズなのはパンやご飯くらいらしいが……他が気になる。
カイルキア様のような高位のお貴族様はともかく、庶民側の方が。
冒険者だったつい先日まで、私は運良く出会っていなかったからだ。
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