門出 その三

「智さんを『離れ』にお連れしたべ。夢子さんの方もユキちゃんたちが滞りなく準備を始めてるべさ」

 小野坂を“拉致”してきた角松は、ペンションで会場づくりをしている面々に計画通りに進んでいることを報告した。

「お疲れ様、ようキレられんで済みましたね」

 堀江は村木の相棒を労い、緑茶を差し出した。

「ありがとうございます、したって半分キレてらっしゃったべ」

「礼さん一人したらさ、多分殴らさってたんでねえかな?」

「なまらハラハラしたべ。けどささ、智さんと礼さんってお互い腹の内理解し合ってるしたからさ、ちょべっとんことくらいで関係が壊れん安定感があるべ」

 角松は緑茶を一気に飲み干す。慣れているとはいえ朝からあちこち移動しているのでそれなりの疲労は感じていたようだ。

「もうひと踏ん張りだべ正さん、運転はわちがするしたからさ」

「んその前にちょべっといいかい?」

 彼は既に飾り付けしたカフェにいる招待客に歩み寄った。

「先程隣の『離れ』いうん所に入らさりました。後で顔合わせしささるかい?」

「えぇ、是非」

 招待客四名は一斉に立ち上がった。

「正さんは信さんとあちらに向かってください。皆様方はボクがご案内しますので」

「ん、頼むべ」

「したっけな」

「行ってらっしゃい」

 鵜飼と角松はひと足先にペンションを出た。『離れ』への案内役を買って出た根田は、少し時間を置いてから四名を伴って隣の家屋の玄関を開ける。

「礼さぁん、支度の方はいかがですかぁ?」

『今終わったべー』

「お客様お連れしましたから入りますねぇ」

 根田はドアを全開して招待客を招き入れた。リビングの中央では真っ白なスーツを身に着けた小野坂が立っており、髪型もフォーマルスタイルに仕上がっている。

「おぅ、良いじゃねぇか智」

 その言葉に小野坂はいつに無く驚いた表情を見せ、何でだよ? とにわかにパニック状態になっていた。

「ん? このためにオレが呼んだべ」

「ちょっと待て、東京からじゃ旅費だけでバカになんねぇだろうが。軽々しく巻き込んでんじゃねぇよ」

「何ぬかしてんだ、こったら大事なこと写真贈るだけで済ませんでねえべ」

「俺こういう畏まったの嫌いなんだよ、こんなことに金使うくらいなら今後のことに回した方がいいって……」

 小野坂はかねてより夢子とはその方向で話し合っており、双方の両親にも報告して反対されていなかった。

「二人で決めた考えは承知してるぞ。けどな智、親ってのは時々身勝手な欲ってもんを持っちまうんだよ」

「おっちゃん……」

 小野坂はアラ還男性の顔を見る。

「夢子にとっちゃ二度目だからまたかよと思わなくもねぇさ。けどお前は初婚だろ? 度之君と江里ちゃんにとっちゃ一生にそう何度も無ぇ息子の晴れ姿なんだぜ、生で見たいに決まってんじゃねぇか」

「……」

「それにな、最初の結婚は俺の犠牲になったようなもんだ。今度こそ本物の幸せ掴めって言ってやりたいんだよ」

 親の願いというものを真正面から聞かされた小野坂は何も言い返せなくなる。

「智、俺は借金こさえて娘に苦労かけたダメ親父だけど……二人の門出、祝福させてくんねぇか?」

 夢子の父である調布智之トモユキは婿となる小野坂に頭を下げる。傍らにいた妻美乃ミノも夫に倣って頭を下げた。小野坂は慌てて二人に駆け寄り、頭を上げるよう促す。

「ありがとおっちゃん、おばちゃん」

「もう、それは二人に言ってやって」

 美乃は少し距離を取って立っていた飯野夫妻の手を引いた。夫妻は遠慮して渋っていたが、背中を押されてお互い手の届く位置まで近付き体を向き合わせる。

「……」

「智、驚かせてごめんね。お話頂いた時は断るつもりだったのよ」

「ん。一遍断られてんだべ、『かえって気を遣わす』ってさ」

 申し訳無さげにする江里子を庇うように村木が言葉を挟む。

「僕と凪咲は赤の他人だ、行くなら彼女一人の方が良いんじゃないかって。智君とはお世辞にも親子関係とは言えないから」

「いえ、母の伴侶でいてくだされば十分です。あなたが側にいてくださってるお陰で、俺は好きな場所で好きなことしていられるんですから」

 小野坂は自身よりの身長の高い度之を見上げていた。飯野夫妻が再婚したのは小野坂が一度目の退職を決める少し前であった。その前に五年以上交際していたのだが、双方が遠慮し合ってまともな対話をしてこなかった。

