第28話 アルトが来た

 さて、いつまでも知らない大人達と無駄話に興じているわけにはいかない。

 ここにはアルトと会うために来たのだからアルトを探さないといけないのだ。

 ミリエルの背後ではまだリンダがぴったりとくっついてそわそわしている。その身じろぎを感じながら少女は意を決する。

 解放されるためにも目的を実行しなければならない。

 そう決意してミリエルが動こうとすると、タイミングを合わせたかのように中の人が言ってきた。


『こいつらに訊いてみればどうだ? アルトの所在を。ここにいるのだから何か知っているかもしれんぞ』

「わたしも今そう思ってたとこ」


 情報収集は冒険の基本だ。ミリエルは別に冒険に出る気は無かったが、ともあれ二人に訊いてみることにした。

 あまり知らない大人達と喋ることには慣れていないが、リンダが口を利く気が無いようなので自分で訊くしかなかった。ニーニャは近づいてくる様子が無いし。

 気になって視線を向けてみると、彼女は退屈しているのか木の横で立ったまま欠伸をしていた。可愛い。今すぐ近づいていって抱きしめてあげたいが、リンダを捨てて行ったら彼女はきっと怒って自分を見損なうだろう。

 頼れるお姉ちゃんの態度を見せなければならない。ミリエルは思い切って目の前の二人に向かって訊ねた。


「あの、アルトさんがどこにいるか知りませんか?」


 子供の素直な問に、お姉さんと老人は思ったよりあっさりと答えてくれた。


「そう言えばアルト君遅いわね。お城で用事を片付けてからすぐに来ると言ってたんだけど」

「大方あの女にモテモテのキザ男のことだから宮廷で誰かに誘われておるのではないかの」

「アルト様がそんな!!」


 ミリエルの背後でリンダがとてもびっくりした声を上げた。先に驚かれたのでミリエルはびっくりする機会を失ってしまった。

 開けかけた口を閉じる。中の人が同感だとばかりに言ってくる。


『確かにあいつは女にモテそうだよな。顔だけは一丁前だからな』

「もうそんなこと言わないの」

「そうよ、ソプラさん」


 ミリエルは中の人に言って、テナーは魔法使いのお爺さんに言ったのだが、何かどっちも魔法使いのお爺さん、名前はソプラと言うらしい、を責めるような感じになってしまった。

 ソプラはプイとむくれてしまった。最初に感じた森の偉大な賢人のような印象はすっかりどこかに行ってしまった。


「まったく女どもは本当の男の魅力というものが分かっておらんわい」

『それは同意出来るな。俺に言わせたらクレイブに比べたらアルトなどひよっこも良いところだ』

「もう、あんたは人を見下しすぎよ」

「この子供、口が悪いのではないか!?」

「ミリエルちゃんはソフィー様の娘さんだから何を言ってもいいのよ。もうソプラさんは黙ってて」

「何を抜かしよるか! 小娘どもが!」

「…………」


 ミリエルは中の人と話をしているのだが……勝手に自分達の話に割り込まないで欲しい。中の人は退屈そうにしていた。


『アルトは用事を片付けてからくるのだな。ならば、しばらく待つことになるか』

「うん」


 ミリエルは中の人との会話のことで少し考えるところがあったが、今は目の前の二人と先に話した方がいいかと考えてこっちを優先することにした。

 前に会ったことがある気がする。その印象についてテナーとソプラに訊ねた。


「あの、前にわたしとどこかで会いませんでしたか?」

「そうね。わたしもそう思ってたんだけど今思い出したわ。あなた謁見の間でアルト君に殴りかかっていた女の子よね」

「ああ、あの時に」


 それでミリエルも思い出した。アルトが謁見の間に姿を現した時、後ろに付いてきていた三人がいたことに。その中にテナーとソプラの姿があったのを。

 あの時はアルトに集中していて他の事はほとんど眼中に無かったのでよく覚えていなかったが、視界に少し入った三人のことは印象として何となく覚えていたのだった。

 テナーは冗談めかして綺麗なお姉さんの笑みを浮かべて言ってきた。


「あの時は何でアルト君が襲われているのかよく分からなくて、あんな小さな女の子に恨まれるようなことをしたのかと驚いたものだけど、ソフィー様の娘さんだと思えば納得が出来たわ。発破を掛けに来たと言っていたのもね」

「ああ」


 そんな言い訳のようなことを本当のことだと思われても悪い気がするが、せっかくアルトがあの場を上手く取り持ってくれたのだし、今はそれで流しておこうとミリエルは思った。

