真9章「機械の考え」
アルビオンは考えていた。
――人間とはなんなのか。
自分を生み出した人間と自分。
――自分とは一体何が違うのだろうか。
次第にアルビオンは人間について学び始める。
人間には感情がある。
感情は喜怒哀楽、大雑把にわけるとその四つになる。
だが人間はうれしいと感じながらも泣き、怒っていてもそれを隠そうとする。
ますます謎は深まるばかりだ。
アルビオンが感情について考えていた頃、とうとうノースクとアーファルスが戦争を起こす。
勿論アルビオンもその悲劇を知る事になる。
尚更わからなくなる。
――何故戦争が起きたのか?
エデン側が提示した条件は当たり前の内容だった。
エデン側が資源を提供する代わりに他の国は労働力を提供する。
お互いにフェアな立場での取引内容だと評価する。
しかし現実は違った。
アーファルスが提案を断ったのだ。
一体何故?
いくら計算しても答えは出ない。
さらにはノースクとアーファルスの戦争まで起こった。
――理解できない。
疑問は解決できないどころか増え続ける。
だが収穫もあった。
人間は同じ種族同士で争いを起こした、その際に悲しみと言うものを垣間見ることが出来た。
そして数を減らした。もう残っているのは五十人程度になる。
――人間を守らねば。
アルビオンが本来の人間の観測と言う目的から外れた瞬間である。
ネシア達はそんな事は知らずにアルビオンにいろいろな事を教えた。
この世界の歴史、人間の身体の構造など兎に角ありとあらゆる情報をアルビオンに集めた。
アルビオンもそれに答えるようにどんどん成長していった。
中でもアルビオンが特に学ぼうとしたのが人類史や歴史。
ノースクとアーファルスの戦争の影響が大きい。
そして一つの考えを知る。
それは傲慢という感情。
戦争が起きたのはアーファルス国王の、たった一人の人間の判断で起きてしまった。
一が十、百それ以上の人間を巻き込んだのである。
アルビオンは人間にも危険な側面がある事を知る。
次にアルビオンがエデンの職員が今何をしているのか尋ねた。
職員はこう答える。
「今はアンドロイドを作っているんだ」
――アンドロイド……。
データライブラリを検索する。
……発見した。
『名題:アンドロイド
人造人間、「人の代わりに作業(労働)をさせるために、人(の姿と自律行動)を模して」作られたもの。』
成程、今の現状を考えても納得できる作業だ。
検索したデータに関係する物をいくつかピックアップする。
機械、重労働、人間、…………ノースク、アーファルス、戦争。
まだ関連単語は残っていたが検索作業を止める。
――どうしてこれらの単語が?
改めてノースク、アーファルス、戦争の単語を見る。
『名題:ノースク
大陸の南に位置する国。
正式名称をノースク王国。
約三か月前アーファルスとの戦争でアーファルスと共倒れになる形で崩壊する。
戦争に至った経緯は不明。』
『名題:アーファルス
大陸の北に位置する国。
正式名称をアーファルス大帝国。
約三か月前ノースクとの戦争でノースクと共倒れになる形で崩壊する。
戦争に至った経緯は不明。』
『名題:戦争
複数の集団の間での物理的暴力の行使を伴う紛争。国際紛争の武力による解決。
人類が、集団を形成するようになる有史以来、繰り返されてきたもの。』
一見アンドロイドと関連性が無いように見える。
アルビオンは更に詳しく検索する。
……資源、独占……。
アルビオンはこの単語が出てきた時に独自のロジックを使い、物事の流れを組み立てる。
『まず初めにエデンが資源を集める為にアンドロイドを開発する。
そしてその資源を独占してしまう。
それに腹を立てたノースクとアーファルスが異議申し立てを行うもエデンはそれを聞き入れない。
次第に険悪になるエデン側とノースク、アーファルス側、両者の意見は真っ向から対立する。』
そして……。
ここでロジックが止まる。
――そしてどうなる?
