ゴーレムの行進
秋風ススキ
本文
その日、少年は川に来ていた。少年は自作の釣り竿と籠を携えていた。少年は近くの村の住民であった。翌日に村長の家でちょっとした宴が催される予定であった。暇のある村民は食べ物を調達してくるように、という村長からの命令が出ていた。村長は、そういう協力に対しては金銭などで報いてくれる人物であった。
少年は魚を釣って届けようと意図していたのであった。少年は物心ついた頃から、農作業の手伝いをする傍ら、よく山に入って茸を採ったり川で魚を獲ったりしていた。同年代の村人の中では一番そういうことが得意であった。
その日も川に到着して早々、数匹の魚を釣り上げた。
だが少年は、村の周囲の自然と仲が良く、村の社会の善良な構成員としての生活を満喫する一方で、広い外の世界への憧れも抱いていた。時たま村に訪れる旅人が語る、大きな街や神殿というものに、自分も行ってみたいものだと思っていた。
翌日の村長の家での宴というのも、王室と繋がりのある偉い貴族が旅の途中で村に立ち寄るため、それを迎えての宴なのであった。
自分の持って行った魚が貴族に気に入られて、それがきっかけで自分が旅に連れて行ってもらえるかも、という淡い期待も少年の心中にはあった。もっとも、自分の持って行ったものなんて貴族やその近しい人の口には入らないだろう、と頭では思っていた。従者や、護衛の兵士、荷物持ちの人たちの食べる分になるだろうと思っていた。
釣った魚を村長の家へ届けたところ、自ら応対してくれた村長はことのほか喜んでくれた。できればもっと欲しいと、村長は少年に言った。そこで少年はまた川に出向くことにした。
「帰る頃には暗くなっているだろうから」
と、村長はランプを少年に手渡した。
「周囲が暗くなっていると使うことができる。そこのつまみを回すと光が出る」
「ありがとうございます」
先ほどと同じ川に少年は向かった。先ほどよりは下流へ向かった。
岩に上り、そこから釣り糸を垂らす。景色も眺めながら釣りをすることのできる、良い場所であった。近くに、粗末な木製ではあるが橋がかかっていた。
釣りを始めて間も無くのことであった。眺めている風景の中に妙な物が見えた。その釣りをしている場所から、その時に見ていた方向へ、たとえば少年が自分の足で控え目なペースで走っていった場合に、ちょうど息が切れる辺りの場所から先は荒野が広がっていて、そこには灌木がまばらに生えていた。少年の目には、はじめはその灌木が動いているように見えた。
だが灌木が動くはずがないということは少年には分かる。じっと目を凝らした。ごつごつした体格の人間が動いているようにも見えた。複数あった。色は灰色や茶色に見えた。
少年は岩から飛び下り、橋を渡り、走り始めた。動く影の正体を突き止めようと思ったのであった。
もうすぐ荒野という場所まで来ると、影が大きくなり、その姿も明瞭に見えるようになった。岩や粘土で出来た人形であった。人間よりも背丈は大きく、手足は太く、顔はあまり精巧な造りではなかった。
少年は異質な印象を受けた。そういうものを目にするのは生まれて初めてであった。これは危険なものなのではないか、という恐怖の混じった直感が頭に走った。
だがその土と石の人形たちは、少年の方には一切振り向くことなく、行進し続けていた。一体どこに向かっているのであろうか。その歩みはそれほど速いものではなく、少年は悠々と追跡することができた。少し勇気を出して声もかけてみたが、反応は無かった。
背後からドシンという大きな音が聞こえた。荷物が馬車の荷台から地面に落ちた時の音を、大きくしたような音。少年がそちらへ向かうと、石の人形が1体、地面に倒れていた。窪みに足を取られて転倒したようであった。
「うーん」
その人形は声を出した。
「話せるの?」
「うん」
「ぼくはこの近くの村に住んでいる人間なのですけど、あなたがたは一体?」
「分からない」
「立ち上がれますか?」
「ああ。危ないから少し離れて」
「はい」
その人形は立ち上がった。少し地面が揺れた。他の人形は既にだいぶ離れた所まで移動していた。
「これからどうしよう」
「村に来ませんか? あの、人が1000人くらい集まって住んでいる場所です」
「いや。驚かせては悪いし」
「そう」
その人形は左腕に相当する部分が砕けてしまっていた。
「この辺りに岩や石はないだろうか」
「向こうに川原があって、そこにはあるよ」
「では、そこに行きたい」
少年と人形は並んで歩いた。
「自分がどこから来たのか本当に知らないの?」
「うん。気付いたら倒れていて、自分をおいて進んで行く仲間の姿が見えていた」
川原に到着。
「ええと。その岩は釣りをするのに便利な岩だから、それ以外でお願い」
「分かった。ああ、あれが良い」
と、人形が指さしたのは少し緑色に近い灰色の岩であった。同じ色合いの岩が3つ転がっていた。人形がその岩に近づき、左腕の付け根だった部分を近づけると、岩が浮き上がり、付け根に繋がった。その人形は白っぽい灰色の石で出来ていたので、左の腕だけ色合いが違うことになった。
「良かったね」
