第19話 王城に到着

 豊かな気候に恵まれた平地に広がる王国ファンタジール。朝から人々で賑わう城下町の中心に建つのが王城キングキャッスルだ。

 馬車は町の中央を貫く大通りを真っすぐに進んでいく。大きな城が見えてくる。

 ミリエルは馬車に揺られながら家族と一緒に、その城門から中に入っていった。

 門から城の前の馬車を留める停留所まではまだ距離がある。だが、時間の問題だ。カウントダウンをする気分。

 少女は着慣れないドレスの裾を握って緊張してしまう。父と母は何も緊張しておらず気楽なものだった。


「ここへミリエルを連れてくるのも久しぶりだな」

「そうね。この子は内気だから今まで遠慮させてもらっていたけど、そろそろ外の世界にも慣れていかないとね」

『お前、内気だったのか? あんなに元気に跳ね回っていたくせに』

「内気じゃないよ。そのつもりだよ」


 ミリエルはちょっと気持ちを空回りさせて答えてしまう。父と母は微笑んでいた。


「勇気があるとは頼もしいな」

「こう見えて勇者の子だものね」

「むーーー」


 何か軽く見られているようで良い気持ちがしない。ここには中の人もいるというのにあまり下げないで欲しい。ミリエルは赤くなって押し黙ってしまった。

 馬車の窓からの景色に目を向ける。ここから見る景色は知らない場所じゃない。幼い頃に来た記憶がぼんやりとだがあるし、学校の社会科見学で1階を回ったこともある。

 今度も後ろの方でひっそりとついていっていればいいか。ミリエルはそう思っていた。




 到着した馬車から降りてここからは徒歩だ。

 両親が城の前の受付で手続きをしている間、ミリエルは少し離れて正面から城を見上げた。


『まあまあの城だな。ここを支配してみるのもありかもな』

「わたしは自分の家の方が好きだよ」

『それは言えてるな』


 無駄話をしている暇はない。手続きを済ませた両親が戻ってきていよいよ家族揃って入城だ。

 学校から社会科見学で来て以来、ミリエルは久しぶりに1階に踏み込む。前に来た時とは違い、今日は立派に身なりを整えている人が多かった。

 賑やかな談笑に城は明るい雰囲気だ。

 広い城内は壮麗で煌びやかな装飾に彩られている。集まった人達もみんなきちんと正装していて、ミリエルは自分が場違いな場所に来ているような感覚を抱いた。

 父と母は城内のどこまで行くのだろう。ミリエルは黙って後をついていっていたのだが。

 階段を数回昇り、幅の広い中央の廊下を歩き、その奥の豪華な扉の前にたどり着いた。


「よし、入るぞ」


 父がそう言って扉を開けた。そこが玉座のある謁見の間でミリエルはびっくりしてしまった。

 玉座にまだ王様はついていなかったが、偉そうな人達が大勢いた。

 父と母が辺りを見回す。


「王様はまだ来ていないみたいだな」

「時間までまだあるものね。早く着きすぎちゃったみたいね」

「王様に会うの?」


 ミリエルは緊張して両親を見上げてしまう。見下ろす父と母の顔は優しかった。


「ああ、お前ももう10才になるんだからな」

「ちゃんと挨拶するのよ」

「うん……うう」


 10才というのがそんなに偉いのだろうか。切りはいいのかもしれないが、9才とたいして変わらないと思うけど。

 ミリエルは緊張に唸ってしまう。両親は困った顔になった。


「どうした? さっきの勇気は」

「気分が乗らないならやめておいてもいいのよ」

「いい、やる」


 ミリエルは小さな決意をする。父と母は誇らしく見ていた。


「それでこそ私達の娘だ」

「大丈夫、みんな野菜だと思っておけばいいのよ。ここにパパより偉い人はいないんだから。王様も含めてね」

「母さん、それは言い過ぎ。でも、ミリエルはまだそんなに気にしなくていいんだぞ。お前はまだ子供なんだから」

「うん、平気。始まる前にちょっと休憩してきていい?」

「馬車に乗って疲れたか? これから知り合いに挨拶に回ろうと思っていたのだが」

「無理はさせられないわね。この城は万全の警備がされているから安全だと思うけど、この階からは出ないようにするのよ」

「うん」


 ミリエルは気楽に頷いて、この場所から出ることにした。

 謁見の間の出口に向かって真っすぐに歩いていると、中からの声が話しかけてきた。


『あの玉座に今からこの国の王が現れて座るのか?』

「そうみたいだね。あんたさっきから何で黙ってたの?」

『クレイブとソフィーがいる場所で無駄に喋ってたら怪しまれるだろう。お前もずっと無口だったし』

「それはそうかもしれないけど」


 ちょっとは話してくれないと心細くなってしまう。

 気が利かないと思う中の人だった。周りの大人達は誰もこっちを気にしていない。みんな雑談に夢中なので中の人もこの流れに乗るかのように話を振ってきた。


『お前、自分の国の王様がどんな奴か本当に知らないのか?』

「ずっと前に会っただけだもの。向こうも国民の一人にすぎないわたしのことなんて知らないと思うよ」

『それは言えてるかもな。俺も全員の顔を覚えるほど酔狂ではない。面白い奴なら覚えてやってもいいがな』

「まったく……王様がどんな人か気になる?」


 ミリエルはそんなに知りたいのならそこらへんにいる誰かに訊いてやってもいいと思ったのだが、


『ああ、この国で一番偉いのは自分でございとあの玉座で偉そうにふんぞり返るような奴がどんな奴なのかぐらいはな』


 中の人が無礼を働きそうなので質問するのは控えておいた。

 そうでなくてもミリエルにそこらへんにいる人に質問するなどという芸当は出来なかっただろうけど。

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