第46話 テレホスフィア

 アーガイルさんの店に到着した俺達は、技巧武器の修理をしてもらっていた。

 ニースと結城さん、朱夏はここにいない。

 暇にゃ! とニースが駄々をこね始めたので朱夏に任せた。

 結城さんもここぞとばかりについて行った。

 俺の隣には莉依ちゃんが、椅子にちょこんと座っている。

 俺も店に備え付けられている椅子に座りながらアーガイルさんと話していた。

 最初に比べると、幾分か親しくなっている。

 ちなみに彼の店の名前は『アーガイルの店』である。

 まんまだ。


「――なるほど……そんなことが」


 俺はアーガイルさんに事情を話していた。

 彼は思いの外、反応が薄い。


「実は、街でも噂になってましてね……小耳に挟んではいました。

 ドラゴンの咆哮が聞こえた、とか……影を見たとか……」

「ご存じだったんですね」

「ええ、まあ。それに、どちらにしても……私はこの街を離れるつもりはないので。

 生まれ育った街ですし……工場も移動は無理、なので……。

 ここ以外で生きる気もないですし……」

「ですが、危険では」

「でしょうね……ですが、元々そのつもりだったので……。

 それに、もしもドラゴンが街を襲い、私が生きていれば……また復興すればいい」


 アーガイルさんの言葉には確固たる決意が滲んでいた。

 場所への執着と愛着。

 もちろん、その気持ちは多少わかってはいた。

 だが、命を投げ打ってまでそうする気持ちがわからない。

 考えてみれば、そういう人の話は聞いたことがある。

 現代に生きる俺達に、執着心が薄いだけなのだろうか。

 現地人に比べて異世界人である俺達は能力が高い。

 俺達が助力すれば討伐の成功率は上がるだろう。

 それは驕りじゃなく、事実として理解している。

 ランクの上昇、皇国軍や傭兵達のレベル、魔物との戦い。

 それらを加味すれば、疑いの余地はなかった。


 バルバトスの団長であるシュルテンだけが俺達以上のレベルだった。

 他の人間は俺達とは倍近くレベル差がある。

 それがどういうことなのか、今の俺は痛い程、理解している。

 ……俺は死んでも生き返る。

 どれだけ異常でどれだけ特殊か。

 そしてそれが戦いにおいて、どれだけ有利な力なのか。

 生物には一度の命しか与えられていない。なのに俺には無数にあるのだ。


「はい、できました」


 技巧武器を修理してくれたアーガイルさんは、満足そうに言った。

 見た目でわかるくらいに、手入れが行き届いている。

 技巧武器は便利だし強力だが、手入れを怠れば使えなくなる。

 それはどんな道具でも一緒だ。

 一つ、気になるのは旅に出た際、技巧武器の手入れをどうするかだ。

 事前にアーガイルさんには相談していたが。


「そうでした……技巧武器の……手入れ品を作っておきました……。

 それぞれ、後で説明しますね……旅ではこの街に戻って来ることも難しいでしょうし」

「おお、ありがとうございます。助かります。

 あと、最後の支払いを」


 俺は革袋から白金貨を取り出し、アーガイルさんに渡した。

 結局素材代だけでは気が引けるということで、技巧武器一個につき白金貨五枚を支払った。

 修理もしてもらったし、これからもお世話になるだろうからな。

 アーガイルさんは円貨を受け取ると、心底嬉しそうに笑った。

 ただ、その笑みはちょっと怖い。


「あ、ありがとうございます……。

 トーラさん達のおかげで当面の家賃や生活費は問題なくなりました」

「いえいえ、こちらもお世話になってますからね」

「あなたは本当にいい人です……私にも普通に接してくれ、その上、代金もこうして……」

「た、大したことじゃないですよ」


 顔を近づけられると怖いのでやめてほしい。

 アーガイルさんは良い人だ。

 けど、やっぱり顔が、ね。

 怖いというか不吉というか。

 申し訳ないけど、そう思ってしまう俺がいる。

 隣で莉依ちゃんが苦笑していた。


「けれど、私達の代金は支払ったし、これからはどうするんですか?

