ノラネコのピアニスト
村上未来
酒場
酒場①
酒場のカーテンを開けると、茜色の光が窓辺に美しい影を作った。
窓を開けたリアンは、沈んで行く夕日をしばらくの間眺めた後、いつものように店の掃除を始める。
床を掃き、三十畳程の広さに窮屈に置かれた机を拭いている最中に、店主のジャンが店に入ってきた。
ジャンは、埃で汚れた顔をタオルで拭きながらリアンに近付くと、バスケットボール程の大きさの丸々とした灰色の瓶を、拭いたばかりの机の上に置いて足を止める。
そして顔を拭いていたタオルでその瓶を丁寧に拭くと「どうだ綺麗だろう」と言って、はにかんだ。
今まで灰色だった瓶はタオルで拭かれて、宝石のような綺麗な青色に変わった。
いや、変わったのではなく、元からその色だったのだろう。
薄暗くなり始めた部屋の中で、微かに光り輝く瓶を、リアンはたしかに綺麗だと思った。
「この瓶は俺が作ったんだ」
ジャンは照れ臭そうに言うと、鼻の頭を掻いて、はにかんだ。
そして瓶について、遠い目をしながら語り始めた。
ジャンの話によると、この瓶は、十二年程前に、つまりリアンが生まれた頃にジャンが作った物で、この青い色をだすのに、大変に苦労したのだそうだ。
そして凝りだすと、とことん凝るタイプのジャンは、ガラスの原料の石を取りに入った山で、1針も縫う大怪我?をしたのだそうだ。
それから、その山の帰りに乗った列車で、ビリー何とかという俳優の隣の席に座り、世間話をしたと自慢をした。
そして今日、物置きの掃除をしていると、偶然この瓶を発見し、店に飾る為に持ってきたのだそうだ。
リアンはジャンに、こんな才能があった事に驚いた。
普段は大雑把で、プロレスラーみたいにガタイのいいジャンに、こんな繊細な物を作る才能があったとは正直驚きである。
それ程にこの瓶の出来は素晴らしいのだ。
ジャンはひと通り話し終えると、満足そうな顔をして煙草に火を付ける。
リアンはジャンの煙草を吸う姿を見て、今は亡き父親の事を思い出した。
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