第56話 春の日差しはねむくなる
冬の残り香も消えて空気も暖かくなり過ごしやすい気温になってきた今日この頃。
1週間ほどぶっ通しで研究を続けていた僕は眠くて堪らない。
無論不老不死だからそこは怠ってもいいのだけど、体についた睡眠の安らぎは消えてくれないわけで。
ぽかぽか陽気に逆らえなかった僕は激しい眠気に逆らえずにベッドの上で転がっていた。
布団に体が沈み込む感覚が心地いい。
そして眠っていたことにより下がっている体温に溶け込む陽気で再び僕は抱きしめている枕を寄せる。
「…ひゃぁぁぁ…」
「…むー?」
枕に抱き着きながら何か聞こえた気がして顔を埋めたまま耳を立てる。
そんな僕の耳に入ってきたのは壁越しの声であった。
『ゼニ、ダッシュダッシュなのです!』
『ゼニさんすごく早い!』
『…………ふぁ…あったかい…』
『お嬢様方~っ!あとどれくらい走ればいいんですか~っ!』
どうやら娘たちが我が家の新入りゼニスと遊んでいるようだ。
…そういえばゼニス(人型)の容姿について言及したことがなかった気がするので付け足しておこう。
比較して話すならアジダハが銀髪の褐色お姉さんメイドだとすれば、ゼニスは少し若めの新人メイドといった様子だ。
身長は僕より少し高くアジダハよりもやや低いといった感じ。
肌は白めで髪はすこし跳ねた感じの金髪。
少し吊り目で口も普段は尖っているように見えなくもないので何やら常に「むっ!」としている表情に見えなくもない。
…もっとも僕の前に立ったら「ぴえっ」と声を漏らして涙目になってしまうのだが。
一体僕が何をしたというのか…全く…。
思わず抱き枕を抱く腕に力が籠る。
「ぴえっ!」
「……ん~?」
ゼニスが躓きでもしたのだろうか?またあの情けない声が聞こえた気がする。
…気のせいかな?眠気漬けの頭ではいまいち思考が働かない。
幸いアジダハ経由で紹介されたため子供たちに馴染むのも早く、また美味しい食べ物が好きなようなので美味しい御飯さえ供給していればおとなしくメイド業に従事してくれそう。
もっとも本人はアジダハに丸投げされた子供たちの世話をするために竜より長い龍の尻尾に子供たちを乗せて乗り物遊びを頻繁にして疲れているが。
僕はまだ子供傷害未遂の疑いがありゼニスに警戒しているが、彼女もマジメに仕事をしているようなので多少は認めてやってもいいだろう。
………ふぁ…まだ眠い。
一応アジダハに今日は1日休むと先に伝えておいたし、今日は夕方までゆっくりとしよう。
春の陽気が気持ちよくだんだんと瞼が閉じていく。
僕は抱き枕に頬を擦り付けながら再び陽気に微睡むのだった。
「…んんぅ~……春ぅ……大好きぃ…」
◆●◆●◆●◆●◆
…私アルヴィオンは最近少し困っていました。
それは子供たちが増えて寝床が移動したこと…でもなくベッドでティオさんと一緒に寝る事…でもありません。
いえ、困るといえば困るのですが一緒に寝れるということ自体は私も嬉しいのでそこは良しとします。
私が慕っていると言いだしましたが…ティオさんの家族になり、私の立場を保護して魔族の国の新しい門出の手伝いのために私とティオさんが夫婦になる。
とんとん拍子で進んでしまい今やアルヴィオン・ヴァンマギカと名乗ることとなってしまいましたけど…そもそも戦争とか諍いとかしかしてこなかった私に恋愛経験なんて無いんです。
…ええ、無いんです!
しかしそれは私の結婚相手であるティオさんも同じだと思ってました。
実際、最初の頃はティオさんは私の裸を見るのも恥ずかしがっていましたし、何なら自分の裸を見ても赤面していましたね。
私もティオさんの裸は少し…(ゴニョゴニョ)しますが。
…あの時のティオさんも可愛かった。
…こほん、話を戻しましょう。
ですが次第に慣れてきたのか最近ではあまり気にする様子もなく私の前で服を脱いだりし始めます。
どうやら一緒に暮らしているうちに私のこともしっかりと大切に思ってくれたようで、裸を見られるくらいなら別に気にしないみたいで。
それはとても…ええ、とっても嬉しいです。
ですが私はまだそんなに高速で適応するほど慣れてはいないんです。
だから…だから……ベッドで寝るときに私を抱き枕代わりにして眠るのをどうかやめてください!
