やらせに厳しくなったので

秋風ススキ

本文

 若女将が学生時代にサークル活動で覚えたというフルートの演奏を披露してくれて、良い絵が取れた。

「はい。ありがとうございました」

 お笑い芸人であり、最近はレポーターとしての仕事の方が多い、三毛猫オースは感じの良い笑顔で言った。

「こういう番組って、アポなしという設定ではあっても、実際には事前にそういう番組の取材が来るという連絡くらいはあるものだと思っていました」

 若女将が微笑んで言った。

「最近は視聴者の目も厳しいので。いえ、いえ。誠実であることが大切な時代ですので」

 オースはおどけて答えた。そして旅館の職員数名からのサインの求めに応じてあげてから旅館を出た。緑の多い土地。老舗の旅館が数軒、近い範囲に並んでいる。そこから少し離れた場所には商店や民家。

「綺麗なものだね。毎度のことながら」

「はい。それではオースさん。こちらへ」

 スタッフたちと一緒に大型の車に乗り込む。車は車道を進み、先ほどの町からは山によって完全に死角になっているところまで来て、消えた。


「お疲れ様でした」

「みんなもお疲れ様」

 ヘルメット型の装置を頭から外し、カプセル型の装置から身体を出しながら、オースとスタッフたちは労いの言葉をかけ合った。

「この装置のダイブは疲労がすごいですものね」

 と、若手のスタッフが言うと、やや年配のスタッフが、

「実際に遠くへ取材に行くよりはマシだよ」

 と、言った。

「オースさん。今夜の飲み会に参加なさいますよね」

「ああ、すまない。今夜はちょっと予定があって」

「デートですか?」

「まあね。週刊紙には売らないでくれよ」

「分かっていますよ」

 オースはテレビ局から都内のレストランへとタクシーで移動した。予約した個室に、ガールフレンドが既に来ていた。ネット通販の会社のファッションモデルから出発して、今ではテレビ番組にも出ている女性タレント、ジューン・紫陽花であった。

「今日もレポーターのお仕事だったの?」

「うん」

「ドッキリ系?」

「いや、ほのぼのとした旅番組さ。地方の温泉地を尋ねて、商店街の人や旅館の人と話をしたよ。もちろん仮想で」

「そういう番組なら仮想じゃなくてもよいと思うのだけど」

「今はその辺りうるさいからね。事前に最低限の告知はしてありました、なんてテロップを番組冒頭に入れたら雰囲気がぶち壊しだし、そういうことを書かないとクレームが来るし。リスクを冒すよりも、現に盛んに使用されている技術があるのだから、それを使おうという話になるのさ」

「なるほどね。ところで、他のお仕事を得るという話はどうなの?」

「安心してくれ。情報番組の司会の仕事が決まりそうなのだ」

「まあ。すごい」

「その番組が落ち着いたら、もう結婚しても大丈夫さ。収入の面でも、人気の面でも」

「まだしばらくはアイドル的な人気が必要で、彼女の存在は隠さないといけないということね」

「いや、そういうことじゃ」

「大丈夫。わたしも仕事があるし、なんなら1年や2年くらい待っていられるから」

「ありがとう」


 ペットショップの店内。広くて明るい。ケージの中には子犬や子猫。客は数十名。突如としてライオンが現れる。たてがみが立派な雄のライオン。

「きゃあ!」

「逃げろ!」

「待て。刺激したら危ない」

「ラ、ライオンは雌が狩りをするから。雄は刺激しなければ大丈夫なのじゃ、ないかな」

「なんでこんな所にライオンが」

「走っちゃ駄目だって」

 押し合い圧し合い逃げ出す客たち。ライオンが吠える。悲鳴が幾つも重なる。


 スタジオは大爆笑であった。大きな画面に映し出されているのは、ペットショップ内を逃げ惑う人々の姿。

「ライオンがほとんど動かないのが笑えるよね」

「人々のパニックとの対比だよね」

 タレントたちがコメントする。

「見ての通り明らかなことではありますが、これは仮想現実の映像です。それからペットショップの店内のお客は現実の人間の人格のコピーではなく、純粋にプログラミングとアルゴリズムで構築された仮想のものです」

