第17話 役立たずは、いつかきっと
山奥を進んでいくと、やはりあった。
狩猟時代に使っていた小さな家が。
「ツツリ、いるんでしょ?」
駐屯地を出て数分。幸いそこまで遠くなくて助かった。
狩猟をしていた時代は僕の姿は表には出なかったし、歩きで何十分もかけて来たことが今や懐かしいくらいだ。
『……その声、ガルアットちゃん?』
「そうだよ、鍵がかかってるけど……これは君が?」
『えぇ、
カチャンッと音が鳴る。
古めかしい音をあげたその扉はゆっくりと開き、中からは変わりないツツリの姿が見えた。
「よかった、無事で……」
「ガルアットちゃんも無事で良かったわ……! 一人で寂しかったの。でもどこか怪我とかしてない?」
もふ、と僕の身体に抱きつくツツリを前足でそっと抱き寄せながら「僕は大丈夫だけども、シモナとコルトアが負傷して今は駐屯地にいるんだ」と状況を一から説明した。
「えっ、それ大丈夫なの……?」
「コルトアの方が重症で、今は治療を受けているよ」
「そう……」
辺りを見渡す。
昔使っていたとは思えない程の散らかりようだ。暖房も
今見たら分かるのは、九畳はある広い部屋だということ。
実は、ここは僕とシモナの思い出の地。シモナに抱かれて暖をとった、とても大切な小屋だ。
戦争が終わったら、狩猟時代のみんなを集めてここを綺麗にしたいな。シモナに相談してみよう。
「それにしても、よく分かったわね、ここにいるなんて」
「うん、ここら一帯は狩猟時代に見た事のある所だったし、僕が育った大事な小屋があった所だったからね。それでピンと来たんだ」
窓から見える木枯らしをした一つの葉っぱは、海沿いの方面から吹き付けてくる風に乗り寂しく揺れている。
ツツリは少しだけ懐かしそうに笑っていた。何年も使っていなかったとはいえ、やはり思い入れのある所なのだから、ツツリも見つけた時は大層驚いたんだろう。
「ねぇ、ガルアットちゃん」
「うん?」
煤けた緑のカーペットに尻を付きながら、ツツリは僕に言葉をこぼした。
「私ってさ、
唐突にそんな質問を投げかけられたのだ。
いつも明るいツツリが、今日は何処と無く気分が落ちているように見える。
「……実質言って、僕も考えた事があるよ。
シモナに拾われて、ついて行って、軍に入って、昇任して……そうやって来てもう十年以上経つ。
ほら、僕はサポートをする役割を持つだろ? シモナみたいに勇敢に前線に出られるわけじゃない。だから、正直に言って僕が軍にいなくても変わらないんじゃね? って思った事があったんだ」
「じゃあやっぱり──」
「でもね、」
ツツリの言葉を
「……でも、僕は『役に立たない存在』でいいんだ。役立たずでも、いつか役に立てる日は必ず来るんだから」
「ガルアットちゃん……」
「ツツリだって、僕が持っていない特技をいっぱい持ってるじゃないか。近距離だって得意だし、人との付き合い方だってすごい上手い。言いくるめだって、説得だって、頭が回るし口喧嘩なら誰にも負けない。それをさ、軍で役に立てようって、そう思わない?」
ツツリは僕が一番苦手としている『言いくるめ』や『説得』がかなり得意な女の子。
この前ソ連に喧嘩をふっかけられた時だって、ツツリがわざわざ上の方と話して帰らせたくらい、頭の回転がとてつもなく速い。
僕は、この特技が彼女には一つの『武器』になると思ったんだ。
戦わずに意見を交わすだけで帰らせるなんて、まるで『政治家』とか『演説者』とかいう存在みたいだろう?
「……私も、役に立てるわよね……きっと」
「うんうん。だからもっと自信もって軍にいていいと思うよ。その武器はきっと、またどこかで使える日が来ると思うんだ」
「ガルアットちゃん……そうよね! 絶対に使えるよね!」
ツツリの顔に笑顔が戻った。
うん、やっぱりこの子には笑った顔が一番似合う。
何よりも幸せそうに笑う彼女は、よく軍の訓練で転んで泣いていた入りたての彼女よりも、ずっと儚く輝いていると思うんだ。
「ガルアットちゃん、駐屯地まではここを出て、右を曲がって真っ直ぐの道よね?」
扉前、ツツリと二人で道を確認する。
うっすらとだが、湿った土に僕の足跡が残っている。辿っていけば駐屯地まで行けるだろう。
「うん、そうだよ。一人で大丈夫?」
「なるべく気をつけて行くわ!」
「そっか。僕は敵兵がいないかを確かめながら戻るから、気をつけて戻ってね」
「うん! ありがとう!」
元気よく走り去る彼女を見て、僕は初秋に染まる森の景色を見ながら逆方向へと歩いていく。
そう、逆方向だ。
その理由はと言うと、
「……まだ、いる」
敵兵の銃声音が一キロメートル先で聞こえたからだ。
しかもこの銃声はシモナが使っているモシン・ナガンと同じ音を催しているように思える。
多少遠いところで、味方兵とソ連が対立しているのだろうか。そうなれば援護しに行かなければならない。
「……そうだよ。役立たずは、いつかきっとね」
ボソッと呟いて、僕は全速力で走る。
こう見えても僕の足は丈夫だし、土が入ってもすぐに取れるから、この身体に困ったことは一度もない。
むしろ感謝している方だ。
「……ん? 待って……」
音を聞いて違和感を感じ、僕は次第に足を止める。
この銃声、確かに違うところから聞こえるけど……。
距離近くない? うちの軍に、こんなに近距離で遠距離型の銃を構えて撃つヘタレがいるっての?
