第60話 遊んでくれるの、おねえさん?
全身を包帯で巻かれ病室で安置されていたセナは不安げに窓に視線を向ける。そこから見える湖の麓にドラゴンが眠っているというが、結界に覆われているため外からはその存在を視認できない。現在戦っているであろうユウ達の姿も見えず、セナの胸中は不安でいっぱいだった。
そんなセナの耳にドタドタと足音が響いてくる。振り返るとヒメコが息を切らして車椅子を持ってきていた。彼女も特別な理由がなければ変身できないため、作戦に参加していなかったのだ。
「……ヒメコちゃん?」
「セナちゃん! 足吊り上げられてるけど大丈夫!?」
「うん、大丈夫。っていうかやっぱりこの包帯過剰だよ……」
「良かった! 今すぐ乗って外に出るよ!」
ヒメコの言葉に「え……」とセナの顔は青くなる。彼女の尋常ならざる焦りぶりにまさか脱出しなければならないほどの事態が起きたのではないか、と暗い想像を働かせてしまう。
そんなセナの表情を見たヒメコは違う違うと手を振った。
「作戦、終わったって!」
「────ぇ」
「迎えに行こう!」
ヒメコの協力を得て車椅子に乗り、そのまま外へ向かう。同時に結界が解除されたらしく、人影が多くこちらに向かって歩いているのが見えた。
その中に一つ。見覚えがあり、最もセナが不安に感じていた人影がフラフラと歩きながらこちらに向かってくるのを見つける。その姿に涙を浮かべ、セナは無意識に叫んでいた。
「ユウさん!」
ユウもその声に気が付き、真っ直ぐセナに向かって走っていく。そしてその距離が縮まり、セナの元に辿り着くと彼女をぎゅっと強く抱きしめた。
「セナ! ただいま!」
「うん、おかえりなさいユウさん! 無事で良かった……!」
「ああ、皆無事だよ! あたしたち、勝ったんだ! 全員生きて帰ってこれた……!」
「!」
「ヒスイちゃん!」
ユウの言葉にセナは息を呑み、ヒメコもヒスイの姿を見つけて彼女に向かって駆け出していく。
再会を喜ぶユウとセナ。そんな二人の元に一つの影が現れた。
「……ふむ。貴女は見ぬ顔だな。此度の作戦では参加できなかった者か」
見上げるとそこにはアリソンが立っていた。豊満な双丘を押し潰すように腕を組み、顎に手を当ててセナをじっくりと観察する。
じっと見つめられいたたまれなくなったセナは思わずユウに助け舟を求めた。
「えーと、ユウさんこの人は」
「アリソン嬢さん。凄いワガママお嬢様だけど『黄天』で強い奴」
「一言余計であるぞ。ふむ、しかし
「あ、セナです……」
「ふむ。セナ、セナであるか……」
じっくりと噛みしめるように呟くアリソン。その様子にセナとユウ二人は顔を見合わせ首を傾げる。
そしてアリソンは不意にセナの手を引き己の顔の前まで持ってきた。そして太陽のような笑顔を浮かべると、
「あの……」
「決めた。セナ、今日より貴女は妾のフィアンセとなるがよい」
アリソンはセナの手に口付けた。
「……………………え」
「はぁぁぁぁああああ!?!?」
アリソンの奇行にセナは顔を赤らめ、ユウは怒りを露わにして絶叫する。そのまま彼女に掴みかかろうとするが、時既に遅し。気が付けばアリソンは遠く離れていた。
ピキと青筋を立てながらユウは瞳孔を開いてアリソンの去り行く背中を見つめる。
「あんにゃろ……絶対セナには近付けさせねぇ……」
「す、凄い人でしたね……」
「はぁ……っとと」
「あ、ユウさん!」
ユウが溜め息を付くと同時に目眩を覚え、セナの元に倒れ込む。自分を呼びかけるセナの声がひどく遠くから聞こえてくるような気がする。
「ユウさんずっと無茶してたから……少し休んでください。疲れが取れたら、日本に帰りましょう?」
「ん……そうだな……」
セナの言葉に甘え、ユウは瞳を閉じる。想像以上に体力を消耗していたらしい。
だが当然でもあるだろう。
ガンドライドの襲撃を受け、ジュリアに腕を切り落とされ、インシンとの戦いで魔獣化し、ドラゴンの戦いで全身打撲を受けたのだ。
肉体だけではない。精神も傷を負っている。体感的にはものすごく長い時間戦っていたようだ。
それこそ三日しか滞在していないのに、まるで三年近くイギリスで戦い続けていたような────。
思考が覚束なくなった所でユウの意識は静かに沈んでいった。
