第38話 どっちなの?

「――着いたよ」


 俺達は二階建ての家屋を見上げた。

 目の前の『商人ギルド』は千坪近くありそうだった。

 一言で表現すれば、めっちゃでかい。

 商人らしき人達が行き交っている。

 中には大量に商品を積んだ馬車を数台移動させている商人もいた。


「魔物の素材換金は奥の方だよ」


 言いながら、辺見は商人ギルドの側面沿いに馬車を移動させる。

 通りは広く、四台程度ならば馬車が並べるほどの幅があった。

 どうやら商人ギルドはL字型らしく、しばらく進むと施設に突き当たる。

 そのまま道なりに行くと、多数の馬車の姿が見えた。

 並んでいる。順番待ちらしい。

 最後列に並ぶと、辺見が振り向く。


「僕達の番がくるまで結構、時間がかかると思う。

 悪いけど待ってて」

「いや、気にしないでくれ。というか、俺達の方が付き合って貰ってる感じだしさ」

「そうですよ。それに、新しい場所を見るのは楽しいですし」

「うんうん、楽しいね。むしろ、今も結構楽しんでるよ!」

「はにゃー……疲れたにゃ」


 おい、そこの猫。空気読め。

 ニースはぐったりとして、荷台の縁に体重を預けている。

 人間の姿でも猫は猫。ネコネ族はネコネ族。

 マイペースさは変わらないらしい。


「どれくらいかかるんだ?」

「多分、一時間くらい? いや、もう少しかかるかも」

「わたしはもうダメにゃ。待ってられないにゃ。お腹空いてきたにゃ」

「おい、街に入る前の、いや入ってからの元気はどこ行ったんだよ」


 ニースは俺を横目で見ると、

「そんな過去は忘れたにゃ」

 と、ぴしゃりと言った。


 確かにそろそろ昼時だし腹は減って来た。

 しかし辺見に任せきりってのは悪いだろ。


「うーん、困ったな。二手に分かれる?」

「……そうするか」


 問題はどういう風に分けるか、だが。


「わたしはご飯にゃ。ご飯食べたいにゃ」


 この猫、空気を読まない性格である。

 まあ、ここでやっぱり遠慮すると言われたら言われたで微妙な空気になりそうだけど。


「じゃあ、あたしも行こうかな。ニースさん一人じゃ、なんだし」 


 結城さんがおずおずと手を上げた。

 あ、なんかちょっと気まずそうにしてるぞ。

 これ、本心だと『あたしもお腹空いたし丁度いいや!』って考えてるな。

 小癪な! でも、俺もお腹空いているしわかるよ、気持ち!


「え、えと、私は」


 莉依ちゃんは困った様子でおろおろしている。

 わかってる。本当はお腹空いてるんだよね。

 休みたいんだよね。

 だって馬車で数時間移動したあげく、また一時間以上待たないといけないなんて辛いよね。


「莉依ちゃんも行って来たらどう? こっちは俺達に任せてさ」

「で、でも」

「辺見がいないと交換出来ないし、俺は一応、見ておきたいしさ。行ってきなよ」

「う、うーん……それじゃ、い、行こうかな」


 莉依ちゃんが申し訳なさそうに俺と辺見を見た。

 俺と辺見は苦笑しながら、大丈夫だからと返す。


「イエスッ! じゃあ、行くにゃ!」


 ニースは大げさに拳を高く振り上げた。

 おまえはもうちょっと遠慮しろ。


「じゃあ、ごめん。あたし達はちょっと街に行ってくるね」

「ああ、気にしないでくれ。ただ一時間程度たったら戻って来てくれよ。

 逸れたら合流するのが厄介だし、スマホとかもないからな」

「オケオッケ! んじゃ、またあとでね!」


 結城さんが元気に手を振り、ニースと共に馬車から降りた。

 莉依ちゃんも俺達を気にした風だったが、何度もお辞儀して結城さん達と共に離れて行った。

 俺と辺見は自嘲気味に笑い、順番を待ちつつ、ぽつぽつと雑談して過ごした。

 