 司会役の男性がカメラ目線で言った。その男性の本業は俳優であった。スタジオにはオースもいた。彼はそのペットショップの映像については特にコメントしなかった。

 収録の後、司会役だった俳優がオースに話しかけた。

「君はああいうのはあまり好みではないのかな?」

「いえ。若手の俳優さんや女性アイドルの方が賑わって、よく喋っておられましたから。ぼくは他の人が発言していない時に発言するようにしています」

「うむ。番組後半のコーナーで君が披露してくれたトークは愉快だったよ」

「ありがとうございます」

「ああいうパニック系は、実際の人格のコピーでやった方がより面白そうではあるね。協力してくれる人が少ないし、倫理上の問題もあるからやりにくいけど」

「そうですね。ぼくのよくやっている旅番組なんかだと、協力してくれる人が多いですね」

「撮影現場に決めた土地の建物や自然をまず再現して、さらに住んでいる人の記憶や思考パターンをコピーさせてもらうのだっけ? もちろん番組制作へ協力を頼まれたという記憶は除いて。それをシミュレーションで動かす、と。わたしは理系のことは苦手で、詳しいことは分からないが」

「ぼくも技術方面の詳しいことは分かっていません」


 オースは自宅で恋人と過ごしていた。2人でフランス産のワインを飲み、イタリア産のチーズを食べながら会話していると、玄関のチャイムの音がした。

「こんな夜になんだろう」

 オースは立ち上がった。

「後輩芸人の方とか?」

「いや。そういう場合は事前に連絡してくるはずだ。君は念のため隠れる準備をしておいてくれ」

 玄関に向かったオースは、ドアを小さく開けた。ドアには内側からチェーンがかけてあった。

「どなたですか?」

「先輩。ぼくです。黒猫バレーですよ」

 後輩芸人であった。

「どうしたの。連絡も無しに」

「ちょっと彼女の家を追い出されてしまいまして」

「仕方ないヤツだな。まあ、上がってくれ」

 チェーンを外す。バレーが入って来た。

「ちょっとここで待っていてくれ。部屋を片付けるから」

「ぼくと先輩の仲じゃないですか。片付けるのを手伝いますよ」

「いや。いいから」

「もしかして彼女が来ているとか」

「何を言って」

 バレーが扉を大きく開いた。そしてカメラを抱えた人を含む、数名の男たちが無言で入って来た。

「な、なんだ。これは」

「すみませんね、先輩」

「逃げろ」

 オースは叫んだ。男たちは廊下を小走りで進む。

「訴えるぞ」

 オースは追いかけた。

 リビングにはジューンが残っていた。

「恋人発覚」

「まさか人気絶頂の女性タレントとは」

「お熱いですね」

 オースは、

「おい、やめてくれ」

 と、言った。

「残念ですけど、これ。生中継なのです」

 押し入って来たうちの1人がリビングのテレビを点けた。

 画面には、オース本人やジューン、それから男たちの姿を含む、リビングの様子が映し出されていた。


「という訳で、このたびめでたく結婚した我らが司会者への、わたしたちからのサプライズプレゼントでした」

 スタジオにはオースとバレー、そして他の出演者たちとスタッフがいた。大きな画面は、既に番組のタイトルを大きく映す静止画になっていたが、先ほどまでドッキリの映像が流れていたのであった。

「ここで奥さんにも登場していただきましょう」

 ジューンが現れた。ニコニコ顔であった。

「ごめんなさい。あなた」

「君は知っていたのか」

「ええ。だからあの仮想現実の中のわたしは、全てではないけど、わたしの記憶や人格のデータを基にして作られているわ。だから信じたのね」

 スタッフが、

「この企画はだいぶ前から準備していたもので。ほら、婚約会見よりも前、別番組の収録の時にオースさんの許可を得て記憶と人格のコピーを取ったでしょう? あの時のデータを使わせてもらいました」

 と、説明した。

「わたしにはバレーさんが話を持ってきてくれたのよ。本当は、わたしの分はプログラミングだけにする予定だったのだけど、それではコピーとはいえ、あなたのことを騙せないと思ったから。こうして協力したの」

 と、ジューンが言った。


 その番組の場では笑って許したオースであったが、段々と、こういう状況は良くないのではないかと考え始めた。コピーの人格やプログラミングで作り出された人格といえども、主観は本物の人間と同じように存在するというし、身体的な痛みも心の苦しみも感じるはずだ。とりあえず、ドッキリ系の企画を自分の番組の中で行うことはやめよう、そういう内容の番組に出ることはやめよう、と決意した。