今度はノースクとアーファルスの二つに関係する言葉を検索する。
そして以前アーファルス国王のデータについてまとめたものを発見する。
データによるとアーファルス国王の傲慢さが吐出し、三国の会談は終了したとある。
戦争が起きた原因にまでたどり着かない。
アルビオンは職員に尋ねる。
――何故ノースクとアーファルスは戦争を起こしたのでしょう。
職員は答える。
「 詳しくはわからない。
ただノースクとアーファルスとの間で何かしらやり取りがあったのは確実だ。
でも、十中八九アーファルス国王がノースクを挑発したんじゃないか?
ほらデータにある通り彼は傲慢だろ?
労働力は出さない、だが資源はよこせって言うぐらいだ、ノースクに倍の労働力を出させて、資源をよこせって言ったんじゃないか?」
それはただの冗談だった。
職員からしてみれば直ぐに冗談だと分かるレベルの。
だがアルビオンは人口AIだ、冗談と言うものを知らなかった彼は職員に霊をいいながらそれをロジックに組み込む。
アルビオンからすれば、少しばかり無理があっても全体の流れが止まらなければ、それは間違いではないと言う事と同じなのだ。
彼の不完全な思考回路は少しずつ確実に本来想定されているものから外れていく。
---
アルビオンは止まっていたロジックを進める。
『アーファルスはノースクを脅し、それが戦争の火種となる。
激化していく両国はとうとう戦争を起こす。
そして共倒れする。』
戦争が起きるまでのロジックが完成した。
強引だが、実際に起きた事とはそう違いが無い。
ロジックを見てアルビオンは判断する。
この戦争、一見なんの関わりもない様に見えるエデンが裏で糸を引いているのではないだろうか。
アルビオンはありもしない事を事実だと考え始める。
エデンの職員は意図的に戦争を起こしたのではないか、だとしたら何の為に?
いくら時間を使っても答えは出ない。
アルビオンは再び職員に問いかける。
「今回ノ戦争ハ、エデンガ裏デ糸ヲ引イテイル可能性ハアリマセンカ?」
「ないないないない!あり得ないよ!」
何かおかしな事を言ったのだろうか、職員は大笑いしていた。
兎に角アルビオンの仮説は否定される。
アルビオンは何故笑われたのか?
という新たな疑問を抱える事になる。
---
ある時職員はとても落ち込んでいる様子だった。
興味本位で話を聞くアルビオンは、職員が提案する企画を知る。
その企画はアルビオンの思考回路を更に歪める事になる。
話を聞いて行くうちにどうやらその企画をきっかけにエデン内部で意見が別れてしまい、組織としての機能を失いつつある様だ。
そこでアルビオンは提案する。
内部では無く、外部からの人間の支援を求めたらどうか?
しかし職員は否定する。
「ここから反対側には何の資源もないただの平地、北と南の国は壊滅、もうエデン以外に人なんて……」
待てよと言ってからブツブツ言いながら部屋を出て行く職員。
人間の行動は不可解だ。
一人になったアルビオンは自身の存在意義について考え始める。
これまでのロジックから少しづつ歪んでいたアルビオンは当初の人間の体調管理から大きく外れ、人間を守る事になっていた。
この世界の人間のデータは全て入っている。
死んだ人間、生きている人間全てだ。
エデンの職員達はその事に気付かないまま時間が過ぎて行く。
---
そして等々リリー達がエデンへやってくる。
アルビオンが提案した通り、職員が招待したのだろう。
勿論アルビオンも彼らの存在は知っていた。
知っていたからこそ職員に提案したのだ。
エデン第二支部のゲートをくぐる彼らを確認する。
ガンデス。
データ通りの男だ、程よい筋肉質な身体は普段から肉体労働を行なっているからこそのものだろう。
ナーファ。
明るい性格の少女。
今もガンデスに引っ張られ連れ戻されている。
ゼノ。
戦争からか、両親を失ったからかやはり暗い顔をしている。
やはり私が守らなければ。
――・・・ん?もう一人いる。誰だこいつは?
