めぐり逢わせ その五

 ついに最初の予約客がやって来る三日目。堀江はフロントで、川瀬は厨房で、根田はカフェの掃除をしながらそれぞれが少し緊張した面持ちでその時を待つ。

 その予約客とはかつて衛氏の許で働いていた男性で、ここまでの経緯、衛氏が先月亡くなったことなど、彼の思惑はともかく伝えたい事は山ほどある。

 日が少し傾き始めた午後三時過ぎ、彼は一週間の滞在とは思えぬ軽装でやって来る。A四サイズほどの大きさのショルダーバッグが一つ、身長はやや小柄で色の白い痩せた男性だった。年齢的にはここの面々とほぼ同世代、写真で見た以上にくっきり二重の大きな瞳が印象的だった。

「いらっしゃいませ」

 カフェの掃除を中断させた根田が客をフロントへ案内する。男性はバッグから一枚の葉書を取り出して堀江に見せた。

「オノザカと申します」

「ご利用ありがとうございます、こちらにご記入をお願い致します」

 堀江はチェックイン用の用紙を差し出すと、彼は今のところ何も言わず必要事項を記入する。そんな様子を川瀬と根田は遠巻きに見つめており、どこから説明する? と少しばかり落ち着かないでいる。

 しかし堀江は接客に必要事項のみを説明するとさっさと二階へ上がっていく。あれ? 根田は堀江居ぬ間に厨房へ走り、川瀬と合流する。

「どうするんでしょう? 最初が肝心ってよく言うじゃないですか」

「取り敢えずは様子見てるんじゃない? 一週間あるし」

 そうを言っている間にカフェの利用客がやって来る。根田は接客に走り、川瀬は再び厨房に引っ込んだ。


 堀江は客人小野坂智に風呂とトイレは共用である事を伝えると、二階一番奥の【サルビア】という名前の付いた部屋を案内する。小野坂は口にこそ出さないが、かつての勤務地思いを馳せ時折手すりの感触を確かめていた。

「説明は以上ですが、ご不明な点はございますか?」

 堀江の問いに、彼はチェックインの際に渡されたばかりの予約客限定ドリンク無料チケットを見せる。

「これって一回分ですか?」

「いえ、宿泊期間中でしたら何度でもご利用頂けますよ」

 その返答に客人は少し嬉しそうな表情を見せる。しかしその表情もすぐ元に戻し、あと一つよろしいですか? と訊ねた。

「金碗衛さんって方をご存知でしょうか? 昔この街に居た事がありまして、その頃お世話になったんです」

「存じております。ただ先月亡くなられました」

「そうですか」

 小野坂はそれ以上触れてこず、どうもとだけ言う。

「下に居りますので、必要な時は声を掛けてくださいませ」

 失礼致します。堀江は丁寧に一礼すると静かに階段を降りる。根田はカフェで接客中、川瀬は夕食作りに取り掛かっている中、一応小野坂の宿泊を知っている村木が厨房にやって来ていた。

「小野坂智来てるしょ?」

 村木はそう言うや否や厨房から中に入り、客室に上がろうとする。堀江は慌ててそれを制止し、ちょっと待ってと声を掛けた。

「今来られたところだし、それなりの長距離移動だったんだから今日は休ませてあげません?」

「いいや! オレはこの日を待ってたんだ、アイツに一言ごんぼほってやる!」

「そういうのここでしないでよ」

 血気盛んになっている村木を止めるのに必死な中、上から階段を降りる音が聞こえてくる。

「少し出掛けてきます、夕食までには戻ります」

 客はほぼ手ぶらで外出する。その際堀江に制止されている村木には一切目もくれず。

「行ってらっしゃいませ」

 根田と堀江は彼を送り出し、その隙を突いた村木は後を追って外へ出て行ってしまう。堀江も慌てて外に出たが客の姿は既に無く、村木も乗ってきた車を発進させていた。何も無きゃいいけど……仕方なく中に戻ると、根田が心配そうな顔で礼さんは? と訊ねる。