   ●□●□


 恐らく、一時間程度が経過した。

 行列が少しずつ進み、ようやく俺達の番になった。

 俺は荷台から辺見の隣に移動している。

 近づいて気づいたが、この場所は換金専用の場所らしく、馬車数台が通れるように正面に通路が伸びている。

 真っ直ぐ進むと、施設の反対側に出るような構造だ。

 左右には受付と、対応する組合員が何人もいた。

 通路中央付近には様々な素材を受け取り、屋内に運搬している組合員が多く見られた。

 受付前に移動すると、女性の組合員が完璧な笑顔を見せた。


「いらっしゃいませ。こちらは魔物素材換金所です。ギルド会員証はお持ちですか?」


 辺見は懐からカードらしきものを取り出すと受付に渡した。


「……ランクFのヘンリー様ですね。ご愛顧ありがとうございます。

 本日の交易品はそちらの馬車一台分でよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」

「かしこまりました。

 それではお手数ですが正面に移動して一度、下車して頂けますでしょうか?」

「わかりました」


 辺見は馬車を真っ直ぐ移動させ、両手を振る組合員の手前で停車させる。

 俺達は馬車から降りて、荷台近くまで移動した。


「それじゃ査定させて頂きますわ。少しお待ちくだせぇ」


 無精ひげの組合員が他の組合員と共に、俺達の馬車から素材を運び始める。


「ランクなんてあるんだな」

「うん、ランクGからランクAまで。ランクに応じて大口の取引ができるよ」

「大口?」

「クエストギルドと協力して、等級の高い魔物の所在地を教えて貰ったり。

 あるいは討伐隊に推薦して貰ったり。

 高級品ほど、入手先を気にするからね。密漁や密輸入の可能性もあるから。

 信用性が大事なんだ。一見だと、大した情報は教えて貰えない。

 討伐を主とした傭兵との関わりもないから単独行動しかできない。

 そうなると等級の高い魔物を討伐するのは難しいからね」


 なるほど……ランクが高くなると色々と恩恵を受けられるらしい。

 こういうところもゲーム的な部分だな。


「いつも、辺見が一人でこれを?」

「うん。まあ、持って来たら全部やってくれるし楽だからね」

「結構、儲かるもんなのか? というか貨幣価値がわかんないんだけど」

「えーと、下から半銅、銅、半銀、銀、白銀、金、白金の順に貨幣があるんだ。

 全部、円貨だね。で、五国間で貨幣は別々。

 貨幣には各国の名称が入っている。

 エシュト皇国ならエシュト銅貨とかね。

 偽金は即座に処刑されるくらいに厳格化しているんだ。

 国や都市、地域によって貨幣の価値は変わるけど、金貨一枚で安宿一、二泊分くらいかな。

 仮に日本円に換算したとすれば、半銅はこの世界の一円。

 銅はその五倍。

 半銀は銅の二倍。

 銀は半銀の十倍。

 あとは白金まで全部十倍だね。かなり適当だけど」

「なるほど。こう聞いてもわからないな」

「あはは、だよね。貨幣価値なんて実際使わないと実感わかないもんだよ。

 白金は高価だから、あんまり所持している人は少ないね。

 持っていると裕福だと思われるから、あまり人に見せない方がいい。

 だから交換所とかでも白金じゃなくて金貨で貰うようにした方が得策だね」

「日本人はこういうの疎いからな……」

「海外に旅行しているみたいなもんだよ。どこの国でも自衛は必要だからね」

「辺見はそういう経験が?」

「まあね。一応、海外で暮らしてたし」

「……辺見は、その……帰りたいのか?」


 辺見は視線を組合員達に向けた。

 横顔が物憂げに見える。


「どう、かな。本音を言えば、あんまり帰りたいって気持ちはないかも」

「そう、か。じゃあ、このままネコネ族の集落にいるのか?

