第19話 初めての魔法

 実験は始まった。

 かなり無茶な実験だった。

 渋る父さんを説得し、実験に付き合ってもらうことにした。

 というか僕とマリーでするのは許可されなかったからだ。

 それは僕としてもありがたい。

 やはり父さんがいる方が心置きなく実験ができるからだ。


「本当にやるんだな、シオン」


 頬を引きつらせながらも、父さんは僕の隣に佇んでいた。

 僕は上半身裸だ。

 そうしないと危険だからね。


「もちろんだよ、父さん。こうなったらとことん付き合ってよね!」

「くっ! 我が息子のキラキラした顔を見ては、断れん。

 いいだろう。どこまでも付き合ってやる! さあ、来い!」


 遠くの方で姉さんが素振りをしている。

 今日はこちらに加わる気はないようだ。

 まあ、どちらかと言えば、姉さんは別に付き合ってもいいよ、って感じだったからな。

 父さんは結構ノリノリだけど。

 それに最近は姉さんは剣の稽古をしている時間が多い気がする。

 ゴブリンとの戦いを気にしているんだろうか。

 魔物と対峙して怖かっただろうし。

 姉さんは表には出さないし、何も言わないけれど。

 心配だけど、僕はいつも通りに振る舞った。

 僕が魔法がないことで悩んでいた時、姉さんも同じようにしてくれたからだ。

 もし、姉さんが何か思い悩み、苦しんでいたら、その時は手助けするつもりだ。

 黙々と剣を振る、姉さんの横顔を見て、僕はそう決意していた。

 僕は焚火を前に、魔力を右手に集める。

 集魔した魔力と火の反応実験だ。

 ただし条件を少しずつ変えて実験をする。

 集魔量の増減での変化、火の強さの違いによる変化、火ではなく高熱に対する反応など。 

 色々な条件を変えて、結果を記録する。

 地味な作業だが必要なことだ。


「行くよ! 父さん!」

「いつでもいいぞ!」 


 僕は魔力を火に接触させる。 

 途端に、火が燃え移る。


「熱いいぃぃっ!」

「どっこいしょ!」 


 父さんが桶に入った水をぶっかけてくれた。

 火は消える。


「あ、熱い! 温度は変化なし! 煙は黒めの灰色。炎の色は青。火の量をもっと増やして!」

「よし、薪を増やすぞ! ……準備できたぞ!」

「うん! 行くよ!」

「いつでも来い!」


 僕は手に魔力を集める。

 火に魔力を与える。

 燃え移る。


「熱いよおぉおぉぉっ!」

「はいよっ!」


 バサッと水が降りかかる。

 火は消えた。


「お、温度に変化なし。というかわかんない! 煙も炎も色も変化なし!

 次は魔力量を減らしてからやってみる」

「よし、来い!」


 魔力量を少なくして、火に触れた。

 同じように瞬時に燃え移る。

 熱い。けど火の勢いは弱いようだった。


「あっついぃっ!」

「どりゃああぃっ!」


 手馴れてきた父さんは、滑らかな所作で桶に入れた水を僕にかける。

 手に火傷を負うほどではない。

 かなり一瞬だし、魔力の炎は実際の火よりも熱くないからだ。

 でも我ながら無茶な実験だ。


「お、温度変化はわからない! 煙、炎の色には若干の変化あり。

 火の量は少なかった。魔力量によって、燃え移る火力は変わる!

