第1章

 -元の月第4日-


(うるさいな……)


 ベルは誰かの大声で目が覚める。

 不愉快な大声で目覚めたことに苛立ちを覚えながらもベッドから起き上がり、部屋のドアを開ける。


「こいつがその異端者の筆頭じゃないか!」


 部屋から出ると何やら言い合いをしている様だ。

 大声の主はベルを指差しながら言う。

 何の話かはだいたい察知が付く、異端者、その筆頭。

 ベルはそう呼ばれ続けていたため、いい加減慣れてしまっていた。


「だいたい魔法は火・水・風・雷の4大元素のものか上位元素の光しかない筈だ!」

「そうだ! なんであいつはなんで闇属性なんて使えるんだ!」


 聞き飽きた罵倒が飛び交う。


「おい、貴様らはケンカを売りに来たのか、助けを求めに来たのか、どちらだ」


 ベルが所属する傭兵集団『オメガ』の中で一番の大男であるイデアルがベルよりも苛立ちを見せながら言う。

 その言葉に、「部下が申し訳ない」と、その部隊の隊長だろう男が言うが、その表情は他の者と同じく不安か恐怖のような表情をしている。


(思っても無い事を……まあ正直こちらもそういう言葉には慣れているし、いまさらどうと言う事は無いんだが、いちいち訂正するのも面倒だ……)


 ベルは特別気にも留めず、いつも通り顔を洗いに向かう。


「異端者の集まりと知っておきながら、恐怖に耐えてまで我々にしたい依頼とは何だ」


 騒ぎを聞きつけてか奥から長身の女リリーと一緒にオメガのリーダーであるガンデスが出てくる。


「部下の言葉で気を悪くしたなら申し訳ない、実は近々北の国アーファルス帝国と戦争を起こすのだが、貴方達にはその戦争に参加して頂きたい」

「まあそうだろうな、我々異端者の集まりの傭兵団にまで頼む様な依頼だ、殺し合いだろうな」


 ガンデスが明らかに皮肉を含んだ言い方をする。


「も、申し訳ない……」


 部隊長の顔がどんどん青くなる。

 ベルは明らかに恐怖で満たされている顔を見て、全く、どいつもこいつも意地が悪いと感じる。


「もういいだろ、話が進まねえよ」


 こちらも苛々しながらメガネをかけた男が言う。


「ゼノ……そうだな、俺達は異端者だからな、金さえ積んでもらえればその戦争とやらにも参加しようじゃないか」


 ゼノと呼ばれた男とガンデスがうんざりといった顔で部隊長と交渉を続ける。


 ---


 暫くして二人が戻ってくる、どうやら話はついたようだ。


「皆、久しぶりの依頼だ……」


 その内容をガンデスが話し始める。

 依頼内容は戦争の参加では無く、ノースク国王の娘『ガーネア姫』の護衛との事だ。

 依頼内容に少し気が抜ける一同、その中でイデアルが質問する。


「実際に護衛するって事ならノースクに行く事になる、そうすれば自然と戦地は近くなって結局戦争に参加する事になるんじゃないか?」

「いや、護衛に変わりはないが、ガーネア姫は少しの間近隣の村に非難する事になるらしい。

 その際にノースク王国から出せる兵士の数が十程度、姫様の護衛としては心もとない、そこで俺達に依頼が来たという訳だ」

「成程ね……」


 いささか不満そうなイデアルはそれを口に出すことなく自分の部屋へと戻っていく。


「それで? その護衛ってのは何時から始まるんだ?」


 洗顔から戻って来ていたベルがガンデスに問いかける。


「戦争が起こるのは4日後だそうだ」


 ガンデスの言葉にゼノ以外の皆も驚きの声を上げる。


(4日後だと、幾らなんでも短すぎる……)


「おいおい、幾らなんでも急すぎやしねえか!」


 イデアルが声を上げるのも無理はない、幾ら護衛任務と言っても、何も用意が無いという訳ではない。

 護衛目的なら剣より槍の方が敵を護衛目標に近づけることなく無力化できる、もっとも現在オメガには槍という物が無い、今までの主な仕事内容が、ターゲットの抹殺といった人を殺すのが目的のものが多かった。


 さらには戦闘経験はほとんど戦争でのものが多い、元々人数の少ないオメガはまさしく少数精鋭、敵を倒す戦いには慣れていても、誰かを守る戦いには慣れていない。

 オメガのメンバー達は今回の依頼に余り乗り気では無い様だ。


「リーダー、むちゃくちゃだぜ、いままでの仕事内容とは毛色が違いすぎる、俺達に護衛なんて無茶だ!」


 イデアルの言う事はもっともだ。


(出来る訳がない……)


