幻想の水葬

竜胆 秋紫

天花の泉

――いつから水が嫌いになったのだろう。


少年は薄れゆく意識の中で考えた。


思い出すのは幼い頃、友人に誘われて行った市民プールの記憶。


水底に足先も付かない少年は、手首を掴まれ更に深いところへと連れて行かれる。


足が付かないが故身体は安定せず、体制が崩れると顔を波が襲って来た。


息を吸おうと上を向く度、手を引かれ下を向く。


友人に告げようとも、口に、鼻に、これでもかと水が侵入しまともに話が出来ない。


プールサイドに伸ばす手も掴まれ、封じられている。


そこからどうしたのかは記憶に無い。


やっとの思いでプールから上がり、肩で息をしながら友人を睨みつけたことは覚えていた。


――二度と体験するものかと思っていたことが、今まさに起きている。


自宅の近所にある、パワースポットとしてそこそこ有名な神社の裏手。


神社主催で滝行体験なども行われている浅い泉。


この水を浴びれば立ち所に傷は癒え、飲めば不死になると言われる泉。


普段は浅く、うっかり落ちても何とも無い泉だったはずだ。


泉の際に立ち滝の落ちる様子を眺めていたその時、少年の背に小さな男の子が思い切りぶつかった。


不意のことで踏ん張りが聞かず、少年はそのまま泉に落ちてしまう。


その時はまだ、少し濡れたところですぐ帰宅して着替えれば平気だと思っていた。


普段なら、そのはずだったのだが。


先の見えぬほど暗く深い水底に、ゆっくりと沈んで行く。


身体は動かせず、水面に上がることも抵抗して藻掻くことも出来ない。


水中ではもちろん息など出来ないが、不思議なことに苦しくは無かった。


……シャン――――


どこか遠くから、微かに澄んだ鈴の音が聞こえる。


…シャン――――


沈むほどに、その音はだんだんと強くなっていく。


……ッ…――――


鈴の音に混じり、焦ったような小さな声も聞こえる。


シャン――――


鈴の音が一際大きく響き、耳元で声がする。


――世界を救って……


少年の意識は、ふっと途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る