 つ、次は――」


 なんてことを続けた。

 その日から、毎日のように続ける。

 父さんがいない日は火属性魔法の研究は危険なのでやめて、魔力の鍛錬に時間を使うようにしている。

 それから一ヶ月。

 わかったことは幾つかあった。


 一つ。集魔した魔力放出量によって燃え移る火の量は変わる。

 魔力が多ければ多いほど、手にとどめる火の強さが決まる。魔法のイメージとこの部分は同じだ。

 魔力消費量に伴って、強力な魔法が使えるからだ。


 二つ。色々な燃焼を試してみたけど、火以外でも反応した。

 高温であれば一応は着火するらしい。


 三つ。帯魔状態で触れても、普通に燃え移るだけ。

 これは当然だが、帯魔状態だと、普通に人体に火が燃え移るような反応だった。

 火の色も赤いまま。つまり普通に燃えた。


 四つ。これは集魔に関係することでもあるけど、手袋のように身体の一部を覆っている状態で、集魔をしても、魔力は衣服を通して体外に放出される。

 そしてその状態で火に触れさせると、同様に火が燃え移り、手袋が燃える。


 以上の四つをまとめると。

 魔力量によって火力を調整できるが、身体に燃え移るので実用性はなく、危険。

 そして魔力は、どうやら可燃物質のような役割をしているということが分かった。

 ただこれは一つの性質でしかなく、それがすべてではないはずだ。

 魔力の反応によって、様々な変化があるし、他の現象に対しても実験をしようと考えてもいる。

 一ヶ月、色々と試したが、これ以上の成果は得られないと判断した。

 そして今、居間に至る。

 テーブルにつき、僕と父さん、姉さんは話し合いを始めていた。


「シオン、この実験、中々に有意義だったと思うが、どうも先に進んでいる気がしない。

 魔法とは火などを生み出すものだと言っていたな。

 生み出すという段階は難しいことはわかる。そこで私達は火を扱うという目的を定めている。

 その上で発言するが、このままではそれも難しそうだ。

 ただ魔力に火が燃え移っているだけだからな。

 多少の調整はできるが、そこで留まっては意味がない」

「そうだね。父さんの言う通りだと思う。

 初期段階としては、炎を手のひら、あるいは手自体に宿らせて、それを別の標的に向けて放出するか、飛ばしたいんだ。

 でもそこまでは行きそうにない」

「火を通さない手袋をはめることができればあるいは……しかし、そんなものは存在しない」


 完全な防火手袋なんてあるはずない。

 そんなものがあれば、この世界の消火活動は楽だろうけど。

 僕と父さんがどうしたものかと唸っていると姉さんが、おずおずと言い出した。


「ねえ、あれは? トラウトの光の玉。あれって魔力の玉だったんでしょ?

 だったらあれができれば手から離れた状態で火を移せるんじゃ」

「うん。それは僕も考えたんだけど、中々できなくて……」

「え? できるわよ?」


 姉さんは軽く言うと、手のひらを上に向ける。

 するとすぐに手のひらから小さな光の玉が浮かび、そのまま上空へ浮かぶと徐々に消えた。


「……へ? ど、どどど、どうしてできるの!?

 というかいつの間に、集魔までできるようになったの!?」

「シオンにやり方を聞いて、自分でやってみたらできたの。

 でもシオンほど魔力放出量だっけ? それは多くないみたいだけど」


 これが天才という奴か。

 僕は魔力鍛錬に時間を費やしたのに、姉さんは剣術の練習をしながら、片手間で集魔どころか、魔力の体外放出までできるようになっていたのだ。


「ど、どうやってるの?」

「普通に。手のひらから、出そうとして出してるわよ?

 でも結構調整が難しいのよね、これ」


 とか言いながら何個もぷかぷかと玉を浮かばせている。

 僕は一つもできないのに。

 無力感に苛まれつつも、僕は前向きに考えることにした。 

 人にもできるということが実証できたのだ。

 だったら僕にもできるはず。

 でも僕は一度も体外放出ができていない。

 姉さんは簡単にやっているけれど。

 手のひらから浮かぶ玉。ピンポン玉ほどのサイズ。

 そして集魔の状態を観察する。

 僕に比べるとかなり薄い魔力の膜が張っているだけだ。

 魔力放出量の差があるのはわかる。

 でも、それにしてもかなり光が弱いような。

 閃いた!

 僕は手のひらに魔力を集中させた。

 そして、意識を集中して、魔力を放出させようと、意志を込める。

 次の瞬間、野球のボールくらいの光の玉が浮かび上がると、そのまま上空へのぼり、消えた。


「あら、できたじゃない」

「できたのか? 私には見えないのが、歯がゆいな……しかしどうやったんだ?