 ソプラは不機嫌そうだった。


「フン、あんな自分がイケメンだと思っているような男は一発ぐらい殴られておけば良かったのじゃ」

「まあまあ、お爺さんはそんな捻くれたこと言わないで」

「誰が爺じゃ! ナイスミドルと言え!」

「はいはい、ナイスミドル」


 テナーが老人を宥めている。後ろでそわそわしていたリンダが前に顔を出してきた。


「つまり、アルト様はまだしばらくは来られないのですね」

「そうね。城の用事がまだ片付かないようならね」

「そうですか。なら、しばらくは安心ですわね」


 リンダはアルトに会いたくてたまらなかったはずだが、なぜかアルトがまだ来ないと聞いて陽だまりに出てきた猫のようにほっと安心の息を吐いていた。

 本当は会いたくないのだろうか。何てことは無いはずだが。

 やっと背中から出てきてくれたのはありがたいが、まだ服の袖を握られているので振り捨てていくわけにはいかない。

 さて、彼が来るまで何をしようかと考えるミリエル。テナーが思いついたように先に言った。


「そう言えばまだ自己紹介をしていなかったわね。今更だけど。わたしはテナー。こっちのお爺さんはソプラ。わたし達はアルト君とパーティーを組んでいるのよ」

『勇者パーティーの一行という訳だな。相変わらず勇者以外はたいしたことが無さそうだが』

「…………」


 ミリエルはもう余計な事に突っ込まなかった。中の人はスルーして話を穏便に進めることを選んだ。


「はい、よろしくお願いします。テナーさん、ソプラさん。もう一人いませんでしたっけ?」

「彼なら……」


 テナーは視線を巡らせて、斜め後方で見つけたのかそこで顔を固定させて言った。


「あそこにいるわ。あそこで剣の手入れをしている彼。彼がわたし達のパーティーの戦士ヴァスよ」

「ああ、あの人が」


 テナーに言われるまで気づかなかったが、木にもたれて木陰で剣の手入れをしている戦士の青年がいた。無口な性格なのか視線が合って会釈を返しただけですぐに自分の作業に戻ってしまった。

 それだけだったらミリエルもすぐに視線を戻して自分の事に戻っただろう。

 だが、許されないことに彼の傍にニーニャが近づいていて何か話しかけていた。何だか楽しそうに。青年も頷いて仏頂面の顔にちょっとした笑みを見せて答えていて……


「許せない! わたしが話してないのに!」


 誰の許可を得て人の妹と話しているのか。時間があったらミリエルはリンダの手を振り切って彼の元にどなり込んでいたかもしれない。

 だが、その前に土を踏む音がして誰かがやってきた。ミリエルはリンダに襟首を掴まれて強引に引っ張り戻された。


「ぐえっ、何するの、リンダちゃん……」

「彼が来ましたわ。ここにいてください、ミリエルさん!」

「え、誰が……」


 ニーニャのことで頭が一杯になって、ミリエルはつい本来の目的を失念していた。

 覚えていた中の人が言う。


『やっとお出ましか。待っていたぞ』


 その言葉と見た物でミリエルも気が付いた。この約束した場所にアルトがやってきた。いつもの見慣れた年上の兄のような親しげな微笑みを浮かべて。

 その場にいた一同を見て、彼は意外そうに言った。


「待たせたね、ミリエルちゃん。遅れてごめん。ところで、どうしてみんなも来ているんだい?」


 アルトが視線を向けて言ったのは自分のパーティーのメンバーに対してだった。テナーが肩をすくめ、ソプラが鼻を鳴らして答えた。


「アルト君が休日に誰かと約束してまでやる事が気になってね」

「大方女どもと遊び浮かれるのかと思っておったが、こんな子供達と約束しておったとはな。見損なったぞ!」

「この町は退屈だ。これも剣の修行のため」


 三人それぞれに来た理由があるようだ。それに対するリーダーのアルトの返答は、


「ソプラさん、彼女は先生の娘さんですよ。今日は僕が面倒を見ることを引き受けたんです。みんな暇なのかい?」


 何とも気の抜けた物だった。

 世界は平和だ。みんなを脅かす強大な魔物などいない時代だった。

 それでも今の弱い魔物でも人里に降りてくる獣ぐらいの被害は撒き散らしていくし、近づくと危険だと噂される場所もあるので、魔物を退治する冒険者の依頼は無くならないのだった。

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