 そもそも度之を父と思えないのはそこまで歳が離れていないからで、人間として嫌っていた訳ではない。顔すらろくに知らない実父からのハラスメントのせいで、男性不信に陥っていた母をすくい上げてくれたとむしろ感謝している。

「遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます」

 他人行儀な物言いではあるが、これまで口にできなかった思いを乗せた小野坂は深々と頭を下げた。


 再び出掛けていた鵜飼と角松は、雪路たちと夢子を乗せて『オクトゴーヌ』に戻ってきた。ドレスアップしている夢子は車を降りるだけでも助けが必要で、雪路と凪咲がドレスの裾をたくって歩きやすいよう補助している。

「智さんは?」

「ペンションの正面入口の外で待機しささってるってさ」

「どう行けばいいの?」

 凪咲は早くも場の雰囲気に溶け込んでいる。

「そこから入って左に曲がらさったら壁沿いを歩いてけれ」

 ペンション内で陣頭指揮を執っている村木とメールのやり取りをしている角松が先頭を歩き、女性陣を誘導する。鵜飼は『離れ』で留守番をしていた根田と合流し、小森と共にメイクボックスや大きな箱を中に運び入れていた。

「ヒロインお連れしたべ」

 白いタキシード姿の小野坂と、この計画の主犯である村木に角松がき声を掛けた。

「夢子さん、慌ただしくして申し訳ね」

「いえ、お気持ち感謝致します」

 夢子は村木にジュエリーボックスを手渡す。支度の際に雪路から説明を受けて持参したものだ。

「智、一旦指輪外せ」

 村木はジュエリーボックスを開ける。

「何でだよ?」

「指輪交換だべ。真似事したってさ、親御さんにも見せてやれ」

「あぁ」

 小野坂は結婚指輪を外して中に収めた。

「したら最後の準備してくっぺ」

 村木はジュエリーボックスを持って従業員出入口から事務所に入る。中では黒のフォーマルスーツ姿でネクタイ結びに苦戦している堀江がおり、容赦無く声を掛けた。

「実はな仁、ちょべ〜っとやって欲しいことがあんだべよ」

「今言わんとって、ネクタイ……」

 村木は堀江の向かいに立ってささっとネクタイを結んだ。

「緊急事態なんだべ。頼んでた神父さん、来れんくなっちまったさ」

「は?」

 ここへ来ての一大事に堀江の思考は固まった。いやどうすんねん……その思いとは裏腹に村木は涼しげな表情を見せている。

「用事してた時に腰いわしたって連絡があったんだべ。見舞いに行ったら寝そべってたしたっけ、どう見ても無理そうだったべさ」

「ほな誰が? まぁ無くてもえぇんちゃう?」

「いんやなんね! ちょうど適任がいるでないかい」

 彼はジュエリーボックスと白い封書を堀江に手渡した。勢い余って一旦は受け取ったものの、村木の言葉の意味は分かっていなかった。

「えっ? どういうこと?」

「オメエクリスチャンでねぇかい」

「まぁそうやけど……俺にやれ言うてんの?」

「ん」

 村木は満面の笑みで頷いた。

「いやちょっと待って、こんな大役できる訳無いやん」

 堀江はジュエリーボックスと封書を突き返すが、村木は受け取ろうとしない。

 このことは始めから計画の中に組み込まれており、結婚式の件で神父を訪ねたのは誓いの言葉を教わるためであった。本物感を出すことよりも、どうせやるなら小野坂にとって最も思い出に残る形をと彼なりに思考を凝らして考え上げたアイデアである。

「なしてだ? オレは仁以外コレやれる奴いねえと思ってんべさ」

「何言うてんのや、こんな大事なこと俺にやらしたらあかんねん」

 堀江のそのひと言に村木の表情が変わった。

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