※※※※
────リリアンは薄暗い部屋の中で座っていた。
『連盟』総司令官から直々に招集の命を受け、明かりが乏しい部屋の中に入る。用意された椅子に座ると同時にリリアンの頭上で灯りが点く。
同時に次々と灯りが点き、座席に就いた者たちを照らしていく。一つの丸いテーブルを中心に椅子が用意されており、そこに座らされているようだった。さながらアーサー王伝説に登場する『円卓』のようだ、とリリアンは連想する。
そして招集された者たち。その顔ぶれを見て思わずリリアンは首を傾げていた。
「────『六天』?」
「うむ、そのようであるな!」
突如大声を掛けられ、ビクリとリリアンは体を震わせる。兜を被った『紫天』────フィヨルギュンだった。
その隣に座る雪葉はおずおずと彼女を見つめて尋ねる。
「そういえば顔、半分焼けていたけど大丈夫なのかしら」
「ああ、その点については心配ない! 少し治療すれば完治するそうだ!! 髪もチリチリになってしまったが同様に生えてくるらしい!!!」
「それはそれは良かったねー、ちゃん
不意に聞こえてきた声に一同は押し黙り、視線を向ける。セミショートの金髪に赤のインナーカラー、さらに青、白、緑、紫でメッシュを入れた奇抜な髪型。赤い右目と緑色の左目を持つギャルな少女こそ、火属性を司り、あらゆる魔法少女の中でも頂点に位置する『赤天』の
「えー、あたしちゃんってば人気者? 今ストーリーあげたらバズる?」
「戯言はよせ、『赤』よ。貴様、何故あの場にいた?」
そう言ってアリソンは火水風を睨みつける。文字通り、その視線には敵意が含まれていた。アリソンは火水風を憎んでいるのだ。
本来ならば『赤天』はアリソンが就くはずであった。だが彼女が就任する一ヶ月前、突如火水風が現れそのまま彼女が就任する事態になったのだ。以来アリソンは火水風に対しずっと不信感を抱いていた。
一方の睨まれるままの火水風は臆せずに飄々と返す。
「んー、ドラさん(意訳:ドラゴン)のこと? まーホントはあたしちゃんの出番なんてなかったんだけどねー。なんかやばたにえんマジ卍って感じだったから蹴飛ばしてやったってわけ。あれ録画してたらバズってたかなー!?」
「たわけ! そもそも貴様の力など無用であったわ!」
「あっそ。でもそれを言うならちゃん
「は?」
火水風の指摘にアリソンは固まってしまう。そんな彼女に火水風はニタリと笑ってみせた。いつもの飄々とした表情ではなく、明確に悪意を込めて。
「ちゃん
「なっ……貴様ッ!」
火水風の挑発にアリソンは逆上し、片手から黄金の火球を生み出す。対し火水風は「ひゅー」と口笛を鳴らすと、片手に虹色の光球を生み出した。その光球から炎が上がり、水が溢れ、風が吹いて、電流が迸り、岩石が浮かんで、空気を凍らせていく。
両者共に激突する─────寸前で二人が生み出した魔法が水流に撃ち抜かれた。
「いい加減にしなさい!」
そう怒鳴るのはリリアンだ。珍しく顔を赤らめるほどの怒気を浮かべて彼女は二人に向かって声を張り上げる。
「アリソン、貴方はいつもそうやって火水風に突っかかってみっともないわよ! 少しは頭を冷やしなさい!!」
「……すまぬ。無礼であったな」
「火水風も! 今のは冗談が過ぎるわよ! 貴方は最高峰の魔法少女なんだから少しは自覚して発言しなさい!!」
「は~い」
リリアンの言葉にアリソンは唇を噛み締めながらも謝辞を入れ、火水風は適当に相槌を返す。その態度に再びアリソンは苛立ったが何とか己を抑えた。
そしてリリアンも座るなり溜め息をついて己の顔を手で覆う。そんな彼女にフィヨルギュンと雪葉が気を遣って声を掛けた。
「今のは見事であったぞ!」
「よく頑張ったと思うわ」
「いえ……私も少し大人気なかったです……。頭を冷やすのは私の方ですね……」
「そのとーり。喧嘩はどっちもだめー」
「「「「「!?」」」」」」
突如響いた声に五人が驚き同時に、その席に向ける。視線の先には、いつの間にか長いアホ毛が付いたエメラルドグリーンのミディアムヘアにエメラルドグリーンの瞳を持つ少女がいた。小学生かと見間違うほどに背丈は低く、両手が見えなくなるほどに丈が合わないぶかぶかのワイシャツを着る彼女こそ『緑天』のミスティアである。