それに、左右聞こえる銃声は、どちらとも全く同じ銃声なのだ。
同時に、複数の足音が僕の耳に入ってきた。
うちの軍の足音ではない。これは確実に敵兵だ。
「……これもしかして、罠なんじゃ?」
お互いにお互いの陣営を撃ち、まるで実際に撃ち合いをしているかのように聞かせるふりをして、僕らフィンランド兵に、「あたかも敵兵同士が裏切りを催して撃ち合っているように見せかける」方法。
戦場ではそれを確か『同士討ちの罠』だなんて言い方をしていたんだっけか?
だとしたら今すぐに引き返さなければならない。
でも今走れば足音で気づかれるかもしれない。
迫る足音を聞きながら僕は必死に考えた。
その結果思いついたのは、
「……あ、僕には変化という名のチート能力があるじゃん?」
『変化能力』の使用だった。
自分の姿を岩に変化させ、そこら辺の岩と同化しながら僕はソ連兵らしき足音を聞く。
やがて出てきたのは、
数は四人。独学でちまちま覚えていたロシア語の知識をフル回転させて話を聞いてみる。
……どうやら、僕のことを探しているっぽい。
『この辺り、でかくて見たことない生物がいたから来てみたんだが……』みたいな事言ってる。大体の翻訳だから、本当かどうかは分からないけども。
なんかでかい見たことない生物は確実に僕のことだと思う。でかいと言えば、ソ連やフィンランドの代表的な生物はヘラジカだが、実際僕はヘラジカよりも遥かに体長がデカすぎる。
それなら、『ヘラジカのような』と比喩表現を使うはずだ。
これやばいなぁ……。もしこっちに来たら、僕のテレパシーが通じて即殺されるよ……。
ほんと恐ろし鹿。鹿だけに。
なんて馬鹿なことを考えていると、別の方向から聞きなれた足音が聞こえた。
味方兵だ。助かったと思うと同時、来ては行けないと言いたかった。
だって僕の目の前にいるんだもん! ガッツリいるんだもん!
『……! おい、隠れろ』
ふとそんなことを言いながら、ソ連兵は何故か僕という名の岩の後ろに隠れ始めた。
えっ、ごめんやめて今すぐにでもやめて、僕のテレパシーが通じてしまう。
どうしたらいいのだろうか。
今元の姿に戻れば殺されることは確実だし、かと言ってじっと待機していても味方兵の数を減らすデメリットになる。
どっちを選ぶか。そりゃもちろん味方兵でしょ。
それなら、良いこと思いついたし、僕もシモナみたいに暴れちゃおーっと。
ボフンッ、と周りに煙をまき散らす。
その煙は真っ白な色をしており、辺り一面白銀の空間に包まれる。
パニックになっているソ連兵の声が聞こえる。実に面白いね。
でも悪いけど、今いる味方兵だけは死なせないぞ。僕の大事な仲間なんだからね。
僕は肉眼で見えるソ連兵を片っ端から足で引っ掛けて転ばせる。
ポキッ、なんていう可愛い音が連続で聞こえたから、多分余裕でソ連兵の足骨は折れてるんだろうなぁ。
パニックになりすぎて、ロシア語を勉強していた自分でもよく分からない言語を話していたソ連兵の言葉で唯一聞こえたのは、『増援を呼べ』だ。
もちろんそんなことなんてさせない。
相手が耳につけている無線機を前足で器用に壊していく。
銃を構えてこちらに撃ってきたソ連兵がいたが、ほとんど当たりもかすりもしない。
だから逆に、僕がその銃を奪ってあげた。僕の蹴りで一発で壊れたもろい銃は、やはり見る限りモシン・ナガンのような形をしていた。
きっと今、ソ連兵の目には僕の普段の姿が映っているのだろう。
『
シモナと同じく真っ赤な目をしているので、もしかしたら白煙の中からギラギラと光る赤い眼光があるのかもしれない。そう思うと、僕って少しだけ恐ろしい人物なんだなぁって感じた。
「ガルアット兵長! ご無事ですか!」
白煙を掻き分けて、味方兵が僕の元へとやってくる。
もう時期この煙も晴れてしまう。その前に、早くここから撤退しなければならない。
この白煙は僕の身を隠すための一つの手段であり、味方兵のサポートにもなりそうだ。
雪景色で使えば、『煙のように見える霧』として、これからきっと大活躍するだろう。
「僕は無事さ。さ、早く撤退しよう」
「はい! おい、撤退だ! 急げ!」
味方兵の足音を聞きながら、僕もその後を追った。
不意打ちでふっかけておいて逃げるだなんて、僕ってなんてずるい軍の民なんだか。
駐屯地に戻り、もう動ける程まで回復したシモナを見て、僕はひとまず安心した。
人を守る、失うって、こんなにも重大な責任を感じるんだね。
でも僕とシモナは後にその責任を負うことになるとは思ってもおらず、再びカール元帥に呼ばれ二人で司令室に足を運ぶのであった。
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