 俺達は三ヶ月後に集落を出ようと思ってるんだけど、よかったら辺見も行かないか?」

「結城さんと莉依ちゃんは行くんだ?」

「ああ。二人とも結構前向きだぞ」

「すごいな……」


 辺見は小さく呟くと、小さく笑う。

 その表情には自嘲を含んでいるように見えた。


「僕は、ほら大した能力じゃないし。諜報とか情報収集なら出来るけど、それだけだ。

 一緒に行けば足手まといになりそうだしさ。行きたい、という気持ちはあるけれど」

「そうは、思わないけどな。相手が一人ならスキルが使えるだろう?」

「まあ、そうだね。けど、誰でも操れるわけじゃないんだ。

 明らかに強そうな人は無理だしね。

 多分、君の言うレベルが関係しているんじゃないかな。

 だから……少し、考えさせてほしい、かな」

「ああ、それはもちろん大丈夫だ」


 そういえば、辺見のステータスを見てなかった。

 俺は辺見を凝視しアナライズする。



・名前:辺見朱夏


・LV:1,022

・HP:44,198/44,198

・MP:9,098/9,098

・ST:19,987/45,998


・STR:1,985

・VIT:1,224

・DEX:2,003

・AGI:1,998

・MND:999

・INT:3,055

・LUC:3,211


●アクティブスキル

 ・ダイブ

   …対象の意識と同化する。手動操作。

    同化具合を自分である程度定めることができる。

 ・マインドコントロール

   …対象の意識を操作する。いわば強烈な思い込み。自動操作。

    使用者の意識は同化しない。そのため対象は自律し行動する。

   

●パッシブスキル 

 ・チャーム

   …比較的、相手に好印象を与える。

    悪印象を持つ相手の態度を軟化させる場合もある。


●バッドステータス

 ・万象の転換

   …あらゆる面で変貌を遂げる。変わらぬものもある。二度と元には戻らない。



 ステータスはレベルにしては低め、か?

 アクティブスキルはわかるけど、バッドステータスのこれは一体。


「もしかして、ステータス見た?」

「え? あ、ああ、悪い。一言、聞くべきだったな」

「……構わないよ。自分じゃわからないからさ、ちょっと聞きたいこともあるし」


 問い返そうと思った時、組合員のおじさんがこっちに戻ってきた。


「査定終わりましたわ。全部でこれくらいになりますんで、確認してくれますかね」


 差し出された羊皮紙に、辺見は視線を滑らせた。

 すると小さく首肯する。


「これでお願いします」

「あいよ。それじゃ署名お願いしますわ」


 羽ペンを渡された辺見はさらさらと署名し、おじさんに返した。

 ちらっと紙面を見たが、日本語とは違った。

 英語っぽい、感じか?