 今までできなかったんだろう? それが突然できたのはなぜだ?」

「えーと、簡単に言うと体外放出する魔力量の調整がおかしかったんだと思う。

 一度の総魔力放出量が100として、今の僕の集魔は80くらいが限界。

 右手に集まった80の魔力を、僕はそのまま体外に放出しようとしたんだ。

 でも放出するには、手のひらに魔力を残さないといけなかったんだ。

 放出するという現象にはエネルギーが必要だし、手のひらに残った魔力があるから放出することができるからね」


 天井に付着した水分から水滴が落ちる状態を想像すればわかりやすいだろう。

 水分すべてが地面に落ちることはなく、幾分かの水分は天井に残る。

 それを強引にすべての水を落とそうとしても無理があったのだ。

 考えてみれば、集魔時に身体に何割かの魔力がどうしても残る理由にも繋がる気がする。

 身体に帯びた魔力をすべて吐き出すことはできず、そして吐き出すには、相応の魔力が必要になる。

 必然、放出には60程度の魔力しか込められないと言うことになる。

 かなり非効率的な気がするけど、今は気にしなくていいかな。


「早速外に行こう!」

「ああ、父さんも行こう!」

「はぁ……もう、二人して楽しそうで羨ましいわ」


 二人を伴い外へ。

 いつも通り焚火を準備してくれる父さん。

 僕も上半身を脱ぎ、桶に水を入れた。

 姉さんは少し離れた場所から見守っている。


「よし、準備できたぞ、シオン!」

「じゃあ、行くよ!」


 手を焚火に向ける。

 手のひらに集魔。

 そこから体外放出。

 手から離れた魔力が火に触れると、青い焔を放ち始める。

 その状態のまま上空へ浮かび、そして途中で消えた。


「お、おお」

「おおおおおおおっ! 浮かんだぞ、シオン!」


 喜びから、笑顔になる僕と父さん。

 姉さんも、呆れたように笑いながらも拍手してくれた。

 ついに。

 できた。

 これが魔法だ!

 え? しょぼい?

 いいんだよ。まだ試作段階なんだから。

 ここに試作魔法第一弾ができたのだ。

 僕が知っている魔法に比べればお粗末なものだ。

 だって火がただ浮いて消えるだけだから。

 でもこれを僕が考え、見つけ、生み出したということが重要だ。

 この世界には魔法がない。

 それを僕が見つけたのだ。

 そして何よりも嬉しいこと。

 魔法が使えたということ。

 それが嬉しくてしょうがなく、僕は思わず涙を流した。


「ううっ、ま、魔法が使えた、魔法が……うへ、うへへへっ、へへっ」

「おお! いつもの気持ち悪い笑顔が出たぞ、マリー!」

「ふふふ、よかったわね。シオン」


 二人が祝福してくれた。

 それが嬉しかったけど、僕にはまだやりたいことが残っていた。

 涙をぬぐうと、ポケットからあるものを取り出した。


「それは……携帯型の火打石か?」


 そうこれは片手で使える火打石だ。

 小さなピンセットのような形をしており、先っぽには火打石が固定されている。

 かなり小さく、火花も小さい。

 大きめの火打石の方が火がつきやすいため、家ではそっちを使っている。


「ちょっと、見てて」


 僕は正面に手を差し出す。

 その手には火打石を握っている。

 そのまま魔力を集めて、体外放出する瞬間に火打石を叩いた。

 瞬間、生まれた火花が魔力の中で弾かれ、炎となって燃え上がった。

 その火の塊はそのまま僅かに浮かび、消える。


「い、今のは!? シオン、今のは正に魔法だったんじゃないか!?」

「す、すごいじゃない! そんな使い方があるなんて思わなかったわ!」


 僕はしたり顔になり、後頭部を掻いた。

 二人とも嬉しそうに笑い、自分のことのように喜んでくれた。

 僕はずっと考えていた。

 火を起こして、それを魔力に移す。

 それではただ別の可燃物に火をつけているだけだ。

 魔法というにはお粗末ではあるという自覚はあった。

 だから次の段階を事前に考えていた。

 それも体外放出ができてからのことだと思っていたので、これほど早く実現できるとは思わなかったけど。

 とにかく。

 僕は実現できたのだ。

 試作魔法の実現を。その応用まで進めた。

 まだまだ改良の余地はある。

 だってまだ、ただ火の玉が浮かぶだけだ。

 イメージ的には、まっすぐ対象に向かう感じ。

 それが実現するまではまだまだ時間がかかりそうだ。

 でも、確かに僕は魔法を使った。

 三十年以上、思い焦がれていた魔法が使えたのだ。

 これが現実なのかという不安を抱くほどに、僕はふわふわした心境だった。


「えへ、うっへっへ、魔法使えた。やった。できた。僕、できた」

「……嬉しさのあまり、シオンがいつも以上に気持ち悪い笑みを浮かべているわね。

 その上、言語能力が著しく落ちちゃってる……」

「よっぽど、嬉しかったんだろう。今はそっとしておこう」

「え、ええ、そうね」


 二人の生暖かい視線を受けつつも、僕は幸福に満たされていた。

 ああ、ありがとう異世界。

 魔法を僕に与えてくれたありがとう。

 これからも頑張って、魔法学を開拓していくから。

 もっともっと魔法を使えるように頑張ろう。

 改めて、そう決意した。

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