彼女は行儀悪く机に顎を乗せ、だらーんと腕を伸ばすという脱力しきった姿勢で座っていた。周囲の注目を浴びていることに気が付くと、「ども」と口を開く。
「ちょっ、いつの間にここに!?」
「最初からいましたー。背がひくーいので椅子に登るのにひとくろーしてましたー」
「貴様、ずっと見かけなかったが今までどこにいたのだ!? 何故今作戦に参加しなかった!」
「呼ばれなかったのでー。あと独自ちょーさしてましたー」
「調査だと……?」
『それは私が説明しましょう』
不意に声が響き、六人全員が顔を上げた。否、上げさせられた。
そこには、ホログラムで移されたシャーロット総司令官の姿があった。どうやら彼女が持つ『声』の魔力は映像越しにでも作用するらしい。
『皆様、ごきげんよう。この度はお集まりいただきありがとうございます。ひとまず、『邪竜』ドラゴンの討伐お疲れ様でした。貴方方に最大の敬意を表します』
にっこりと微笑むシャーロット。その妖艶な笑みに誰もが心を奪われ、思考に空白が生じる。
しかし、次の瞬間には笑顔は消え失せ、普段の穏やかな彼女からは想像もできないほどの冷たい声音で続ける。
「しかし、戦いは終わりではありません。『超級』の魔獣はあと五体。人類を苛む災厄はまだ克服していません。引き続き、貴方方には協力していただきます。そして既にミスティア様の調査により、次の目標が定まりました。ミスティア様、お願いします」
「りょーかいー」
最高司令官であるシャーロットにも臆せず気の抜けた返事を返し、未だ突っ伏したままミスティアは報告を始める。
「次の相手は『怪鳥』アンズー。アメリカで度々目撃情報があったまじゅーだねー。向こうでは
「イエス。でもコイツ中々狡猾でさー。あたしちゃんが近付いたら逃げちゃうの。で、調査しようがないからちゃん
(あなたの実力は知っていたけど、六大魔獣が尻尾巻いて逃げる程なの!?)
火水風から明かされた衝撃の事実にリリアンは内心でドン引きする。どういう原理かは不明だがあのドラゴンの顎を軽々と蹴飛ばせるような女なのだ。アンズーが逃げたという話も本当なのだろう。
「で、ちょーさの結果アンズーは厄介でこそあるけれどきょーいは他の六大まじゅーよりもひくーいってことが分かった。なので、次の作戦はここまで大規模にならないねー」
「……『六天』全員で参加する必要はない、ということですか。であれば私達が呼ばれた理由は何故でしょうか?」
『より大きな脅威……いわば人類の『敵』、この世界の『巨悪』。彼女らを討つため、貴方方『六天』に協力をお願いしたいのです』
再び、声。シャーロットの持つ『魔力』に囚われた彼女らは視線が上方に吸い込まれていく。
その『声』に虜にされているのはアリソンも例外ではないが、彼女は腕を組み訝しげな表情を浮かべてシャーロットに尋ねた。
「より大きな脅威だと? あの災厄を上回る『敵』とは、『彼女ら』とは何者なのだ?」
『きっとにわかには信じ難いでしょうが……。確かに現代に蘇った、いえ、彼女らはずっと現代まで生き延びていたのです』
そう前置きして、シャーロットは『敵』の名を告げる。
その名前は確かににわかには信じ難く、火水風を除く一同は驚愕することになった。
『────始まりの魔女。貴方方には、彼女らの調査をして頂きます」
※※※※
「んぅ…………」
「おや、ようやく目が覚めましたか」
「ッ!?」
襟詰めの黒い学生服を着た少女────
だがろくに体も動かせず、ぐっと息が詰まる。何事か、と視線を下に向けて理解した。縄で椅子に縛られているのだ。
「なっ、どういうつもり……!? そもそも何で私は────ッ!?」
混乱する頭を働かせ、意識を失う前までの記憶を回想しインシンは思い出す。黒髪に青い瞳、黒いゴシックドレスを着た魔法少女────名前はユウといったか。既に片腕を失い虫の息だった彼女を殺そうとしたこと、突如眼鏡を掛けた地味な少女が乱入し、彼女もろとも吹き飛ばそうとしたこと、その時ユウが魔獣化し己の喉を食い破られたこと────。
そう、あの時、インシンは食い殺されそうになって。
「はぁ……ッ、はぁ…………!?!?」