最初は仰向けで眠るのにどうして寝入った瞬間にころころとこちらに転がって「はしっ!」と速攻で抱き着いてくるのでしょうか?
この間まで一緒に寝るだけでも緊張して眠ることすらできなかった人間にはハードルが高すぎます…。
そして昨日、ようやく添い寝に慣れてきたと思ったら研究を終えて久しぶりにベッドに入ってきたティオさんはそのままナチュラルに眠り、私に抱き着きました。
…抱き枕…気に入ってるんですね…。
何とか心を無にして私が眠りにつき目を覚ますと、既に日が出ていて周りも明るくなっていて。
隣のベッドで寝ていた筈の子供たちも既に姿はありません。
その代わりに私の視界に入ってきたのは気持ちよさそうに眠っているティオさんの可愛らしい寝顔。
いつもなら私よりも先に起きて家事などをしたりしているはずのティオさんが鈴のような寝息を立てているんです。
暖かいのが気持ちいいのか緩んだ表情。
…可愛い…。
思わず見惚れていたそのとき、寝室の扉が開いてアジダハが入ってきます。
そしてがっしりホールドされている私を見てアジダハが思い出したように口を開いたんです。
「そう言えば今日は主は一日休むらしいからの。起きるのじゃったら主を起こさないようにの」
部屋の汚れを指さして「ヨシッ!」と言った後、彼女は満足そうに出ていった。
つまり私はティオさんを起こさないように布団を退かして抱き着いている手を剥がして脱出しないといけないんですね。
…無理ではないでしょうか?
ひとまず一番無難な布団剥ぎから行きましょう。
そーっとそーっとティオさんと私にかかっている布団を浮かして横側へとペイッ!
…何とか起こさないで第1段階が終了しまたかと思われたそのとき、
「…ん」
「…ひゃぁぁぁ…」
「…むー?」
布団を剥がされたことにより少し震えたティオさんがさっき以上に抱き着いてきた。
しかも!さっきまでは少し腕を巻き付けているような感じだったのに、体温を感じ取ったのか布団を退ける際に浮いた私の脇下にも腕を回してきている。
結果完全隙間なく私に抱き着き私の谷間の間からティオさんの可愛らしい寝顔が見える羽目になっってしまったんです。
……詰んだ…。
この時点でティオさんを起こさないと起き上がることは不可能。
と、考えていたら今度は急に私を抱いているティオさんが「むっ!」と不機嫌そうな表情になると同時にさっきよりも腕に力を込めてきます。
「ぴえっ!」
「……ん~?」
お腹の辺りに柔らかいティオさんのおっぱい…略してティオッパイが押し付けられ、それと入れ替わりに私の胸にぐいぐいとティオさんの寝顔が押し付けられる。
柔かい!暖かい!くすぐったい!可愛い!
いろいろ思考がぐちゃぐちゃになってしばらく悶えました。
普段は落ち着いた様子でそれはそれで可愛いですが、なんというか寝ている状態のティオさんは本当に…女の子!と、言った感じで思わず母性が疼いてしまいますね…。
なんかもうここから脱出するのとかどうでもよくなっちゃいます。
…夫婦…そう私たちは夫婦。
だからここで抱き返しても…問題はない…はず。
ゆっくりとティオさんの背中に腕を回して力を籠めるとそれに比例してティオさんも抱きしめてきます。
柔かい首筋の肌の感触と髪からくるいい匂いに少し鼓動を速めていた私の胸元で顔を擦り付けてきたティオさんが何やら小さな声で寝言を話しています。
「…んんぅ~……るぅ……大好きぃ…」
「…!?」
小さな声でうまく聞き取れませんでしたが「アル大好き」って…!?
突然の攻撃に思わず体が熱暴走を起こしティオさんの顔を見ていられず、彼女の頭部に顔を当てて茹蛸になった顔面を隠す私。
「…わ、私も…大好き…」
――結局ティオさんが起きるまで捕まったままの私でしたが、今日はとてもいい日だった気がします。
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