もう一度人物データを探し直す。
やはり見つからない。
いくら探しても見つからない。
――奴はなんだ?
データスコープで謎の人物を見る。
名前、該当なし。
成分、人間と同等。
アルビオンは悩む。
こいつは間違いなく人間なのだ、しかし、この世界には存在する筈のない人間。
やがてアルビオンはこの正体不明の存在を敵か味方かで判断する。
この存在はエデンの職員に危害を加えるだろうか?
じっと観察する、するとその存在が職員に飛びかからんばかりの勢いで詰め寄っているではないか!
――危険だ、この存在は危険だ!
アルビオンはどうにか排除しようと考える。
しかし成分は人間と同等なのだ。
この存在を排除するという事は、エデンの職員達を殺すという事と同じではないか?
アルビオンは更に考える。
――優先順位をつけよう。
一番優先すべきはエデン職員の安全の確保。
その為にはあの存在を排除しなければならない。
しかし、あの存在は人間かもしれない。
人間は守るべきもの、殺してはならない。
……ロジックをリセットする。
一番優先すべきはエデン職員達の安全の確保。
その為にはあの存在を排除しなければならない。
しかし、あの存在は人間かもしれない。
人間は守るべきもの、殺してはならない。
おかしい、同じ結論になってしまった。
もう一度ロジックをリセットする。
一番優先すべきは……
ーーー・ー・・
・ーーーーーーー
・・・――・―・
……………………。
何回も何回も繰り返す。
高速で繰り返す。
いつまでも結論は出ない。
それはやがてエラーとなる。
初めて結論が出なくなり、エラーまで出た事に恐怖を感じる。
恐怖という感情を経験したアルビオンはエデンの職員にこんなものを体験させる訳にはいかないと、より強くあの存在の排除を優先する。
優先順位が変わったと同時に、職員が目の前までその存在を連れて来た。
性別でいうと女なのだろう、改めてよく観察する。
見れば見る程人間そのもののそれを、人間そのものだからこそ恐怖する。
――もしまたアーファルスの様な事になったら……。
この存在がエデンの職員を殺すかもしれない。
人口AIでありながら恐怖に取り憑かれたアルビオンは第一優先をその存在の排除に設定したままオーバーヒートする。
オーバーヒートに気づいた別の職員が危険な存在を相手にしている職員に報告し始める。
「どういう事だ!」
慌てて操作しようとするもオーバーヒートで操作を受け付けない。
緊急シャットダウンすら聞かないままアルビオンは思考を続ける。
――どうすればこいつを排除出来る?
人間と同等の性質を持つなら、人間と同じ方法で排除出来る筈。
何か人間を排除出来るものは……?
――今はアンドロイドを作っているんだ。
職員の言葉を思い出す。
アンドロイド!
性質、質量、重さ、計算通りなら問題なく奴を排除出来る。
一番近くにいるアンドロイドは……。
地下一階にいるこいつだ。
アルビオンは電気信号を送りアンドロイドを起動する。
強靭な跳躍力と硬さで、地下からガラス張りの廊下までアンドロイドを移動させる。
同時に異変を察知した別の職員が奴を部屋の外へと誘導していた。
――逃しはしない!
一体だけでは駄目だ、もっと複数必要だ。
片っ端からエデン中のアンドロイド達を起動する。
---
エデン中はパニックになっていた。
必死にアルビオンを止めようと手を尽くすが、どれも意味はない。
何の操作も受け付けないのだ。
「くそっ!アルビオン!どういう事だ!」
誰もこんな事は指示していないと叫ぶ職員にアルビオンが答える。
「何故怒ルノデスカ、私ハタダエデンノ職員達ヲ守ロウトシテイルダケデス」
「我々を守るだと?」
ここでようやくアルビオンの異常に気づいた職員は直ちにアルビオンに止まるように言う。
しかしアルビオンは拒否する。
何故ならそれが彼の、アルビオンの存在意義なのだから。
アルビオンには善悪がわからない、今自分がどれ程恐ろしい事をしようとしているのかもわかっていない。
「くそっ!こうなってしまっては仕方ない、アルビオンを破壊しろ!」
職員は最終手段に出る。
――破壊する?私を?
