第67話 沢山の物をあげれば沢山返してくれる

 我は黒竜アジダハーカである。


 今はあまり余裕はないが、かといって出来ることもないので現状を説明するとしよう。


 簡単に纏めると我らが買い物に出ている間に主が倒れていた。


 幸い外傷などはなかった。


 傷1つない状態で倒れていた主。


 犯人もおそらくおらず、物を運び中に倒れたものと思われる。


 しかしだからこそ我は困っている。


 外傷もなく突然倒れた主は今現在も目を覚ましてはいない。


 肩を揺らせど呼びかけど瞼を開かないのだ。


 医療に関する知識などなかったがこれが異常事態だということだけは分かった。


 故に主と同じ不老不死であるルクスに相談をしてはみたが…、


『…う~ん、確かに変よね。私達不死は基本的に病気にはかからないの。体を循環しているマナが体の状態を最善の状態で維持するから傷を受けない限りは体調を崩したりはしない…はずよ』


 とのことだ。


 つまり主は想定外の状態に見舞われているということだ。


 ルクスがティオと知り合いであるこの国の王妃イデオンに連絡を取り、名のある医者を呼んで主を見て貰ったが結果は同じ。


 そもそもこの家にはお風呂場にエリクサー風呂があるので怪我や不調はそれを飲めばよい。


 エリクサーは身体の不備を全て治す。


 しかし眠っている主に飲ませても効果はなかった。


 主が倒れたという訃報を聞き駆けつけてくれた魔王アーミタルの城仕えの医者たちにも結局原因は分からず手の施しようもなくなった。


 どうしようもないのでいったん現状維持となっている…というのが現状じゃ。


 意識が戻らないのを除けば苦しんているわけでもないので、これが不調なのかも確認できない。


 息が止まっているわけでもないのでひとまず命の危険ではなかろうが…。


 歩きながら今までの出来事を整理していた我は寝室の扉に辿り着いたので思考を止めて扉を開いた。


 そこには未だ眠りについている主と…その周囲で心配そうにしている子供たちの姿。


 問題はこの子達よな。


 心配するなというのも無理がある。


 我とて動揺するものを我慢しろというのは酷よ。


 既に主が倒れてから1週間が経っておるのだ。


「…お母さん」


「こん…」


「母様…」


 ベッドで眠っている主とその傍で手を握っているアル。


 その傍に子供たちが座っている。


 御飯を食べるとき以外は皆ここで眠っている主の傍にいるのだ。


 誠に主は愛されておるのぅ。


 その間に陰で我らメイドラゴンが家事をこなしていればひとまずの問題はない。


 早く主が目を覚ましてくれればよいのだがな。


 そう考えていたそのとき、玄関口の方から機械的な鈴の音が響く。


 玄関の呼び鈴…要するに来客であろうことは分かる。


 …しかし今日誰かが訪ねてくるというのは聞いていないのだがの。


 こっちに来たゼニスがこちらを仰ぐ。


「いい、我が出るからお主は仕事をしておれ」


「わかった」


 仕事に戻ったゼニスと入れ替わりで玄関へと我は向かう。


 そして誰かがいるであろう玄関の扉を開けるとそこには、一度だけ主と話していた女が立っていた。


 主が珍しく敵意を露わにしていた仇敵。


 魔塔の首魁である魔術協会長だったか?


「…確かミントシュバール…じゃったか?何の用じゃ?」


「…ティオが…倒れたという噂を聞いてきたの。本当かしら?」


 気まずそうにしている雰囲気から意図は分からないが、どうやら主の状態を聞いて尋ねてきたらしい。


 主から聞いた情報にマイナスの情報はあってもプラスの情報はない。


 主の言う通りなら寝込んでいる主を狙いに来たに等しいが…どうも面持ちからその片鱗は感じ取れない。


 …ふむ、探ってみるか。


「確かに今主は倒れておる…が、貴様には関係のないことじゃ。主から貴様の所業も聞いておる」


「…………」


 こちらの反応を見て目を伏せた彼女は黙っている。


 言い返す素振りもない。


 どうも進んで他者を貶める人間には見えぬのぅ。


 そこで我は更に探ってみることにする。


「もし主を害しに来たというのなら我が相手になるが?」


 翼を出して魔力で威嚇する。


 しかし彼女は怯みこそすれどこちらを真っ直ぐに見続けている。


「…ふむ、少なくとも謀略好きではなさそうじゃな」


 翼を仕舞い魔力を納めた我はひとまずその意図を確認することにした。


「それで何をしに来たのじゃ?まだ主は目を覚ましていない。お前が知っている相手はおらぬぞ?」


「その…ティオの状態を確認したいの。同じ人族の不死として何かわかるかもしれない。それに…」


「それに?」


「許してもらえないかもしれないけど…償いくらいはさせて欲しいの…」


「ふむ」


 悪意のない悔恨。


 やはり彼女は主の言う通りの人間ではないのやも知れないな。


「よかろう、ただし妖しい動きをしたなら容赦はせぬぞ」


「ええ、分かっているわ」


 主と同じ不死というのも事実。


 不死に関してはあまり詳しくないのもあるが、ルクスだけの意見を鵜呑みにするのもよくない。


 そう思い彼女…ミントシュバールを見張りながら寝室に入ったそのとき、先程までベッドの傍にいた子供たちが入ってきた人物を警戒し立ちはだかる。


「グルルル!母上をいじめた奴なのです!」


「お母様の敵が何の用なのよ!」


 威嚇するコン様とエミリア様。


 ティア様は不安そうに様子を見守っており、アルは警戒はしているが今のところ動いてはいない。


 一触即発かと思われたが案外我が手を出すまでもなかった。


 警戒されたミントシュバールだがその場で膝をつくと深々と頭を下げる。


「……ごめんなさい…ごめんなさい…」


 子供たちに目線を合わせた彼女はただ瞳から涙を流しながら謝罪をしている。


 …さきも思ったがやはり主の失墜は彼女の狙った行動ではないのかもしれぬな。


 突然の謝罪でどうしていいか分からなくなった子供たちがおろおろしているが、背後に控えていたティア様が涙を流しているミントシュバールに近寄った。


「お姉ちゃん…泣かないで」


 そう言ってティア様がミントシュバールの頭を撫でていた。


 撫でられたミントシュバールは思ってもいなかったのか小さく戸惑ったが、心配そうに撫でるティア様の様子を見て顔を覆いしばらく涙を流すのであった。

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