 プライベートでもそういう番組は見ないようになった。仮想世界で殺人を発生させて、その世界の人を犯人に仕立て上げて反応を楽しむとか、怪獣を出現させて人々の逃げ惑う姿を楽しむとか、その手の番組は、オースの結婚の頃から数年で、内容がどんどんエスカレートした。

「君。そんな番組を見るのはよしなさい」

 と、家でいる時に妻に対して言うようにもなった。

「あら、いいじゃない。ドッキリとか旅番組とか、色々とうるさい今の時代に放送できているのは、仮想現実の技術のおかげなのよ。あなただって、そのおかげでタレントしての仕事がもらえて、人気も出た、のじゃない。」

「だからって。もういい。君は好きなように見ていろ。ぼくは他の部屋に行く」

 こういう言い争いが増えた。

 オースは芸能界で一定の地位を得ていたので、この風潮を変えていくべく自分から行動を起こすことにした。仲の良い芸能人やスタッフに声をかけて、仮想現実に頼らないで面白い番組を作ることを目標としたチームを立ち上げた。懇意にしている制作会社の重役が協力を申し出てくれた。オースがリーダーというかたちで、番組制作を行えることになった。

 その企画の第一号として、現実の世界での収録による、番組を作ることになった。現地の人には番組の収録を行うということを予め説明した。現地の人に協力してもらい、一部の人には出演してもらって郷土料理や自然の紹介をする番組。事前の連絡や相談があることをハッキリと視聴者にも示す番組というのがコンセプトであった。

 その記念すべき第一回の収録。オースは緊張したが、撮影は順調であった。一段落して、休憩をしている時に、マネージャーが慌てた様子で、携帯電話を持ったまま駆け寄って来た。

「オースさん。奥さんが。奥さんが交通事故に遭われて。今、病院にいらっしゃるとのことです」

「なんだって」

 撮影は中止となり、オースは東京へ急いだ。

「最善は尽くしましたが。残念です」

 医師にそう告げられ、オースは吐き気を覚えた。

「なんで、こんなことに」

 気が付くとオースは椅子に座り込んでいた。そこに見知らぬ男性が近づいて来た。中年男性であり、しっかりした体つきであり、目つきは少し鋭かった。

「ご主人ですね。こんな時に申し上げにくいのですが」

「なんです?」

「奥さんが事故に遭われた時の状況をお伝えしないといけませんので。わたしは刑事です」

「どうぞ。言ってください」

「奥さんはある男性が運転する車に同乗していました。そしてその車が転落事故を起こし、奥さんは重傷を負われました」

「男性?」

「はい。黒猫バレーという芸名で活動している、お笑い芸人の方です。その方も亡くなりました」

 オースは絶句した。

 葬儀の準備はジューンの両親やオースとジューンそれぞれの所属事務所の人間が手伝ってくれた。周囲の人はオースに優しくしてくれた。準備は我々や葬儀会社の人がやるから、君は自宅で休んでいてくれ、という感じであった。

 オースは有難いと感じたが、周囲の人たちの様子に何か妙なものを感じた。感覚だけの問題ではなかった。たとえば新聞や雑誌の類が、自分の元に届けられない。もとより世の中のニュースが気になるような状態ではなく、自分の携帯でネットも見ていなかったが、不意に気になり始めた。あらためて探してみると、自分の携帯も見当たらなかった。

 何かがおかしいと感じたオースは、サングラスやマスクで顔を隠し、こっそりと外に出た。いやな予感はあった。近所のコンビニへ向かう。新聞を複数購入し、近くの公園で読み始める。

 一般紙はタレントの死去をニュートラルに伝えているだけであったが、スポーツ紙などにはハッキリと書かれていた。お笑い芸人、三毛猫オースの妻であるジューン・紫陽花が、オースの後輩でもある芸人、黒猫バレーと、前々から浮気の関係にあり、そのデート中に交通事故で亡くなった、と書かれていた。

 ベンチに座って新聞を読んでいたオースは、笑い始めた。

「ハハハ。これはタチが悪すぎる。だからいやなのだ。酷いドッキリだ。こんな仮想現実、とっとと終了してくれ」

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