第3話 夜襲
目が覚める。外は完全に暗くなっていた。
脳裏に情報が押し込まれる。数十キロメートル離れた先にある、別の山村に複数の魔族たちが向かっていることがわかった。
「何も、夜に来なくたって」
一人で文句を呟くが、それに返ってくる声なんてない。
ベッドのすぐ傍に立てかけておいた剣を手に取る。窓を開き、窓枠に足をかける。“このぐらいの距離”なら、ほとんど時間はかからない。
空中に身を投げ出す。不可視の力が全身に行き渡り、重力など存在しないかのように、肉体が宙を舞う。急加速。精霊の力を用いて僕は夜空を高速で飛翔する。山村や山々の風景が一瞬にして後方へと流れ続けていく。
凄まじい速度で移動していても、身体に負荷はほとんどかからない。風景が一瞬で切り替わろうとも、周囲に何があるのかは手に取るように分かる。どれもこれも精霊の加護による力だった。
目的地に到達。空中飛行の軌道を慣性を無視して直角に急転回。逆さに地面へと向かう身体を反転させながら着地直後に停止。音もなく両足から地上に降り立つ。山肌の荒地に、小さな光点。暗闇の中で光る魔族たちの瞳が驚愕を宿しながら突如現れた僕を見ていた。前方に二本角の悪魔。蝙蝠状の翼に、尻尾。全身が濃紫の肌。その後ろに牛と似た頭部の巨大な魔族が二体。漆黒の斧をそれぞれ二本ずつ持つ。さらに後ろには人間と似た容姿の魔族。頭部にはやはり、ねじれた角が二本。黄土色の肌に筋肉質の肉体。魔族は合計で五体。一体だろうと村一つを滅ぼすには十分過ぎる。
剣を引き抜く。それを見ていた先頭の二本角の悪魔が、雄叫びをあげながら突進。それを合図として、他の四体も動き始めた。
二本角の悪魔が腕を振り上げる。その勢いのままに、腕が吹き飛ぶ。血の軌跡を作りながら、地面に落下。振り下ろすよりも先に僕が剣で斬り飛ばしたのだが、速すぎて当の悪魔には何が起こったのかが分からない。驚愕と恐怖が悪魔の表情に浮かぶが、すぐさま闘志を引き戻す。再び雄叫びをあげようとした刹那に僕は顔面めがけて跳躍。その口腔に剣を突き立て貫通させる。咆哮となるはずだった声はただの空気音となって消えた。
剣を引き抜き着地した僕目掛けて二頭の牛頭の悪魔が突撃してくる。二頭はそれぞれ同時に斧の振り下ろしと振り払いの構え。上下と左右を塞ぐ攻撃は、僕が急加速して内側に潜り込んだために何もない空間を斬り裂いた。無防備な胴体を軽く剣で撫で斬る。力の込もってない一薙ぎ。それだけで二体同時に胴体が斜めに切断され、巨大な肉体が地面に崩れ落ちる轟音が響く。
残った人間似の魔族はこちらに向かっていたが急停止。魔法を発動させる構えを取るが、遅かった。発動前にこちらが接近、一回転。剣が円形の軌跡を辿り、円内にいた二体の魔族の腹部を両断。上半身と下半身に分かれて絶命。
血を払って剣を鞘に収める。戦いは、この場に移動してくる時間よりも短い間に終わった。
脳裏にまたしても情報が流れ込む。同じように別の村に魔族が接近していた。
跳躍して空中に浮かび上がり、夜空を駆ける。到着まで、やはり時間はかからないだろう。
§§§§
結局、あの後は似たようなことを四箇所で行なった。
魔族が現れるのには昼も夜もない。どこでいつ現れようとも、必ず迎撃に向かう必要がある。そうでなければ、取り返した領土をまた魔族に奪われてしまう。
人間たちが魔族に全く歯が立たない以上、全ての街の防衛を僕一人で行わなくてはならなかった。
普通なら不可能だ。けど、『勇者クリストファー』には可能だった。あらゆる場所の魔族が分かり、そこにすぐさま向かう能力があった。
睡眠が中断されるがそれも問題なかった。睡眠を取らずとも身体能力に支障は出ないからだ。
そう、身体能力には。
魔族の活動が終わったのは早朝になってからだった。最初にいた山村に僕は戻ってきていた。戻ってくる必要は本当はない。ただ、僕は彼らの心象を悪くすることを恐れていた。『勇者クリストファー』が多忙であることぐらい村民も知っている。だからここまで神経質にならなくてもいいはずだが、僕には神経質にならざるを得ない過去があった。
村に戻った僕は村民に見つからないように宿の部屋に向かった。万が一、早朝に活動する村民に出くわせばまた賞賛の言葉を浴びせかけられる。そうなれば僕は『勇者』としてそれらしい振る舞いをせざるを得なくなる。それは避けたかった。
部屋に到着してすぐベッドに横になる。肉体に疲労はなくとも、精神にはあった。その疲労を回復させるには何も考えずに済む睡眠が一番だった。
目を閉じると、直前に戦った魔族たちの顔が思い浮かぶ。そこにはいくつもの表情があった。仲間を失ったことへの義憤、死への恐怖と絶望、残虐者への憎悪。そして、断末魔の絶叫が耳に残っていた。
──彼らは人間と変わりなかった。長命であり、魔法の扱いに長ける。圧倒的に強大な種族だったが、倫理観があり、同族への仲間意識があり、何より感情があった。人間である僕にも理解できる価値観を、彼らも持ち合わせていた。
そんな彼らを敵対しているとはいえ、毎日毎時間殺して周るのは、はっきり言って苦痛だった。罪悪感があった。できることなら、殺したくはなかった。
それでも、彼らを殺さなければならない理由がいくつもある。いくつも、いくつも、いくつも、いくつも。
「……やめよう」
思考を放棄して、深く息を吐く。意識を重たい闇の中に沈める。
できることなら、次は目覚めたくない。そうとさえ思った。
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