「もう出ちゃったよ。これまであんなこと言わなかったのに」

 堀江はあの様子を見てしまうと、客よりも村木の方が気掛かりになる。川瀬もそれは同じらしく、聞いただけの話なんだけどと珍しく自ら話を切り出した。

「あの二人元々は仲良かったらしいんです。ただ黙って居なくなって、連絡まで取れなくなっちゃったことがショックだったみたいで」


 『オクトゴーヌ』の宿泊客である小野坂を追い掛けている村木は、目星を付けて一軒の寺の前で待ち伏せをしている。そこは金碗家が檀家に入っている寺で、先月亡くなった衛氏もここで眠っている。きっと衛さんのことは訊ねてるべ、彼の脳内アンテナはそう直感していた。

 同じ頃小野坂は村木の直感通りこの寺を訪ねていた。彼を巻くためにタクシーを利用したため、思わぬ出費で手ぶらのままここに潜り込んでいる。多分勘付いてるだろうな……彼もそんな直感が働き、墓参りを済ませると門を出る前に辺りを確認する。

 やっぱり……すぐ近くの駐車場に村木が仕事で使用料している『赤岩青果店』のロゴ入りワゴン車が停車しており、道はここで行き止まりなのでどう通っても村木と鉢合わせてしまう。

「今は会いたくないんだよ」

 小野坂はかつて住んでいただけあって少し走れば一方通行の道があるのを知っており、多分のリスクは覚悟で思いっきりダッシュする。思惑通り一方通行道には入れたが、一つ誤算だったのは村木が車を降りて追い掛けてきたことだった。

 マジかよ? 半端無く身軽で身体能力の高い村木相手に逃げ切れる自信など無かった。彼自身もそれなりに運動神経は良い方だったので、勝手知ったる細道をくねくねと進み、何とか広い道まで逃げ切って丁度良く停まった路面電車に乗り込んだ。

 村木は逃げ切られたと分かると仕方無く引き返す。この日はそのまま自宅に戻り、明日出直すべ! と心に誓うのだった。


 翌日から村木の待ち伏せ作戦が始まった。朝の入荷を済ませると宿泊客の朝食時間帯には厨房に、昼休みを利用しては中を覗き、夕方仕事を終えてから再びペンションにやって来る。一方の小野坂はそれを見越して堀江にあるお願いをしていた。

「勝手言ってすみませんが、彼が来ても取り次がないでください」

 堀江はそれを了承し、川瀬と根田にもその旨を伝える。二人とも客のニーズとして受け入れ、この頃になると飛び込みの宿泊客もいたので村木にはそれとなくごまかしながら四日が過ぎた。

 五日目、この日小野坂は少し遠出をすると朝食を済ませてすぐに出掛けて行った。村木は珍しく入荷を済ませるとすぐ店に戻り、昼も覗きに来なかった。代わりに普段ならもっと早い時間にやって来る鵜飼が、洗濯物の回収の後に休憩がてらカフェを利用している。

「今日は礼君来てないね」

 村木の行動は鵜飼に耳にも届いており、接客をしている根田はあれじゃストーカーですよと若干呆れ気味だった。しかし地元っ子の彼は意外そうな表情を浮かべている。

「なしてあそこまで避けるんだべさね? あの二人同じ年に来てなまら仲良かったんだ。小野坂さんがここを辞めた頃、僕は札幌にいたしたから詳しい事情は分からんけどさ」

「それ義さんも言ってました。黙っていなくなったのがショックだったらしい、って」

「んだ、雲隠れみたく消えちまったって。したってなしてまた訪ねる気になったんだべか?」

 鵜飼は小野坂の行動がいまいち理解に苦しむようで、一人何やら考え事をしながら首を傾げている。そう聞いてしまうと根田も何でだろう? と疑問を持ち始め、答えの出ない問題をうんうんと唸りながら考えていた。

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