少年のその言葉に、人形は答えなかった。無言で荒野の方へと歩き始めた。来た道を折り返すのではなく、歩いて行った他の人形を追うような方向に、いわば斜めに歩き始めた。
「ねえ。何か言ってよ」
と、少年はしばらく追いかけたが、やがて諦めた。
釣りを再開し、種類やサイズは色々であったが魚を10匹釣った。
翌日。村長の家での宴の席に、少年は呼び出された。少年の用意した魚を貴族自らが食して、美味しいと感じ、これを釣った者を呼べと村長に命じたのであった。
少年は貴族に直々に褒めてもらい、嬉しく思った。ただ心の中では、昨日の体験の方が大きかった。
「君には何か望みはあるのかな」
貴族がそう尋ねて来た。少年は、頭の中の考え事とは独立して他者との会話を円滑に行うことができるタイプであった。常日頃からの念願を叶える機会を不意にするようなことはしなかった。一度、村の外の世界、特に街を見たいと思っている、という望みを述べた。
「ふむ。わたしはこれから山でしばらく狩りを行い、それから街へ行く。同行するが良い」
かくして少年は村の外の世界に出ることになった。狩りを行う山の麓にはその貴族の別荘があって、そこが拠点であった。少年は獲物を追いかける手伝いや、ちょっとしたデザートのための木の実を取って来ることで働いた。
いよいよ街へ向かうこととなった。
「あれが街か」
少年は感嘆のあまり独り言を発してしまった。馬車に乗った貴族を中心として、それぞれ馬に乗ったり徒歩だったり、100名近い集団での移動であった。少年は歩いていて、その街の建築物は、まだかなり遠い内から目に見えたのであった。
貴族はその街の有力者たちと会談し、それから数日ぶっ通しの宴会に突入した。少年は自由時間をもらった。街を見物して回ることにした。その前に、貴族が街の商人と話している場に少しだけ居合わせた。
「この街の行政にも魔導士が参加するようになったのだって?」
「はい。土木やゴミ処理のことなどで」
「便利かい?」
「便利ですが、元は我々商人が請け負っていて、人を沢山雇って行っていた業務を、少人数で行ってしまいますからね。色々と軋轢も」
「まあ、魔法の使用を許可する範囲は限定しておいて、商人諸君は新しい商売も色々と見つけることだね」
「はい。つきましては、魔導士があまりあれこれ進出いたしませんように」
「ああ。わたしからも市長や議員に言っておくよ。おい、君。こんな話を聞いていちゃいけない」
少年はまず市場に出掛けた。出来立ての食品を売る屋台のような店が並ぶ他、装飾品や服を売っている人もいた。そういう商品は大抵、敷物の上に並べられていた。その敷物にしても、少年の故郷の村ではお目にかかれないような、上等な織物であった。
貴族から小遣いをもらっていた。串にささった食べ物を買い、その店の人に、実は自分は田舎から出て来たばかりなのだが、この街に来たらまず見ておくべき建物などはないかと尋ねてみた。すると相手は、
「それなら、まず大聖堂だね。元から立派だったけど、この前に工事して、大勢が集うことのできる建物が隣に立った。これで偉い人の説教を大勢が聞けるようになったけど、この街の連中で真面目に聴きに行く人間がどれくらいいるかは分からないな」
と、教えてくれた。
少年はその建物に行った。これは街の他の建物も大半がそうであったが、石造りの建物であった。外観はシンプルであり、おおよそ直方体であった。
「わあ、すごい」
と、少年が呟くと、近くに立っていた男性が話しかけてきた。
「本当に? そう思う?」
「あ、はい」
「嬉しいな。実はぼく魔導士なのだけど、石材をここまで運ぶのも組み立てるのも、うちのチームが行ったのさ」
「そうなのですか」
「どうやったか知りたい?」
「は、はい」
「まず石の産地に出掛けてね、石に魔法をかけたのだよ。ゴーレムになれ、と」
「ゴーレム?」
「土や石、粘土や岩が集まって人型になっているものさ。頭はあまり良くなくて、特に今のうちの技術で作ったゴーレムでは、単純作業すら任せられないけど。目的地を教えて、そこまで歩かせることくらいはできる。正確に言うと、この街に魔力の信号を送る装置を設置しておいて、その信号の発信源を目指してゴーレムが動くようにしたのさ」
「そんなことが」
「できるのさ。ゴーレムがここまで到着したら魔法を解除して、元の石材に戻す。建物の形にするのは、また別の魔法を用いる。より原始的な魔法というか、純粋な浮遊と移動の魔法だ。だからこそ、いったん建物が完成すれば、後はもう魔法をかけ続けなくても建物の形のままだ」
「すごいですね」
「すごいだろう。まあ、ゆっくり見ると良いよ」
少年は建物に近づき、ゆっくりと建物の周りを歩き始めた。石の色は単一ではなく濃い灰色から茶色、白に近いものまであったが、建物の下部は茶色の石が、上部は白に近い色の石が積まれていた。全体としては灰色の石が多かった。
「うん」
少年が建物をおよそ半周した時のことであった。灰色の石の中に、緑に近い色合いの石が混じっているのを見つけたのであった。
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