 ベルも口には出さないがイデアルと同意見、他の者達も同じ気持ちだろう。


「驚くのも無理はない、だが話をよく聞いてほしい、我々が向かうのは争いの場の付近にある村だ、戦争の被害地域では無い、それなら4日でも十分準備できる筈だ」


(成程な、それなら4日という無理な準備期間も納得できるが……)


「だったら私たちは必要ないんじゃないの? わざわざ高額な金額で私たちを雇う理由が無いわ」


 盲目の少女であるナーファが言う。

 他の者も頷く。


「他国の事にどうこう言うつもりはないんだがな、今回の戦争ノースク側は敗北を認めアーファルスの軍門に下るらしい」

「それって・・・」

「ああ、今回の戦争はノースク国王が自らその首を差し出す事で収めようとしているらしい」


 国に王は一人だけ。

 どちらか負けた方の王は王ではなくなる、王ではなくなったからと言って次の日から平民になるわけでもない。

 所謂戦勝国は戦敗国の国民にこれからこの国我々のものだとみせしめる為、戦敗国の国王を処刑する。


「それをあいつは……ガーネアは知っているのか!?」


 いつの間にか戻って来ていたイデアルがガンデスに掴み掛らんとする勢いで詰め寄る。

「おい、落ち着け」「冷静になりなさい」とゼノとリリーに宥められながらガンデスと距離を離される。

 ガンデスも納得していない様で口を紡ぐ。


「ベル、お前は納得しているのか?」

「いきなりだな、まあ余り納得していないが、俺達がノースクの事に口を出す権利は無いだろう?」

「でも……自分の親の事も知らされずにガーネアは……」


 そのままふらふらと出て行ってしまうイデアル。


(やっちまったか?)


 ベルは他の者達の方へ向く。

 「仕方ないさ、余り気に留めるな」と、ガンデスに励まされる。

 でも、とガンデスが続ける。


「今回はイデアルは無理だろうなぁ」


 仕方ないといった表情でガンデスが言う。


「今回は任務はいつもとは違う護衛が目的のものになる、今までとは大いに勝手が違うだろう、そこで改めて各自の能力の把握をしておこうと思う」


 『まずは初めに俺からだな』そういってガンデスが自身の能力について説明を始める。


「俺の能力は一言で言うなら不死身だ。首と胴体さえ物理的に離されなければ死なないし、腕を切り離されても物理的に繋げれば直る」


 次に先程出て行った大男のイデアルの能力をガンデスが代わりに説明する。


「あいつの能力は氷、水では無く氷だ。普通なら光に並ぶ上位魔法という評価も受けていいはずなんだが、結果奴の能力は国から恐れられ異端者扱いされ、遂には国から追い出された」

「成程ね、だからここに……」

「ああ」


 ナーファが納得したように頷く。

 『ついでに私の能力も言うわね』とナーファが続けて話し出す。


「私の能力はなんて言ったらいいんだろう……皆知ってると思うけど、私目が見えないの。その代わりの能力と言うか、私は空間把握って呼んでるわ」


 空間把握。

 最早四大元素とはかけ離れた能力は、目が見えないナーファでも不自由なく暮らせる程、周りに何がどこにあるのかを把握できる能力。

 更にはやろうと思えば10キロ先まで能力の範囲を広げられる。

 その分デメリットも大きい。


「じゃあ次は私ね」


 そう言ったのは、もう一人の長身の女性、リリー。


「私の能力は肉体強化、ナーファと一緒で四大元素とはかけ離れているわね」


 そう言ってナーファに笑いかける。


「じゃあま、次は俺かな?」


 メガネをかけた男、ゼノが言う。


「俺の能力は高速で物を飛ばす能力だよ」

「それ何回も聞いたけど、いまだに全貌が掴めない能力だな」

「まあそれはお楽しみってことで!」


 思わずツッコミを入れるベルをいなして、「最後はお前だぞ」とベルの能力の説明について促される。


「まあさっきの兵士達からも言われたが俺の能力は『闇』だな。剣や盾みたいに物質化したり、影から影に移動したりとかなり便利な能力なんだが、使う度に精神がおかしくなって、能力と付き合いの長い俺でさえ連続で使用するとまともな判断が出来なくなる。」

「もろ刃の剣って所か……」

「使いどころは考えないとね……」


 ゼノとリリーが感心したように頷く。


「ああ、後、当然なんだが影から影へ移動するのは昼より夜の方が使いやすいな」

「まあ確かに、昼より夜の方が影の範囲は広いしな」


 各々が能力の説明を終えて、


「よし、改めて各自の能力は把握できたな? これから配置等を決めようと思う。」


 ガンデスがテキパキと任務の予定を組み立てていく。

 護衛任務まで後4日、出来るだけの事はしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る