第30話 アルトの思惑

 ミリエルはアルトと並んでみんなの先頭に立って洞窟の中へと踏み込んで行く。

 洞窟の中はやっぱり暗い。外から見た時もそう思ったが、この暗闇に目が慣れるまでは奥の方までは見えそうに無かった。

 肌で感じる感覚としては結構広そうな洞窟だ。入ってすぐゴールということは無さそうだ。だからこそモンスターも隠れた住処として利用しているのかもしれない。

 入口に入ったところで立ち止まると、中の人が話しかけてきた。


『見えにくいな。奥に向かって魔法を放ってみるか? 何か反応を見せるかもしれんぞ』

『駄目よ。アルトさん達が見ているんだし、しっかりと確認してからよ』

『そうか。まだコボルトを見ておらんし、目標を消し飛ばしても面倒か。アルトはお前に戦いたがさせっているみたいだしな。希望に答えてやるのも強者の務め……ん? お前、声が』

『うん、喋らなくても通じるみたいだね』


 声に出さなくても中の人と意識を疎通出来ないか。

 これがミリエルが少し前に試そうと思いついたことだった。

 結果としては思い付きは成功を納めたが、思ったよりは難しかった。

 余計な事を知らせずに必要な事だけを知らせようと意識して、ミリエルは息を止めて踏ん張って苦しそうにひねり出そうと耐えているような感じになってしまった。

 中の人もその状況が見えているのか、それを指摘してきた。


『大丈夫か? 声が通じるのは良いが、お前今凄い顔になってるぞ。無理せず喋った方がいいぞ』

『うん、でもせっかく成功したんだもの。もう少し試してみる』


 幸いにも辺りは暗くて、誰も今の自分の顔など見えないはずだ。

 せっかくの成功をもう少し試したいと願う。

 アルトも立ち止まっていて周囲の状況を伺っているようだ。暗くてよく見えないけど、リーダーとして決断するには少しの時間が必要だろう。

 この隙にちょっと試そう。歩き出したらしばらく暇は無いだろうし。

 ミリエルがそう考えて踏ん張りながら、さて、次に何を喋ろうと考えていると不意に隣で灯りが付いた。アルトがカンテラに火を灯してこっちに向けてきた。


「一応魔法のカンテラを持ってきたんだけど……ん? ミリエルちゃん、どうかした? 苦しそうな顔をしているけど辛い?」

「ん? んーん、なんでもないよ。ちょっと息を止めていただけ」


 ミリエルは慌てて止めていた息を吐いて平静を装った。アルトは少し驚いたような顔をしていたが、すぐに元の見慣れた落ち着いた青年の笑みを浮かべた。


「そうか。妙な異臭はしていないけど、洞窟の中は不慣れな女の子には刺激が強いのかな」

「ううん、もう大丈夫。慣れたから」


 事実平気だったし、こんなところで慣れない女の子アピールをしても良いことなんて何もない。

 もう洞窟に連れて行くの止めようなんて思われたら、たまったものじゃない。

 ミリエルは慌てて何か話をして気を紛らわそうと、アルトの持っていた道具について訊ねることにした。


「この洞窟を照らせるなんて、そんな便利な道具があるんですね」

「うん、暗い場所で視界が悪いと不便だからね。これは魔法のカンテラと言って普通の火よりも遠くまで照らせるんだ」

「そうなんだ。凄いね」


 ミリエルが本当に便利な道具があるんだなと思って見ていると、二人の間にテナーが歩み出て来た。


「アルト、今はそんなカンテラは必要無いわ。このわたしがいるからね」

「そうなんですか?」


 ミリエルはちょっとびっくりしてしまう。アルトとテナーの間で素早く意思疎通が行われた。

 日頃からパーティーを組んでいるだけあって二人の応対は早かった。


「君の来ることは予定に無かったからね。これもミリエルちゃんにとっては経験になるか。見せてあげて」

「お姉さんに任せておいて。ライト!」


 ミリエルの尊敬の眼差しを前に、テナーの魔法が周囲を照らした。

 光の魔法ライトがカンテラよりも明るく周囲を白く照らし出し、洞窟の壁がはっきりと見えるようになった。

 ミリエルは素直な感想で凄いと思った。

 猿でも分かる魔法でも出来なかった少女にとっては憧れの光景がそこにはあった。


「凄い。これが本当のライトなんだ」

「そう? ミリエルちゃんに褒められるなんてソフィー様に見られてるみたいで何か照れるわね。そんなに喜んでもらえるならお姉さん一肌脱いで、もっと張り切って凄いのも見せちゃおっかなー」


 テナーが喜んでいると、ムッとしたようにソプラが声を上げて来た。


「灯りぐらいわしの炎でも灯せるわい! このアトミックファイアエクスプロージョンを見て、わしの炎に見とれるがよい!」

「止めてください、ソプラさん! テナーも!」

「うわああ! 何をしよるんじゃ!」

「アルト君……駄目?」


 アルトのチョップで老魔導士の杖は洞窟の地面に転がり、詠唱は中断された。ソプラは慌てて自分の杖を拾いに行った。

 テナーは罰が悪そうに頭を掻いている。

 戦士ヴァスは興味が無さそうに見ていた。

 アルトは改めて誘ってないのに暇だから来た自分のパーティーのみんなに向かって言った。洞窟の前でも話したことをもう一度。念を押すように。


「この依頼ではミリエルちゃんの力を試したいと思うんだ。だから余計な手は出さずに見守っていてくれると嬉しい」

「そうね、ミリエルちゃんの楽しみをお姉さん達が奪っては悪い物ね」

「勝手にしろ」

「ふう、杖に傷は付いておらん。アルト、うかつに暴力を振るう物ではないぞ!」

「…………」


 パーティーのメンバーはそれぞれに答えながら納得して譲ってくれた。

 ミリエルの洞窟の冒険が始まる。洞窟の奥を見つめる少女をアルトはそっと見ていた。




 ミリエルはアルトのことを本当によく気配りが出来て、自分の趣味のようなことにまで気を使ってくれる青年だと思っていた。

 彼が兄のように優しい態度を取るのもいつものことなので、アルトに別の思惑があることにミリエルは気付いていなかった。

 年上の人はみんなしっかりしていて、自分はただ言う事を聞いていれば良いと信じる。ミリエルはまだ子供だった。

 あの謁見の間であった事件の後で、アルトはミリエルの父であり自分の師匠でもあるクレイブとミリエルの母であり神官として優秀な能力を持つソフィーと相談していた。

 ミリエルには何か予期せぬ力が宿っているのではないかと。クレイブもソフィーも娘の変化には薄々と感づいてはいたが、その正体までは計れていないようだった。

 そこで、アルトも二人とともにミリエルの力の正体を探ると申し出たのだった。

 ミリエルがアルトと一緒に出掛けたいと言ってきたのは彼にとっては渡りに船のことだった。

 この依頼の冒険を通して、ミリエルの力を計る。


<ミリエルちゃん、君の力の正体を僕が突き止めてみせるよ>


 思いを胸に、態度には見せず、アルトはいつもの優しい兄の立場としての微笑みを見せて少女を誘った。


「それじゃあ、ミリエルちゃん。行こうか。足元には気を付けてね」

「はい」


 少女の足取りはさすがクレイブとソフィーの娘だけあって普通の少女よりは力強く、いつも通りのようにアルトには思えた。

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