乱入 その四
義藤が連れ戻されて一週間ほど経過し、小野坂の妻となった夢子が『離れ』を訪ねてきた。この日は休日となっている雪路が応対する。
「いらっしゃい、今多分客室の掃除中やと思う」
かれこれ二ヶ月以上同じ敷地内で働いていると、ペンションの仕事内容も徐々に覚えてくる。
「今日はこちらをお持ちしましたの、お口に合えば宜しいのだけど」
夢子は風呂敷に包まれた大きな四角の箱をリビングテーブルに置いた。
「凄い! 全部お一人で?」
「えぇ。今日は一日お休みなので、たまにはこういうこともしてみたくて」
「大変やったでしょ、こんなぎょうさん作るの」
「それほどでも。皆様もどうぞ召し上がってください」
「お昼が楽しみやわぁ、あっちにおる皆にも知らせてくるね」
雪路はペンション方向の長窓から出てペンションへ向かう。夢子は箱をダイニングテーブルに移動させていると、カチャリとドアの開く音が聞こえてきた。初めは雪路であろうと思ったが、長窓から出ているのに玄関を開けるのは不自然だと思い直す。
「どなたかしら?」
独り言を呟きながらそちらへ歩いていくと、背の高い男が刃物を持って立っていた。
「騒ぎな、ちょっと間ここにおらしてくれたらええ」
侵入者はいかにもチンピラを思わせるいでたちで、テロテロで派手なデザインのシャツにぴちっとした白のデニムパンツ、その上に値の張るコートを着てサングラスを掛けている。
金の宝飾品をジャラジャラと付けて品の無さを醸し出してはいるが、靴はピカピカに磨かれてどことなく両家育ちの雰囲気を持っているように夢子には映っていた。その証拠に刃物を持ち慣れていながらも人に向けることは無いと見えて、手は小刻みに震えている。
「えぇ構いませんよ、その前に宜しいでしょうか?」
「あ"ぁ? 何企んどんのや?」
「企む? 何をですの? 私はこの家の住人ではございませんので企むにしても勝手が分かりません。大したお構いはできませんが、どうぞお気の済むまでお寛ぎくださいませ」
「はぁ?」
予想していなかった女の反応に侵入者から一気に殺気が抜けていく。
「まずはそちらを仕舞って頂けません? 騒いだりなど致しませんので」
「はぁ……」
と夢子の指示に従ってナイフの刃を仕舞う。
「そちらをここに置いて私のケータイを持っていてください。そうなされば外部と連絡が取れなくなるでしょう?」
「はぁ、まぁ……」
完全に戦意喪失してしまっている男は、夢子に言われた通りナイフをテーブルに置いてからマセンダ色のケータイを手に取った。
「それと靴は脱いでください、部屋が汚れてしまいますので」
「あっ、すんません」
彼はいそいそと靴を脱ぎ、玄関に揃え置いてから基いた場所に戻ろうとすると背中に衝撃が走って前のめりになる。
「てめぇ他所の敷地で何してんだよ!」
侵入者はそのまま床に倒れ、それによって明るみになった声の主に夢子は目を丸くした。
「智っ!」
ペンションから駆けつけた小野坂は自身よりも大柄な侵入者をあっさりなぎ倒し、根田が使用している自転車の紐を手にしてうつ伏せている男の体に乗っかる。
「ユメッ! 怪我はっ?」
「平気よ。あのね智……」
幸い無傷の妻の様子に安堵した彼は、手際良く侵入者の手足を縛り上げた。
「おい、刃物持ってたろ?」
小野坂は男のパンツやコートのポケットを漁る。
「えぇ、テーブルの上に……」
「あぁ? 何でんなとこに置いてんだよ?」
彼は侵入者の体に乗っかったままテーブルを見やると、確かに見慣れぬナイフが静かに置かれている。代わりにポケットから出てきたのは見覚えのあるマセンダ色のケータイであった。
「何でお前が妻のケータイ持ってんだよ?」
「ナイフと交換で預かって……」
「外部と連絡取らせねぇためか? 何気に入念な……」
「何を勘違いしているの智、お客様にこんなことして」
と毒吐く小野坂の言葉を遮った夢子がすっと立ち上がった。
「「はぁっ?」」
玄関にいる二人の男は彼女の頓珍漢な発言に呆れた表情を見せた。
「その紐、すぐに外して差し上げて。夫が無礼を働き申し訳ございません」
「それはいくら何でも無理が……」
侵入者は夢子の振る舞いに違和しか感じずぽかんとしている。小野坂もピンチを救っているはずなのに無礼扱いをされて不満げな表情だ。
「ちょっと意味分かんねぇわ」
小野坂は男から降りてため息を吐く。重みから開放されても抵抗する様子を見せないので、仕方無くではあるが縛った紐を解いてやった。
「何か逆にすんません」
拘束を解かれた侵入者は手首をさすりながら小野坂に詫びる。
「調子狂うなぁ、あんたもそうだと思うけど」
「えぇまぁ……」
「そうだわ! 今日はお弁当を作ってきているんです、あなたもご一緒に召し上がりません?」
「いえ遠慮します、客やありませんので」
問答無用で上がり込んではいるのだが、コントのような展開に付いていけていない男は玄関に座ったままでいる。
「せめてこちらへいらしてください。智、お客様にお茶をお出しして」
「そういうんは結構です、長居はしませんので」
侵入者は外を警戒して首を左右に動かしていると、その動きに不穏なものを感じた小野坂はなぁと声を掛けた。
「あんた誰かに追われてんのかよ?」
「えぇまぁ、そんなところです」
男は床に正座したままここへ乗り込むまでの経緯を話し始めた。
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