第5話 望み

 とある星の、とある国での物語。

 様々な種族が混在するヨークランド大陸の一国、ノルディアは未曽有の危機に晒されていた。勢力を増した魔王軍が、ついに周辺諸国を攻め滅ぼしにかかったのだ。魔族の侵攻に困り果てた国は古くより伝承に残る『勇者召喚の儀』を行う事を国内外に向けて発表した。


 勇者とは、過去、幾度も起こった人魔大戦に登場する、世界を危機から救う者であり、この国において歓迎されるべき存在だ。

 各地に眠る遺跡に刻まれた勇者像には様々な記述が残っている。「勇者は光り輝く剣を手に、悪魔を打ち滅ぼした」「黒髪黒目の容姿で、慈愛に溢れた女性だった」「大柄な男性で、素手でドラゴンを打倒した」等・・・。

 千差万別あるが、どれも多くが人の為に働き、英雄として活躍し、魔王を倒して世界を救ったということ。多くの碑文に様々な名前が記されていることから一人ではなく、時代ごとの英雄が現れることが分かる。


 歴史あるノルディア国の王城にある大広間にて、その儀式は執り行われる運びとなった。







「ここは・・・?」

描かれた魔法陣の上に現れたのは男だった。見た事のない煌めく真っ白な衣装に身を包み、皮の靴をはいた男。外見や声の様子から年はまだ若い。


「おお、上手くいきましたな!」

「素晴らしい!実に英気溢れる若者ではないですか!」

「勇者様!どうかこの国をお救い下さい!」


儀式を見守っていた司祭や有力貴族、そしてこの儀式を完成させた賢者それぞれが感嘆の声を上げる。


「何ですか貴方達は!俺はさっきまで・・・」

「それについては私から話すとしよう」


 困惑する男に王は玉座から言葉を賜った。この世界の成り立ち、この国が魔王の侵攻に侵されている事、そして男が神聖な儀式によって選ばれた勇者であり、召喚された経緯について。


 男は茫然としていた。


 見知らぬ地に身一つで降り立ったのだ、不安や動揺もあろうと王は話を続けた。


「そなたには申し訳無い話なのかもしれない。許せ。だが、そうでもしなくばこの世界は魔族によって失われてしまうのだ。しかし安心せよ、これまで勇者が魔王を打倒出来ず、救国が成し得なかった試しはない。必ずや我が国、ひいてはヨークランドの地を救う強者となろう」


 男は少し俯いた様子で立っていた。小声で何かを呟いているが、その言葉は周囲には聞こえない。


「魔王の影が無くなった暁には、其方には望むものを全て与えよう」


王の言葉に俯いていた男の顔が上がった。彫りの浅い人種なのか、表情から心情は察しにくいが、その様子を見た王は安堵した。召喚した勇者が無欲ではないのだと。王はさらに言葉を続けた。


「無粋であるかもしれないが、そなたの見た事もないような財宝が用意されるだろう。領土でも構わん。実り溢れる豊かな土地を授けよう。それに望むならば・・・」

と言って王が目配せして呼び寄せたのは、白を基調としたドレスに身を包んだ、それはそれは美しく可憐な女性だった。

「我が娘、王女であるルーシャを娶らせよう。どこへ出しても恥ずかしくはない自慢の娘だ」


男の顔は真っ赤に染まった。その様子を見た王以外、周囲の者はようやく安堵した。伝承の勇者も我々と変わらぬ、一人の男なのだと悟ったのだ。


 周囲がざわめきだしたが、王が手を挙げるとそれも止まった。勇者の返答を待っているのだろう。

 目を閉じ、動かないままだった勇者は震える声で

「・・・ここから帰る事は?」


 そう尋ねた。


「なんと!」

「勇者にあるまじき発言だ」

司祭、貴族達の喧噪の声が高まり出し、賢者は青い顔をして王城の壁へもたれかかった。

「この儀式で用いられた魔法陣は異世界からこの世界までの片道しかない。こちらから異世界への道は用意出来ない。非常に残念だとは思うが」



 そう王が小さく呟いた瞬間、勇者が立っていた場所から爆発音がし、大きな土煙が舞った。感情のまま、膨大な魔力の塊を拳に纏わりつかせて地面を叩いたのだ。そしてそのままゆっくりと王の座る玉座へと向かって歩き出した。