 署名を確認したおじさんが革袋を辺見に渡した。

 中身を確認した辺見は、馬車に戻る。

 俺も倣って車上に乗ると、辺見は馬車を正面奥へと移動させ、屋外へ出た。


「読み書きできるんだな」

「少しだけね。結構簡単だよ」


 というか字自体初めて見たような。

 言葉は通じるが文字は別らしい。

 その内、覚えた方がいいかもしれない。

 迂回し、商人ギルド側面を沿い、入口へ戻った。

 辺見は近くの広場に移動し、管理者らしき人物に貨幣を払った。

 どうやら馬車を駐留させる場所らしい。


「ここでしばらく待とうか」


 辺見は整った顔を俺に向け、相好を崩す。

 男の癖に、女みたいな顔をしている。

 動揺まではしないが、時々、男なのか女なのか忘れてしまいそうになる。

 声も中性的だし。


「わかった。それでどれくらいだったんだ」

「んーと、白金六枚程度かな。普段よりかなり多いね。

 三日に一回程度、交換所に来るから、一日割りで白金二枚。

 継続できれば一ヶ月六十枚だね。君たちの取り分は金貨五枚分。

 その分は、一先ず僕が持ってていいかな?」

「ああ、頼むよ。それで残りはネコネ族全員の分け前になるんだよな?」

「うん、ネコネ族は資本主義じゃないからね。集落全員で一個と考えている。

 だからお金も物資もできるだけ平等に分ける。地位はあるけど貧富の差はないね」

「人間だと難しいだろうな……」

「そうだね。たった七人の異世界人の中でも、意見の相違はあったし。

 利己的な人もいたしね」


 俺達はなんとはなしに空を見上げる。

 青く澄みきっている。空気も同様だ。


「実は、聞きたいことがあったんだ」

「俺に? なんだ?」


 辺見は表情を変えない。

 しかし少しだけ緊張しているように見えた。


「何か、僕のステータス、おかしいところなかった?

 特に……多分、だけど、バッドステータス部分、とか」

「そ、そうだな。なんか万象の転換ってのがあるな。

 あらゆる面で変貌する、みたいな内容だけど」

「……やっぱり、そっか」


 辺見は悲しげに目を閉じた。

 おいおい、なにこいつ。

 何この美少年。

 美しすぎてイライラを通り越して溜息しか出ないんですけど?

 俺は辺見の横顔に見惚れていた。

 そして完璧な造形の唇を僅かに震わせる。


「実は、さ……」


 何を言う気だ?

 辺見は緩慢に首を動かし、俺をまっすぐに見つめる。

 長い睫毛が綺麗な瞳にかかっている。

 ショートカットの髪。ボーイッシュな女性に見えなくもない。

 線が細く、およそ男らしさを感じない。


 わかっている。

 男です。

 男なんですね。

 ええ、男に違いないのです。

 だって彼が自分で言ったんですよ、男だって。

 そして俺は同性愛者ではありません。

 確かに可愛い。いや、美人の部類だろう。男だけど。

 だが、性別の壁は越えられないんだな、これが。


「性別が替わっちゃったんだ」


 性別の壁……壁、ん?


 今、こいつなんて言ったんだ?

 俺は今一度言葉の意味を考えてみた。

 だが、意味が解らない。

 言葉の意味はわかるけど、言葉の本意がどこにあるのかわからない。

 ということで。

 聞いてみた。


「今、なんと?」

「僕、異世界に来てから性別が替わっちゃったんだ。

 多分、バッドステータスのせいで。

 見た目はそのままなんだけど……」


 複雑そうな感情を顔に出しながら、辺見は言った。

 そしてその言葉を受けて、俺は空を再び見上げた。

 そういうこともある、のか?

 おい、聖神、おい。

 ちょっと変態すぎんよぉ……。

 どっち?

 え? どっちに替わったの?

 男が女?

 女が男?

 辺見は自分が男だと名乗った。

 それはつまり元々男で、女になった?

 ん? でも、転移直後、莉依ちゃん達に男だと名乗ったと聞いている。

 そんな短い間に自分の性別が替わったなんて確認できるか?

 できるかもしれない。

 というかアレがあって、アレがなくなって。

 アレがアレしたらさすがに気づくのでは。

 いや、待て待て、何考えているんだ俺は。

 落ち着け。

 考えて見ろ、自分の性別が転換したら。

 不安だろう。

 むしろ楽しんじゃう! みたいな人だったらいいが。

 辺見はそういうタイプ……じゃないよね?

 ああ、もうわかんない、わけわかんないよ!


「あ、あの聞いてる?」

「あ、ああ。すまん、あまりに衝撃的過ぎて動揺してた」

「だ、だよね……ごめん」


 俯いてしまった。

 男にしては髪が長いので、頭を下げるとうなじが見える。

 男の色っぽさじゃないだろこれ。

 ってことは女……?

 いや、でも胸の膨らみはないような。

 ささやかな山の持ち主なのかもしれないじゃないか。

 むしろ俺は貧乳が好きだから、全然構わんよ……じゃねえよ!

 というか何を悩んでんの、俺。

 聞けばいいじゃないか。


「そ、それでどっちになったんだ?」

「え?」


 どうしたことか、すごい顔で見られた。

 それ聞く? みたいな、ちょっとイヤそうな感じだ。

 まじかよ、聞いちゃダメなのか、そこ。

 状況が特殊すぎて辺見の気持ちをくみ取れなかった。


「……し、信頼していないわけじゃないんだけど……その」


 気まずそうにしている辺見を見て、俺は踏み込んではいけない領域だと判断した。

 俺は咄嗟に口を開く。


「い、いやいいんだ。すまん」

「ご、ごめんね」


 自分に置き換えてみる。

 転移したら女だった。

 マジかよ、やっべえ、どうしよう。

 男性の象徴がどっか行っちゃった。

 胸まで膨らんで、何だか力も出ない。

 終わったよ、俺の男人生。

 でも女の子の人生楽しんじゃえばよくない?

 よくよくない?

 じゃあ、とりあえず馬鹿そうな男騙して。


 ――――はっ!?

 やばいやばい。

 なぜか男騙そうとして実は騙されて、大勢の男に囲まれて、なんやかんやあれやこれやで快楽堕ちするところまで想像してしまった。

 …………死にたい。

 うーん、自分が辺見と同じ立場ならあんまり話したくはないかもしれない。

 信頼できる人がいれば別だろうけど、他人ばっかりだったわけだし。

 莉依ちゃんになら……話したかもだけど、かなり勇気が必要だっただろう。

 そう考えると辺見も、俺に話すのは決意が必要だったかもしれない。

 軽々しく考えるのは辺見に失礼だよな。


「俺にできることがあるなら何でも言ってくれ。できる限りのことはするから」

「ごめん、ありがとう、助かるよ。

 なんだかさ、まだ心がついて行ってないんだ。

 開き直れればいいんだけど……ほら、やっぱり、ね」


 例えば俺が女になって、女の子たちと同じように生活できるか、と言えば難しいと思う。

 心は男なのだ。身体は女になってもそう簡単にいくものではない。

 辺見の心中はかなり複雑だろう。

 せっかく打ち明けてくれたんだ。

 困った時には手助けしてやりたい。


「何かあったら遠慮なく言ってくれ。

 辺見には恩があるし、それがなくても同じ世界の仲間だろ?

 困った時は、いや何でもいい。気軽に言って欲しい。

 俺に相談してくれた気持ちにも報いたいからな」


 辺見は一拍置いて、困ったように笑った。


「そういうこと言っちゃうんだね、君は」

「ん? ダメだったか?」

「ううん。何となくわかって来たよ。虎次君のことが、ね」


 名前を呼ばれて思わずドキッとした。

 こいつは男。男……男、じゃないかも。

 ああ、もう何なんだよ。

 チャームか? これは辺見のスキルのチャームなのか?

 別に名前を呼ばれるくらい大したことじゃない。

 そう思いながら、口を開く。


「……俺も朱夏でいいのか?」

「うん、いいよ。呼び捨ての方が、距離がない感じがするしね」


 朱夏は上目遣いで、俺を見上げる。

 この妖艶さたるや、筆舌に尽くしがたい。

 心頭滅却すれば火もまた涼し。煩悩退散。オンキリキリオンキリキリ。

 きぇぇぇぇぇいっ!

 よし落ち着いた。


「おまえ、わざとだろ」

「まあね」


 辺見はからかうようにケラケラと笑った。

 こいつ自分がどう見られている熟知してる。

 それが女でも男でも悪い意味でもいい意味でも。


「勘弁してくれ……」

「ごめんごめん。

 虎次君ってあんまり動揺しないからさ、からかいたくなっちゃうんだよね。

 いい人だから、怒らないし。そういうところいいなって思うよ?」


 くっ、こいつ男だと確信していたら殴ってやったところだ!

 しないけど! しないけどぉっ!


「ありがと」


 その呟きには気づかない振りをして、俺は小さく嘆息した。

 これくらいで気が紛れるなら、いいか。

 辺見の、今までの心労を考えれば大したことじゃない。

 ただ本心を言えば。

 どっちなのか気になってしょうがなかった。

 今日は寝られそうにないな、これは。

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