17 魔法石

「ではバステトからお願いします」


セバスに言われて、バステトが食べていた手を止める。そして、口の中のものを流すように水を飲んだ。


「ウチは魔王城付近の村を見て回ったにゃ。ここから少し行った所に小さな村があって、強そうな人間は居なかった。村人を率いている奴がいて、あとは痩せ細った人間が仕事させられてるって感じかにゃ?これと言っていい情報はなかったけど、…きっとアンタの事を血眼になって探してる奴がいる」


そう言って自身の方を見たバステトに、イシュタルは息を飲む。きっと雇い主の一族だろう。不安に耐えるように身を縮ませるイシュタルに、セオが優しく背中へ手をやる。


「心配ない。お前が怯えることなどひとつもないのだ、俺達からお前を奪い返すなんて人間に出来やしない バステト、今後その村に監視を潜ませろ。そして報告を怠るな」


「了解ですにゃ。セオ様がそう言うと思って、ウチの手下を忍び込ませてますにゃ」


「流石、バステトだな。期待しているぞ」


誇らしげに言ったバステトは、嬉しさを隠している様子だが、尻尾が激しく揺れていた。バステトが満面のドヤ顔をアフロディーテへ向けると、聖母マリアのような微笑みを貼り付けた顔から小さく舌打ちが聞こえる。


「では、次にアフロディーテ」


「はいはい~、私はこの子達二人と一緒にユーテリア王国に行ってきましたわぁ♪」


「あのね、あのね!行くとね、お祭りしててサーカスもいたよ!でね、でぇーっかい獣が歩いてたの!!」

「ア、アンラ、口のもの食べてから…あわわ」


「静かにしなさい、アンラ。じゃないと口を縫い付けてしまうわよ?」


慌ててアンラをマンユが止めるが、興奮しているようで未だ喋り続けようとしていた。それを押さえつけるように、アフロディーテが一言でアンラを怯えさせた。


「ほぅ、祭りか。 なんの祭りだ?」


「それがなんと、国内から“騎士団“に選ばれた者がいたようです。やはり騎士団は誰でも簡単に入れるものでは無いようですねぇ~。ですが入団したのは一人ではなくて、国の人間に聞いたところギルドからの引抜きだとか言ってましたわ。」


アフロディーテの言葉に、セオとセバスが顔を見合せる。


「ギルドで優秀な実績を納めた人材というわけですか?」


「そうでしょうね。後々調べましたが、騎士団に選ばれた人間のなかには地位のない者も。」


「そうか、成る程な 」


セオがそう言うと、セバスは胸ポケットから手帳を取り出して、なにかを書き始めた。得た情報を整理しているようで、一通り書き終えると音をたてて閉じる。


「さて、ムタとシン 貴方達はどうでしたか? 」


人族ヒューマンの情報は集められませんでしたが、面白いものを見つけました。ほら、ムタ」


シンがそう言うと、ムタは自身のズボンのポケットを探ってセオの前に置いた。


「なんだ?“魔法石マジックストーン“か?」


「俺ちんも初めはそう思ったんだけど… これ、なーんも“効果エフェクト“が付与されてないんだよね でね、あの倉庫にはこの石ころ同然の魔法石マジックストーンが山程置いてあった 変じゃない?」


「確かに言われてみればそうだな。で、何か検討はついてあるのか」


セオが魔法石マジックストーンを摘まんで、珍しそうに天井の光を透かしながら見る。魔法石マジックストーンの中で光が屈折しキラキラと輝いていた。


「で、あのランダイ狂った男の脳内を調べたら、身分の高い騎士に頼まれたものだった。その魔法石マジックストーンは明日にはシュメール王国に運ばなきゃいけないらしいから、男に化けて調べてみるのもいいかもーって」


「ムタにしては真面目に仕事をしたようだな。セバス、明日行く者を厳選して向かわせろ だが決して深追いはさせるな、こちらの情報を流したくはない」


「かしこまりました。決まり次第御伝えいたします」


「よし、じゃあ今日はここまでだ。皆は引き続き夕食を楽しんでくれ、俺はセバスと情報の擦り合わせを行う。 イシュタル、ゆっくりと休めよ。それと…」


「イシュタルを狙う者は皆殺しにしろ」


バステトにだけ聞こえるように言うと、セオは立ち上がる。イシュタルの頭を落ち着かせるように優しく撫でてから、広間を後にした。セバスも一度、広間に残る者に会釈をして静かに扉が閉まる。

残されたイシュタルの隣にはいつの間にかセレネが立っていた。それを見てホッとしたイシュタルは、残りの料理を口に運ぶ。


「あ、そうだ!ムーム!お土産ありがとうね!」

「あ、ありがとう!」


思い出したようにアランとマンユが元気よく言った。賑やかに飛び交う会話に、イシュタルは耳を傾けながら食事を進める。


「あー、アレ・・か?いーんだよ、別に。俺ちんにはただの生ゴミだし」


「でも、ふたつは大きいし肉は固かったけど、もうひとつは子供で柔らかかったよ?ムーム、後から欲しいって言わない?」


「言わない言わない。」


「わーい!ありがとう!みんな喜ぶよ!ね、マンユ」

「うんっ!」


なんの話をしているのか分かってしまったイシュタルは、あの倉庫でのおぞましい光景を思い出して口元を押さえる。逆流しそうな食べ物を堪えると、とても嬉しそうに笑う二人を見て戦慄を覚えた。

そしてそれ以降、一切食べる気を無くしてしまったイシュタルを見てセレネがそっと声をかける。


「イシュタル様、随分お疲れのご様子ですね。お部屋で休みましょう」


頷いてイシュタルが立ち上がろうとすると、セレネが椅子を後ろへと引いた。イシュタルは扉へと向かうと、広間に残る者に一礼しながら言う。


「今日は御迷惑をおかけして、すいませんでした。お先に失礼します」


イシュタルを先に出させたセレネは、メイドの一人に耳打ちをして後を追う。メイドは言われた通りに、イシュタルの半分以上食べ物が残った皿を器用にまとめて運んでいった。

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