 確か、技巧武器は……『私達以外で使える人はほとんどいなかった』んですよね?」


 莉依ちゃんの的確な質問に、アーガイルさんは答えに窮していた。

 そうなのだ。

 ここ二ヶ月、アーガイルさんに俺達の支払いだけだと生活できないだろう、と進言した。

 そこで客層を広げようと、色々な手を打って人を集めたのだ。

 しかし、客達は技巧武器は扱えなかった。

 当然、対象は魔力を持っていない人達だ。

 だが技巧武器は俺達以外には使えなかったのだ。

 もしかしたら異世界人だけにしか使えないような構造をしているのかもしれない。

 アーガイルさんは技巧武器作成にあたって、試用はしていなかったようだ。

 彼には魔力があって使えなかったからだ。

 普通は魔力がない人を相手に試すものだが、どうやら俺達が実験第一号だったようだ。

 ……もし失敗して暴発したりしていたらどうするつもりだったんだ、この人。

 結果、上手くいったからいいけど。


「え、ええ。残念ですが……技巧品も売れない、技巧武器もあなた達しか使えない……。

 ど、どどどうしましょう? 考えてみれば、まずいですよね……」


 考えてなかったのかよ。

 アーガイルさんは唸っていたが、やがて何か思いついたように声を上げた。


「あの、開発費を出してもらえませんか……?」

「開発費?」

「え、ええ。技巧武器はあなた達しか使えない……。

 なので、あなた達しかお客様がいません……。

 しかし、私には他に売れるような……商品を作れそうにない……。

 そこで、技巧武器の開発費を出して頂けないかと、思いまして……」

「具体的に、どういう内容になるんです?」

「……武器の性能の向上が主になります……。

 素材費などを出していただければ……新たな武器や道具を作ってもいいです。

 もし、素材を頂ければ、それを元に何か作れるかも、しれません」


 なるほど、技巧武器をパワーアップできるわけか。

 現在の性能でもかなり強力だと思ったが、それ以上になる、となれば助かる。

 しかし、先ほどの会話でもあったが、俺達はこの街に留まるとは限らない。


「この街を離れている場合はどうすれば?」

「え、遠方での連絡はこれを」


 アーガイルさんから渡されたのは、青い球。

 ビー玉のようにみえるが、中はキラキラと輝いている。


「これは?」

「『テレホスフィア』です……改良中ですが、相手の位置がわかります。

 場所は、その装置で……特殊な魔力操作が必要なので……扱えるのは私だけですけど」


 アーガイルさんは巨大な水晶玉のような物体を指差した。

 見ると、中に大陸地図のような絵が浮かんでいる。


 グリュシュナ大陸は『ノの字』をしている。

 簡単な位置は以下の通り。

 大陸の北西にレイラシャ帝国。

 北東にトッテルミシュア合国。

 南西にケセル王国。

 東にオーガス勇国。

 南東にエシュト皇国があるという感じだ。


 さすがに地理の詳細はわからないだろうが、街や都市の位置は判明している。

 水晶玉内の地図で、俺達の位置を知るくらいならできるだろう。

 莉依ちゃんにも渡してみた。

 彼女は興味深そうに玉を見ていたが、ちらっと俺を見る。


「GPSみたいな感じでしょうか?」

「多分、そうだね」


 しかし、器用な人だな、この人。

 頼めば色々作ってくれるんじゃないだろうか。


「テレホスフィアは持っているだけで場所がわかります……。

 街にいる間に依頼をしてもらうか、手紙か何かで連絡を頂ければ開発を始めます……。

 完成しましたら、こちらからテレホスフィアに干渉します……。

 スフィアが光りますので、それを目安に……連絡をください。

 送るか、あなたが来るまで取り置くか決めますので……。

 それと支払いは前払いでも後払いでも大丈夫です……」

「あの、それだと、商品が出来ても支払いができない状態になるかもしれませんが」

「構いません……私はトーラさん達を信頼していますので……。

 注文を頂いたら、必ず支払ってくれると信じてます……」


 ここまで淀みなく言われては何も言えない。

 もちろん、踏み倒す気なんてさらさらないけれど。

 とは言っても、今のところ技巧武器に不満はない。

 別の何かの開発を頼んでみようか。

 何がいいか……。

 不便さを感じている部分は。


「わかりました。それじゃ、このテレホスフィアの改良からお願いできますか?」

「スフィアの……ですか……?」

「ええ、今のままだと連絡がつくまで時間がかかります。

 時間差がある分、かなり不便です。もちろんこれだけでもすごいんですけど……。

 なので、通話ができるように改良、とかできます?

 文字を送れるようにする、でもいいですが。

 要はある程度の意思の疎通ができるようになればいいです」


 かなり無茶なことを言っている自覚はあった。

 しかし、それが可能になれば、この世界での携帯電話ができることになる。

 俺の依頼に、アーガイルさんは思案顔だ。


「なるほど……やってみましょう。ただ開発費は頂きますが」

「もちろん、支払います」

「では……白金貨十枚になります……試行錯誤でかなり費用がかさむと思うので」


 グリュシュナで遠方への連絡が即座にできるようになるのならば、安いものだ。

 俺は逡巡なく料金を支払った。


「確かに頂きました……新たな商品なので……どれくらいでできるかわかりませんが。

 それに恐らく、話や連絡ができても、現在の機能を拡張する感じなので……。

 私としかできないと思います」

「構いません。重要なのは、遠くからでも連絡がとれることなので」

「わかりました……必ず開発してみせましょう」

「お願いします」


 頼もしい言葉を受け、俺は思わず手を差し出していた。

 アーガイルさんは俺の手を凝視する。

 数秒の間隔の後、思い当たったらしく握手してくれた。

 手からは何か熱い思いが伝わった気がした。

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