第9話
「慧介の夏休みもあとちょっとだけど、今度の日曜一緒にどっか行こうか?」
父が出勤間際にそう訊いてきたので俺は、
「考えとく」
と一言返事した。
「じゃあ行ってくるね」
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
そう言って玄関のドアを閉めた。思えばこうやって見送るのも久しぶりだ。
俺はそのあと朝食の後片付けを宣言通り終わらせると、自室へと向かった。
その道のりは今朝起きた時よりも短く、あっけないものだった。部屋の中に入ると、カーテンを思いっきり開け放ち、その流れで「《母の一番大切な》本」を手に取った。
内容は熟知しているのでわざわざ読む必要もないかもしれない。だが父があれだけ強く言ったのだから何かあるに違いない。もしかしたらあの夢を中途半端に終わらせたことで、この本の内容が変わってしまっているのかもしれない。そうも考えた。
——だが、実際には本の内容が変わっていたわけではなく、そこにある物語は一言一句俺が知っている本だった。
じゃあ父はなんであんなに強く言ったんだ。
そうやって考えていると、ふと気が付いた。
まだ俺は本を全部見ていない。まだ「あとがき」があると。
俺は急いで読んだ。だがそれは何の変哲もない普通のあとがきだった。でも、その最後のページだけ何かマッキ―のような線が透けていた。
そこで俺は次のページを開いた。
そこには大きく震えた文字が、それでもしっかりと母の字でこう書いてあった。
慧介ごめんね幸せにね
俺の顔には、いつのまにか無数の滝のような涙が流れていた。このたった数文字を見た瞬間、今までの思い出が走馬灯のようによみがえってきた。そして空にいるであろう母に向かってそっとつぶやいた。
「こんなのずるいよ」
このとき、母の声が遠く聞こえた気がした。
——そしてこの日以降、あの夢を見ることは無くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます