第24話 朝から賑やかなこと

 リンダにとっては待ちに待ったデートの日がやってきた。

 お嬢様はいつもより早くに起床する。これは待ち合わせの時間が早いわけではなく、ただ単に早く目が覚めてしまっただけだ。

 天はあいにくと朝から本降りの大雨を降らせた……なんて、いじわるなことをすることもなく、今日も透き通るような青さに恵まれた好天だった。

 それは今のリンダの気分を象徴するかのように明るく晴れ渡っている。

 豪華な天蓋付きのベッドから起き上がり、リンダは浮き浮きした子供のように胸を弾ませて、屋敷のどこかにいるだろう自分の世話係の少女を探した。


「ニーニャ! どこにいますの、ニーニャ!」


 廊下を歩いて部屋を覗きながら探していく。目的の人物はそう探すこともなくすぐに見つかった。

 逃げも隠れもせず、いつものように朝からメイドの恰好をして、使用人の少女は玄関を箒で掃いていた。

 リンダは恥ずかしさを見せないように気分を落ちつけてから、高貴な足取りと態度を務めて、彼女に話すために近づいていった。


「ニーニャ、あなたは朝から何をしていますの?」

「見ての通り掃除ですよ。今日は天気がいいし、お嬢様もお出かけになるので早めにしておこうかと思いまして」


 ニーニャは相変わらず朝からぶっきらぼうな態度だ。話しかけてもニコリともしない。まあ、彼女が不愛想なのはいつものことなので気にせず、リンダは話を続けた。


「何を言っていますの? あなたも行くんですのよ。掃除はまた帰ってからになさい」

「は?」


 ニーニャは心底何をアホなことをと言いたげな目で自分の仕えるお嬢様の顔を見返した。

 彼女は使用人の立場を弁えているので、そんな無礼なことは言わなかったが……思った無礼な言葉は飲み込んでからニーニャは言った。


「正気ですか、リンダ様。デートにあたいみたいな身分の者がついていっても邪魔になるだけでしょう?」

「ででえでで、デートなんて、そんなものじゃありませんわああ! ただちょっとご一緒するだけですわあ!!」


 デートという言葉を聞いて赤くなって沸騰するお嬢様が落ち着くにはしばらくの時間が必要だった。

 ニーニャはただ白けたような冷めた目で自分の仕えるお嬢様の姿を見つめた。

 夢の世界から帰ってこないようなので掃こうかこの邪魔な物をと思い始めたところでお嬢様が動いた。

 リンダは獲物でも仕留めそうなとてもぎらついた目をしてニーニャの両肩を正面から叩き、強く訴えた。


「とにかくあなたも来るんです。今日はさぼりは許しませんからね。絶対ですよ!」

「はあ」


 ニーニャは呆れたため息をついた。お嬢様の決めたことに何を言っても無駄だと知った者の息だった。


「分かりました。旦那様に言ってきますので待っていてください」

「ええ、出来るだけ早くですわ」


 箒を片付け、ニーニャは屋敷の廊下を歩きながら、お嬢様はこの先本当に男と付き合うことが出来るのだろうかと心配になるのだった。




 ミリエルは朝からとてもご機嫌だった。朝食の席で嬉しそうに食事を取る娘を、ソフィーは食卓の対面から微笑ましく見ていた。


「ご機嫌ね、ミリエル。そんなにアルト君と一緒に出かけるのが楽しみなの?」

「ううん、ニーニャちゃんと出かけるのが楽しみなの」

「ニーニャちゃん? ああ、昨日誘いに来た子ね。わたしは家の用事をしてたから見てないんだけど、仲の良い友達が出来たのね」

「うん、えへへ」


 ミリエルは嬉しかった。それほどまでにミリエルにとって初めて年下の友達が出来たことは重要だったのだ。

 今までは下の友達なんてジーロ君ぐらいしかいなかった。でも、これからはニーニャがいる。今度こそ大事にしたいと思いながら、ミリエルは食事を済ませ、自分の部屋に戻って準備した。

 身だしなみを整えていると中の声が話しかけてきた。


『アルトはもう出かけたのだったな』

「うん、用事があるから片付けてから待ち合わせしようって」


 それは今朝、親から告げられたことだった。アルトはすでに出かけていて姿が見えなかった。

 まあ、ミリエルにとっては彼の事は優先度の低いことだった。リンダがアルトと仲良くなれるならそれでいい。用事があるなら仕方なかった。

 もうすぐ昨日ニーニャとした約束の時間だ。ミリエルは素早く出かける荷物をまとめ、玄関の外で待つことにした。

 20分ほど待つかと思ったが、ちょうど道の向こうから二人が歩いてくる姿が見えた。ミリエルは嬉しくなって息を弾ませて手を振った。


「ニーニャちゃーーーん!」


 すると素早く反応した前を歩いていた少女の方が走り寄ってきて言ってきた。


「誰を呼んでいますの! あなたの友達はこのわたくし、リンダ! でございますわ」

「うん、リンダちゃんもおはよう」


 ミリエルにとってはそれほど意識していなかったことだが、リンダにとってはミリエルは友達だとニーニャに言っているのでこれは外せないことだった。体面を気にする見栄っ張りなお嬢様だった。

 間近にリンダに詰め寄られながら、ミリエルはちらりとニーニャの方を見る。ニーニャはぺこりと礼儀正しく頭を下げた。使用人として態度を控えているのかもしれない。

 リンダは鼻息を鳴らしてから顔を離し、少し恥ずかしそうにそっぽを向きながら言った。


「それでその……アルト様は……?」

「うん、用事が出来たから向こうで待ち合わせようって」


 正直に答えると、リンダの視線がこっちを見てきた。


「そうですか。では、まだ時間はありますわね。はは」


 憧れの人に待ちぼうけを食らわされたのにリンダは何だか安心した様子だった。ミリエルはそんなことよりニーニャとお近づきになりたかったが、行動を起こす前にソフィーが玄関から姿を現した。

 彼女は外に立つ少女を見て言う。


「あら、あなたがミリエルのお友達ね」

「はい! お母様!」


 友達と呼ばれ、とても嬉しそうに息を弾ませるリンダ。だが、続く言葉を聞いて絶望に落とされた。


「名前はそう……ニーニャちゃん!」

「ちがーーーーう!」


 リンダは頭を抱えて地面を転げまわってしまった。朝からテンションの空回りしているお嬢様をニーニャはこいつ大丈夫かと言いたげな視線で見下ろした。


『こいつ、大丈夫か?』


 言ったのはミリエルの中の人だった。ミリエルは苦笑いするしかない。


「おい、リンダ……」


 ニーニャがたまりかねて声を掛けようとした時、リンダはいきなり立ち上がってニーニャの背後に回り込んだ。


「あ、お嬢様、がっ」


 最後まで喋らせず、リンダはそのままニーニャの両肩に手を置いて引き寄せ、素早く力強く宣言した。


「ニーニャはわたくしの使用人! ミリエルさんの友達はこのわたくし、リンダ! でございますわ! 以後よろしく」

「ああ、そう」

「よろしくね」

「はあ、やれやれだ」


 リンダの押しの強い迫力に親子揃って苦笑してしまう。肩から手を離され、ニーニャはため息を吐く。

 ともあれ、玄関先で一通り騒いでから、ミリエル達は待ち合わせ場所の町外れに向かうことにした。

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