第12話 黒い奴って大体は悪役

 家から出た僕は海側の空をみる。


 そこには悠々自適にこちらへと向かって飛んでいる竜の姿があった。


 全身を覆っている黒い鱗は光を映さず、巨躯にはそれに見合った6つの羽と3つの首。


 竜族を見るのは初めてだがなかなかの威厳だ。


 すると空を見上げていた僕のとなりにルクスが踊り出てくる。


「こりゃマズイですよティオ先生!早いとこやっちまってくんなまし!」


「いやいや…確かに強そうけど別にこっちに何か危害加えるとも限らないし…」


 そうだ、別にただ空を飛んでいる可能性だって…。


 そんなことを考えていたそのとき、空から大きな声が響く。


「人間共!恐れ戦け!我の炎によりじわじわと嬲り殺しにしてくれるわ!」


…残念ながら淡い希望は竜の一言で砕け散った。


 僕の横に目を向けるとルクスがさっきより距離をつめてこちらをみている。


「先生!やっちまってくんなまし!どうか町を守ってくんなまし!」


「いやいや、そもそも僕はただの研究中心の魔術師だし、攻撃魔術とか使ったこともないし…」


「えーい、つべこべ言わずに戦地に赴きなよ!あたしの店が燃えたらどうするの!」


「お前それが本音だろっ!」


 僕を派遣したいルクスと、派遣されたくない僕がところ構わず醜い争いをしていると、後ろから僕の服を誰かが引っ張る。


 振り向くとそこにいたのはうちの娘だった。


「…お母さん、お家燃えちゃうの?」


「…う…」


 不安げな表情でこちらをみるティア。


 それを見て「キュピーン!」と目を光らせたルクスがティアを抱き締めこちらを向く。


「ダイジョーブだよぉティアちゃん、お母さんが何とかしてくれるから~……ねっ!」


 によによしながら僕の様子を伺うルクス。


 …この野郎。


 文句のひとつでも言ってやりたいもころだが、うるうるとした瞳でこちらを見る愛娘に思わずたじろぐ。


 …はぁ、この目には弱いんだよなぁ。


「ルクスいつか覚えておけよ」


「服奢ってやったっしょ」


 仕方なく詠唱を片手間に空をみる。


「ティアは任せるぞ」


「おうさ!存分に暴れてこい!」


「…だから戦うのは苦手なんだってば」


 どうしようもない愚痴を溢した後、詠唱を終えた僕は空間転移魔術を使用して空へと赴いたのだった。



 ◆●◆●◆●◆●◆



 転移し終えた僕は今は浮游魔術で空に浮いた状態である。


 あまり使ったことはなかったが勉強はしておいて良かったな。


 黒い竜の目の前に転移した僕。


 当然突然目の前に現れた僕に黒い竜が3つの首をこちらに向けた。


 6つの瞳が僕を捉える。


「…ほう転移魔術とは…なかなか人間にしてはやるようだな」


「特に相手が出来る奴がいないから僕で勘弁してくれ」


「ほう!つまりお主は生け贄と言うことか!憐れよな!クカカカ!」


 3つの首のうち右の首だけが楽しそうに笑っている。


 ちなみに他二つの首は真顔である。


 …ひょっとしてあの首は一度に一つしか動かないのか?


「…ならば一思いにおわらせてやろう!」


 地味に気になる事柄に気を取られていたそのとき、竜の鋭い爪が僕に向かって振るわれる。


 僕はそれを…、


「うわ、危な」


 爪が手に刺さらないように慎重に掴んだ。


「…はっ?」


 何やら呆けている黒竜。


「服を新調したばかりだから爪はやめてくれないか?」


「な、何故!?どうやって止めたのだ!」


「いや、身体を魔力で強化しただけだが?

 魔力があれば誰でも出来るだろう?」


「山一つ穿つ我の膂力を防ぐ身体能力強化なぞ聞いたこと無いわっ!」


「…そうなの?」


 何やら動揺している黒竜に怒られた。


 …おかしいな?身体能力強化は人間では結構普段使いされる魔術だと思うのだけど。


 攻撃を止められこちらを警戒した黒竜がひとりごとを呟いている。


「馬鹿な、竜の中で最も恐れられた我の爪を片手で…おい人間!いったい何者だ!」


「僕か?僕はレスティオルゥ。

レスティオルゥ・ヴァンマギカ。一応魔術師だ」


「なんだと!?」


 僕の名前を聞いた黒竜が再び固まった。


 だがしばらくすると何やら大きな笑い声を、やはり右の首だけがあげはじめる。


 …やっぱり後の二つが真顔なのが気になるが、話を腰を折りそうなのでひとまず僕は忘れることとした。


「クカカ!そうかお主が噂の『救世の大魔導師』か!であれば納得じゃ!この邪竜『アジダハーカ』と戦う相手に相応しいぞ!」


 楽しそうに笑っている黒竜だがこちらはあまり楽しくはない。


 …あの二つ名は竜族にまで伝わっているのか…。


 恥ずかしいことこの上ない。


 だけど僕が凄い魔術師だと勘違いしてくれているうちに説得するのが吉と見た。


「お互い利になら無い争いは止めないか?」


「クカカ!お主の悲鳴を人間達に届け我が力を示してやろうぞ!」


 交渉から0.5秒。


 決裂である。


「我が消えぬ黒炎を受けるがよい!」


 三つの首から黒い炎が僕に向かって放たれる。


 こういうときだけ3つ首をフル活用するの止めて。


「あーもう!どうしてこうなるかなぁ!」


 僕はお手製の魔術を発動する。


 自慢ではないが火を消すのは得意だ。


 すると消えることの無い炎(自称)は小さく身震いした後に姿を消した。


「馬鹿な!我が炎を!?いったいどうやって!?」


「それは僕の『どんな炎でも完全に鎮火する魔術』の力だ」


「なんじゃそのニッチかつ限定的な魔術は!?

 というか何があったらそんな魔術を作ろうと思うのじゃ!?」


「あれは久しぶりに天ぷらが食べたいと思って揚げていたときに、『あっ!あの薬調合するの忘れてた!』と思ったときのことだった…」


「…お主、料理しとることを忘れて火事になりそうになったな?」


 何故ばれたし。


拮抗する僕と竜の戦いはまだこの後、

しばらく終わらないのだった。

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