 この動きを察した王の護衛は怒号と共に勇者を取り押さえようと割って入る。すぐ後に部下もそれに続くが、その行動は無駄だった。鍛え上げた肉体や金属で出来た鎧など、男の規格外の力の前には意味を成さない。飛び込んだ護衛の腹に拳を打ち付けると、まるで炸裂するように鎧ごと体が粉々になった。目にも止まらぬ速さで打ち付けられる拳で一人残らず護衛達は皆死んでいった。


「あ、悪魔だ!殺される!」

「ヒヤアアアーーーーー!」


 その場にいた全ての者が悲鳴を上げ、ここから立ち去ろうと逃げ惑う。王は咄嗟の事に動けないのか、ただただ呆気にとられ、口を開けたまま玉座から転げ落ちていた。











―――――――――――――――


 この世界に呼び出された男は苦労人だった。


 生まれてすぐ、父親は蒸発。母親は自分を残して早くに亡くなった。 

 厄介者だと親戚中をたらい回しにされた。何か失敗すると暴力を振るわれた。

 学校でも酷いいじめを受け、クラスには自分の居場所が無くなった。食費が払えず、家に電話が掛かる度にストレスのはけ口になるのは自分だった。

 中学を出るとすぐに工場に働きに出された。だが、そこでも工場長から嫌がらせに近い勤務を申し渡され、休みなど無かった。やがて工場が傾き出すと、借金で首が回らなくなった工場長は資金を持ち出して夜逃げした。男は働き場所を失った。

 人生なんてくだらない、死んでしまおうか・・・そんな思いで何となく出かけた山で男はとある女性と出会った。

 きっかけは彼女が落としたコンタクトレンズを一緒に探した事だった。登山が趣味で、時々この山に来ているのだという。自分より2歳年上の女性で、とても魅力的に映った。


「お互い一人なら、一緒に登りましょう」


 勇気を振り絞って言った言葉に彼女は笑って頷いた。そこから彼女との交際が始まった。

 自分には学が無い事、頼る者がいない事を話しても、彼女は決して自分の元を去らなかった。それどころか、彼女は男に高卒認定の資格を得る為の勉強を教えてくれるようになった。

 そこからも苦労の連続だった。彼女に相応しい男になるために自分を磨いた。受験勉強やバイトの傍らで様々な資格を取る勉強も行った。世間は自分に冷たかったが、それでも傍に彼女がいてくれると思うと、胸が熱くなった。

 彼女の両親の元を初めて訪れた時、父親は不機嫌だった。当然だろう、大学まで出した娘が怪しい男に振り回されているのだから。だが、男はめげなかった。新しく勤め始めた会社はなかなか激務だったが、成果を出すため必死に駆け回り、また月に一度は両親の元を訪れて雪解けを待った。

 通い続けて、ようやく彼女の父親から結婚の許しが得られたのが今年の春。そしてその半年後、籍を入れてついに結婚式が始まった。


 彼女のウエディングドレス姿に涙が出た。こんなに綺麗な人と結婚するのか、自分には勿体ないんじゃないかと思っていると、彼女は緊張する自分を散々茶化した。


 ウエディングロードを一歩、また一歩進む毎に、彼女との幸せな思い出が浮かぶ。

 そして、初めて男はこれまで恨みしかなかった神様に心から感謝をしたのだ。


 神父が誓いのキスを呼びかけ、それに応じた二人は唇を交わして・・・




 目を覚ますと、そこは知らない世界だった。






 男が望んだ者はただ一人、ただ一人だけだった。

 助けを求める王の首を、護衛から奪った剣で刎ねた。貴族を、賢者を、護衛を、この誘拐を決行した者全てを抹殺するまで男は暴れ続けた。


 この世の全てに呪詛の言葉を吐きながら、やがて男は自らの命を絶った。

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