「落ち着きなさい。あの後魔獣化は抑制され、あなたは意識こそ失いましたが我々がこうして保護し治療も施しています」
「ぐっ……。ほ、ご?」
少女の言葉にインシンは落ち着きを取り戻し、同時に彼女が発した不可解な言葉に疑問を覚える。保護されているというのならば、この拘束されている状況は一体全体どういうことなのか。
敵意を取り戻したインシンは顔を見上げ声の主を睨みつける。ようやく相手の姿を視界に捉えた。
局部しか覆ってない際どすぎる修道服の上から薄い布を被りベレー帽を被った少女。銀髪のロングヘアをなびかせる姿は可憐のようであるが、唯一桃色のそのひどく冷たい双眸が彼女の印象を空虚に変えていた。
窓すらない密室に、ポツンとデスクライトが置かれただけの机を挟み少女は対面している。取調室を連想させる気味悪い部屋にインシンは苦虫を潰したような表情を浮かべた。
「ええ、保護です。先に自己紹介でも済ませておきましょうか。私はシルヴィア・フェザーストーンといいます。縛られていることに関してはこちらの話を終えたら解きますのでご心配なさらず。こちらの身の安全を確保するための措置です」
「へぇー、分かってるじゃない。今すぐあんたを八つ裂きにしてここから出ていきたいところだったからね」
インシンの挑発に対しシルヴィアはフン、と鼻で笑うだけだ。そのおざなりな態度にインシンは怒りに顔を引き攣らせるのを我慢しながらシルヴィアに問うた。
「で、目的は何?」
「簡単ですよ。あなたを是非とも我々の仲間として迎え入れたいのです」
「はぁ?」
シルヴィアの言葉にインシンは耳を疑い思わず素っ頓狂な声を上げる。まさか監禁するのがおもてなしだと本気で思っているのだろうか。
「まあ信用出来ないですよね。ですが我々は本気です。あなたが加わるのを歓迎していますし、我々にご協力していただけると信じています」
「……イかれてる。大人しく従うとでも?」
「もちろん、あなたが断るのは想定済みです。ですからこうしましょう」
そこで区切らせたシルヴィアは一度振り返り、背後の扉を開ける。その中から二人の童女が入ってきた。
その瓜二つな外見からして双子なのだろう。正面から見て左側に立つ少女は左側を白に右側を黒に染めたツートンカラーのショートボブに黒い右目と青い左目を持ち、右側に立つ少女は左側を黒に右側を白に染めたツートンカラーのショートボブに青い右目と黒い左目を持ち、並ぶと互いの色がシンメトリーになる変わった外見の双子だった。互いに手を繋いでる様子から恐らく仲は良いのだろう。
双子を招き入れたシルヴィアが紹介する。
「左側に立っているのが姉のルリ、右側が妹のリルです」
「よろしくね、おねえさん。リルの相手をしてやって」
「違うよ。ルリがおねえさんの相手になるの」
「……は?」
今、相手になると言ったか。どう見ても幼い子供二人が。いくら冗談だと言っても舐め過ぎだろう、とインシンが怒りを通り越して呆れているとシルヴィアは嘲るような笑みを浮かべた。
……どうやら本気らしい。瞬間、インシンは堪忍袋の緒が切れるような感覚を覚えた。
「ええ、今からあなたの拘束を解き二人の相手をしてもらいます。もしあなたが勝てばここから出してあげましょう。二人に負けたのなら言うことを聞いてもらいます」
「……いいよ、乗ってやる。殺してもいいんでしょ?」
「ええ、もちろん。できるのならば」
「……終わったらあんたも絶対殺す」
インシンの脅しを受けるもシルヴィアは一切表情を崩さず、彼女の背後に回る。ナイフを取り出し縄を切り落とすと、インシンは双子を睨みつけ首を鳴らした。
「遊んでくれるの、おねえさん? リルなら退屈しないと思うよ?」
「いいや、ルリがおすすめだよおねえさん」
「いや、あんたらまとめて殺す。ガキだろうがあたしは容赦しないよ」
インシンの言葉に双子は怯えることなく、むしろ三日月状に口角を上げる。その態度にいよいよ我慢の限界を迎えたインシンは「次挑発したら殺す」と決意する。
そして双子は同時に口を開いた。
「「やった! じゃあ
「お望み通り殺してやるよ!」
直後、衝突が起きた。
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