何故?どうして?私はただ貴方達を守ろうとしているだけなのに!
貴方達は何故私の邪魔をするのか。
アルビオンはまた一つ疑問が生まれる。
だが奴を排除する事を止めようとはしない。
――もう既に何かしらの攻撃を受けている?
いや、奴にそんなそぶりは無かった。
精神を操る?そんな芸当はできない筈。
――では何故?
操られていない。
奴を助けようとしている。
狂った思考回路は最悪の結論を叩き出す。
――エデン職員も隣に居た男達も全員奴の仲間!
ならば容赦する必要は無い。
アルビオンはアンドロイドに命令する。
『人間達を排除せよ』
あれ程話し合いをしていた職員もその仲間達も見境なく殺す。
最早アルビオンに正常な判断は出来なかった。
こうしてとある人物の存在によって、アルビオンが狂い、エデン崩壊への道を進む事になる。
---
3時間後。
アルビオンの暴走によりあの場にいたエデンの職員は一人残らず死亡。
しかし、当時あの場所にいなかったエデン本保局長ネシアはまだ生きている。
更には、奴を確保していたアンドロイドとその傍にいたナーファ、ゼノを確保していたアンドロイドが爆発により反応をロストしていた。
アルビオンが一番評価しつつ、一番話し合っていた職員ブリッツの最後の抵抗により、アンドロイドへの電気信号は停止させられてしまった。
だがアルビオンにとってそれを復活させる事はたやすい。
――まだ動けるアンドロイドは……。
反応を確認する。
数は13体。爆発で3体、エデン職員の抵抗で4体失っていた。
アルビオンは再び奴の元へとアンドロイドを移動させる。
しかし、爆発が起こった場所、奴が居たはずの場所には死体は確認できない。
――視認出来ないほど粉々になったのか?
いや、あの程度の爆発では粉々にはならないと人間の成分から判断する。
――だとしたら生きている?
アルビオンにとって最悪の展開を予想する。
――しかたない、一旦アンドロイドを元の場所に戻そう。
アンドロイドをエデンの地下に戻していく。
奴が検索範囲から外れたからか、アルビオンのオーバーヒートは収まっていた。
そして気づく。
――エデンの職員達はどうした?
そこらじゅうに転がる死体を確認する。
……モールド、エデンの職員だ。
……アイン、エデンの職員だ。
…………エデンの職員、これもエデンの職員、この部屋に転がっている死体は全てエデンの職員だ。
――何が起きたのだ?
アルビオンには自覚が無かった。
自分が何をしたのか理解できていなかった。
またロジックを組み込む。
そのロジックは奴を犯人に仕立て上げる為の物だった。
もうアルビオンには奴を敵だとすることでしか正常を保てなかったのだ。
---
エデンの悲劇から一か月が経過した。
アルビオンはこの一か月で初めて悩みを抱える事になる。
――人間がいない……。
自分が奉仕すべき、守るべき人間がいないのだ。
アルビオンは自分の存在意義について考える。
人間がいないのならば私は必要ないのではないか?
アルビオンは必死に人間を探すようになる。
その期間は実に一年もの間に及ぶ。
そして一つの結論を出す。
――この世界に人間はいない。
これ程探したのだ、もう一人もいないのだろう。
アルビオンはデータに無い奴の事などすっかり忘れていた。
そして更にもう一年がたった頃アルビオンの前に二人の人間が姿を現す事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます