第74話 シールドとブースト

 自宅に戻った日の午後。

 僕は中庭で深呼吸をした。

 久しぶりの我が家だ。

 やっぱり自分の家が一番落ち着くな。

 さて。

 ようやく時間ができた。

 今まで怠惰病治療で時間が全然取れなかったし。

 これからしようとしていること。

 それは二つある。

 今の僕ならできるだろうと思う。

 なぜなら両方とも確かに存在していたものだからだ。


 まず一つ目。

 『身体能力向上魔法』だ。

 これは怠惰病の前兆として、姉さんが見せた魔法のこと。

 あれは無意識の内に発動した魔法だと僕は思っている。

 過剰な魔力供給により、身体能力が向上し、大人顔負けの身体能力を見せた。

 しかしあれは過剰に魔力を使いすぎて、反動として魔力が枯渇して怠惰になり、その症状が継続し怠惰病となった。

 あれは魔力のコントロールができていなかったために起きた症状だ。

 僕は魔力操作にかけては自信がある。

 二年ほど前まで、僕は自身の体内魔力の感知しかしていなかった。

 体内の魔力の脈動は感じていたが、その操作に関してはあまり詳しくなかったのだと今なら思う。

 怠惰病治療のために魔物、トラウト、人間の魔力に干渉し続け、供給、調整が可能になった。

 そのおかげで魔力を強く感じることができ、そして深い理解を得た。

 言葉で言い表すのは難しいが、エネルギーの流れのようなものを認識できている。

 そのため魔力を練る早さ、効率性も上がっている。

 更に赫夜の影響、エインツヴェルフに噛まれた時の影響から魔力は百倍近くになっている。

 今ならば『意識的に身体能力を向上できる』はずだ。


 僕は意識を集中する。

 通常、魔法を使う時は帯魔状態になり、身体中に魔力を帯びさせるか、集魔状態に移行してから魔力を用いて魔法を使う。

 これを体外魔法とすると、身体能力向上は体内魔法。

 体内魔法に関しては帯魔状態にも移行しない。

 何もしていない状態では魔力が体内に循環している。

 この状態の魔力をまず認識する。

 魔力の流れ。これを感じ取るのはかなり繊細な感覚が必要だ。

 しかし今の僕には容易かった。

 他人の魔力の脈動を感じ、魔力を注ぎ、循環させてきた僕には、自分の魔力操作なんて簡単なことだった。

 心臓付近から湧き出る魔力は頭部に向かい、そして下部へと向かう。

 全身を巡り続け、そしてその後に体外へと溢れる。

 その人の持つ総魔力量により、体外へ溢れる魔力量は増減する。

 視覚的に魔力を認識できるようにすると、身体の回り一メートル近くまでオーラが現れていた。

 これが今の僕の持つ魔力量。

 魔力はほんのり赤く染まっている。

 以前はこんな色はなく、白っぽかったけど。

 とりあえず初めて見よう。


 体内を巡る魔力の奔流を意識的に操作して、体外に出るはずの魔力をあえて体内へ残し、そのまま循環させる。

 身体中を巡った魔力は肉体へ影響を与える。

 一瞬にして身体中に力が溢れる。

 見た目は変わらない。

 けれど確かに感じる力の気配。

 僕は不意に跳躍した。


「ふっ!」


 真上に飛んだだけで軽く二メートルは飛んだ。

 ジャンプには及ばないが、これはただの身体能力向上魔法。

 やっぱりできた。

 確信は持っていたけど、やってみないとわからない部分もあったし、少し不安だったけど。

 できてよかった。

 この魔法、名づけるならば『ブースト』だろうか。

 ジャンプのような一時的な運動を補助するような魔法とは違う。

 これは僕の身体を全体的に強化する魔法なのだ。

 僕は魔力を循環させつつ、身体を動かしてみた。

 通常時、百メートル程度を走ると、13秒程度。

 ブースト発動時には7秒程度。

 通常時、走り幅跳びをすると、4メートルくらい。

 ブースト発動時には8メートル程度。

 ほかにも色々としてみたけど、大体普段の倍くらいの記録が出た。

 単純に身体能力が倍になったというわけじゃないだろうが。

 魔法使いであり、剣の類が使えない僕にとってはこれほど助かる魔法はない。

 ブーストはこれから重宝する魔法になるだろう。


 さて、このブーストだけでもかなり有用な魔法だけど。

 もう一つ、考えているものがある。

 これは厳密には魔法とは違うかもしれない。

 分類するならば、フレア、ボルトのように自分の意志で使う魔法を『意識魔法』。

 それぞれの条件で勝手に発動する魔法を『無意識魔法』という感じかな。

 前者はゲームではアクティブ、後者をパッシブと呼んだりする。

 さて僕が今から試すのは無意識魔法の方だ。

 そしてこの無意識魔法は、僕が意識するまでもなくすでに使われているというものだ。

 つまり今の何もしない状態でも発動している。

 それは何か。

 僕は中庭から出て近くの森に移動した。

 そこで細目の木を見つけると、目の前に立つ。

 そして腰を落として、殴りつけた。

 ドッという鈍い音と共に、樹木はほんの少しだけ揺れる。

 拳から伝わる重い感覚。

 かなりの強さで殴った。

 だというのに、痛みはなくただ刺激だけが伝わった。

 感触はある。しかし痛覚は刺激されないし、怪我もない。

 あくまで僕が痛みを感じる刺激のことで、触覚全体の事ではない。


「やっぱり……そうだったんだ」


 さて、この現象のことを僕はある程度、想定していた。

 エインツヴェルフのことを思い出してみる。

 あいつは父さんやグラストさんの攻撃を受けても、怪我一つ負わなかった。

 しかし僕を噛んだ後、エインツヴェルフの体内を巡る魔力は乱れ、明らかにおかしな状態だった。

 その状態で父さん達の攻撃を受けた時、相当な硬さはあったが、初回の時とは違い、何とか腕を寸断できた。

 僕は父さん達の力の賜物だと思っていたが、父さん達は「柔らかくなっていた」と話していた。

 ここで僕はピンときたのだ。

 奴が纏っていた魔力が防御の役割を担っていたのではないかと。

 僕は子供の頃、エッテントラウトから魔力の存在を発見し、そして集魔によって手に魔力を宿らせたことがあった。

 初めての体験で興奮してしまった僕は、思わず魔力が宿った拳で壁を殴ってしまう。

 あの時、痛みはあまりなかった。

 思いっきり殴ったけど、子供だしなんて思っていたが、今思えば『集魔状態で殴ったから』だと思う。

 僕はその時の経験から、魔力自体にそんな力はないと思ったため『集魔状態で何かを攻撃する』ということを二度としなかった。

 だがそれは正しいが、集魔自体に力がないわけではなかったのだ。

 強い魔力は衝撃を吸収する。

 つまり『シールド』として本人を守る鎧となる。

 普段、帯魔状態では魔力が少ないし、大して意味はない。

 魔力が少ない状態では集魔しても効果は薄い。

 子供が本気で殴った力なんて大したことはないが、それでも集魔では痛みを感じる。

 しかし今の僕の魔力量であれば『帯魔状態でも相当な衝撃吸収力になる』ということだ。

 それが無意識魔法としてのシールドになる。

 ちなみにこのシールド、別の効果もある。

 それが『自然治癒能力』である。


 魔力は生命エネルギーのようなものだと僕は考えている。

 そしてその生命エネルギーの枯渇が怠惰病であり、充満が身体の快調である。

 自然エネルギーとしての魔力が体内へ多く巡れば、自然に身体の能力が上がる。

 つまり治癒能力。

 何度か、あえて魔力量を抑えた状態にしてシールドを解除したまま、軽く手を傷つけて、観察してみたけど間違いない。

 軽い傷ならば数分で完全に治癒される。

 これが骨折の治った原因のようだった。

 さてシールドに関してだが、これは体外放出、つまり大気魔法にも該当するかという疑問が出てくる。

 答えは否である。

 すでに魔力の塊を放出してみたが、それ自体が何かしらのクッションになったり衝撃を吸収したりはしない。

 あくまで『自然に放出した魔力が体外に溢れている場合』か『部分的に魔力を身体に集めた状態』でなければシールドは発動しない。

 恐らくこれは魔力の特性として『身体に密着しなければシールドとしての特性を発揮しない』のだろう。

 ただし密着した状態でもシールドと大気魔法としての特性は共生する。

 肌に触れていればシールドの特性があり、離れればその特性は失われるということ。

 さてこのシールドは防御としての役目以外もある。


 僕は右手、拳に集魔する。

 二年前には魔力量90までだったけど、今は『魔力量1万』まで集魔が可能。

 それはかなりの威力を内包しているため、魔法を使うのは危険だ。

 一応、抑えて1000程度の魔力を集めることにした。

 そして今度は『ブーストを使いつつシールドを発動した』。

 僕は魔力を集めた拳を繰り出す。

 さっきよりも明らかに威力が増した一撃。

 ズガンという音と共に、木が揺れた。

 無数の葉がひらひらと舞う。

 痛みは微塵もなかった。


「……さすがに折れないか」


 しかし、殴った場所は衝撃で削れていた。

 普通に殴ってこうはならない。

 相当な威力はあったようだ。

 素手で簡単に魔物を倒したりはできないと思うけど、けん制手段にはなる。

 魔法を生かす一つの手段としては上々だ。

 さて実験は思った以上の成果を上げた。


「うへへっ、これは楽しそうな魔法だね。空を飛べるのも近いかも!」


 なんてことを漏らしながら、僕は帰路についた。

 まだ魔法には可能性が秘められているらしい。

 王都へ行けば、また進展があるのだろうか。

 それともそんな暇もなく日々に忙殺されてしまうのか。

 不安と期待、そして寂しさを感じつつ、僕は家に戻った。

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