第37話 冒険の達成
コボルトを退治する依頼を無事に達成して洞窟の外まで出て来た時、外はもう夕方になっていた。
洞窟に入る前はまだ昼だったのに、そこまで時間が経っていたのかとミリエルは驚いた。
洞窟の中は太陽が見えないので時間の経過が分かりにくかった。次は時計を持ってこようとミリエルは思った。
森の入り口まで戻り、長かった今日の冒険も終わる時が来た。解散の時が来たのだ。
「冒険の達成おめでとう。今日はお疲れさま」
「こちらこそ。貴重な体験をさせてくれてありがとうございました」
アルトが差し出してきた手をミリエルは快く握り返した。
今日は本当に良い体験をさせてもらった。森では味わったことのない冒険だった。
アルトは続いてリンダとニーニャにも手を差し出した。
リンダは、
<あそこではやられておいた方が良かったでしょうか。そしたらアルト様に助けてもらって……駄目ですわ。ミリエルさんに良い所を持っていかれてしまいます>
ぶつぶつと呟いていたが、差し出された手を見てびっくりして目をぱちくりさせた。
アルトはまだ若いといえる年齢でも勇者らしい精悍な笑みを浮かべている。
「君達も。今日は付き合ってくれてありがとう」
「そんなお付き合いだなんて。えへへ」
アルトと握手してリンダは蕩けるように赤くなり、これが二度目の握手となるニーニャはたいして自分の手を気にせずに冷めた目で自分の仕えるお嬢様を見つめた。
「へなへなへな」
「おおい、お嬢様! 最後までしっかりしろよな!」
スライムのように融けて崩れそうになるリンダをニーニャは慌てて支えた。
大変そうだが、ミリエルに手伝えることは無さそうだ。
そう思う少女に、アルトは視線を再び向けて言ってきた。
「今日は見事な戦いだったよ。僕達が手を貸す場面は何も無かったね」
「はい。いえ、来てくれただけで心強かったです。おかげでいろいろ知れたし、戦いに専念できました。今日はありがとうございました」
ミリエルは感謝を込めて、アルトとその仲間のみんなに向けて頭を下げた。
そんな礼儀正しい少女をテナーとソプラとヴァスは温かい目で見守った。
「こちらこそ。ソフィー様の娘とご一緒できて楽しかったわ」
「魔法が必要になったらいつでも言うがよい」
「今日の勝利に驕らずにな」
それぞれに挨拶を交わしてから、アルトが改めて言ってくる。
「そこで僕に提案があるんだけど。ミリエルちゃん、君は冒険者になってみる気はないかい?」
「わたしが冒険者に?」
それはミリエルがちょっとはなろうと思ったことがあるけど、本当になろうとまでは思っていないことだった。
この国には凄い人達がたくさんいるし、みんな優しくしてくれる。だから、冒険者とは誰か凄い人がなるものだと思っていた。
だが、アルトはそれをミリエルになってみないかと誘ってくれた。そう言われたのは初めてのことで、ミリエルの鼓動は少し跳ね上がってしまった。
「でも、わたしには明日も学校が……」
「もちろんすぐにとは言わない。でも、君の隠された力の謎を解くにはそれが必要な事だと僕は思う」
『この小僧、何か知っているのか?』
「さあ、でも……」
少女を見つめる彼の視線はとても真摯で、彼が冗談を言っているようにはミリエルには思えなかった。
「今はすぐに決めなくても構わない。でも、いつか君の秘めた考えを僕に教えてくれると嬉しいな」
「はい……」
そう言い残し、アルトは優しい兄の微笑みを見せて、自分のパーティーのメンバー達とともに去っていった。
夕方の風に吹かれながらミリエルは考える。
『あいつ、どういうつもりなんだろうな。お前を誘っているのか?』
「分からない。でも……」
そういう選択をしても良いのだと、そうミリエルは意識した。
そこにリンダに肩を貸したニーニャが話しかけてきた。
「この惚けたお嬢様はあたいが連れて帰るよ。ミリエルさん、今日はリンダのわがままに付き合ってくれてありがとうな」
「うん、ニーニャちゃんも来てくれてありがとう。嬉しかった。また会おうね」
お互いに笑みと挨拶を交わし合って別れる。
リンダの足取りが不安だが、この辺りにモンスターの気配はないので安心だろう。ニーニャもああ見えてかなり強かったし。
『さて、俺達も帰るか』
「うん」
そして、ミリエル達も自分の屋敷へと帰路に付いた。
家に帰ってミリエルは夕飯の席で父と母に冒険の話をして、今日は疲れたのでいつもより早い時間にベッドに入って就寝した。
そうして夜も更けた頃、屋敷にアルトがやってきた。
彼は王都にあるギルドに依頼を達成した報告をしに行っていた。王城にも謁見しに行っていたので遅くなってしまった。
仲間達がミリエル達の初めての冒険の達成記念のパーティーをしようと持ち掛けて来たのを途中で抜け出し、彼はここへ来た。
クレイブとソフィーを前にして席に着き、アルトは今日の成果を二人に報告した。
「ミリエルちゃんのあの力の謎は今日は解けませんでした。彼女は強いですね。自分の力だけでコボルトを倒してしまいました」
「そうか。ミリエルも成長しているのだな」
「わたし達が心配することは何も無いのかもしれないわね」
「本当にそうでしょうか。僕の見たあの力には闇が……」
「アルト君、それ以上は言っちゃ駄目」
「…………」
ソフィーはアルトを黙らせ、ミリエルの寝室のドアを開けた。暗いその部屋で、少女はとても落ち着いた安らかな寝息を立てていた。
「見て、あの子の寝顔。とても幸せそうよ。何か悪いことがあるならあんな笑顔は出来ないわ」
「そうだな。帰ってきてからもとても元気に話をしていたぞ。今日は娘を連れていってくれてありがとう」
「はい、こちらこそ。僕は気を使いすぎなんでしょうか。仲間からはそう言われました」
「さすがテナーちゃんね。アルト君のことをよく見ているわ」
「彼女も美人さんだ。逃がさないようにするんだぞ」
「あはは、今日は夜分遅くに失礼しました」
「うむ、これからも頑張ってな」
「休暇が明けたらまた冒険に出るんでしょう。気を付けて行くのよ」
「はい、御二人の分まで世界を回ってきます」
アルトは屋敷の玄関から外に出て、ミリエルの部屋の窓を見上げた。
「ミリエルちゃん、僕は行くよ。また会おうね」
そして、彼は前を向いて夜の道を歩いていった。
星明かりの照らす、暗い静かな夜だった。
ベッドに入って寝息を立ててミリエルは夢を見ていた。自分が冒険して活躍する夢を。
そこにはアルトやニーニャや両親や仲間のみんながいて、みんなでコボルトやスライムやモンスターの軍団を倒していた。
ミリエルは幸せだった。
楽しい夢を見て、聖なる少女は笑っていた。
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