Once the girls were here ④

 身体が軽く揺すられたのを感じて、私は目を開ける。

 目前には、自分の履くスカートがあった。どうやらあのまま眠ってしまっていたらしい。体育座りという睡眠に適さない姿勢で眠ってしまったからか、身体の節々が傷む。私は、随分と遅かったじゃない、と言いつつ、目を擦って顔を上げた。


「あ、やっと起きた」


 私は、目の前にいるアニマルガールを見て、固まった。

 そこにいたのは、クロウタドリやハネジロではなかった。大きなワインレッドの瞳をこちらに向けているその少女は、ハネジロと似た出で立ちをしている。彼女は、手先までを包み込んで余りある袖を持ったグレーとホワイトの2トーンパーカーに、パーカーと一体型になった小さなプリーツスカート、そしてその下に季節外れのニーハイソックスを身に付けていた。また彼女の容姿を特徴づけているのはそのヘアスタイルであり、嘴のように前出しした長い前髪以外は全て背後に撫でつけられ、大きく額を露出させている。髪型だけを見ればある種のパンクロック的な雰囲気を感じるのだが、如何せん彼女の体格が極めて小柄であった為、どちらかと言うと目に入らぬように母親に前髪をかき上げられた女児のような印象を受けた。

「君さ、揺すっても揺すってもなかなか起きないから、凍死しちゃったのかと思ったよ」

 彼女は縁起でもないことを口に出して朗らかに笑う。

「あの……あなたは」

「あ、わたし? わたしはジャイアントペンギン」

「ジャイアントペンギン?」

 彼女の自己紹介を受けて私はまた彼女の容姿をまじまじと眺めてしまう。先に述べたように彼女は小柄な体型をしており、少なくともジャイアントと呼べるような部分はどこにも見当たらなかった。

「いま君、ジャイアントって言う割には小さいなって思っただろ」

「……思ってないわよ」

 心の中を簡単に見透かされた私は、苦い顔をして目を逸らす。

 私は立ち上がると、改めて彼女、ジャイアントペンギンを見た。立ってみると、彼女との身長差が歴然とする。彼女は恐らくハネジロよりも背丈が低く、完全に見下ろさないとその顔がよく見えない。

「で、君は何のフレンズなの?」

 ジャイアントは小首を傾げて訊ねる。

「私は、アオサギ」

「アオサギ? サギって、あの鳥のサギ?」

「そうだけど」

「うーん」

 ジャイアントは品定めをするかのように、顎に手を当てつつ私のことを観察した。まあ、大体彼女が思っているであろうことは分かる。

「翼が無いから鳥には見えないって、思ってるんでしょう」

「あ、ばれた?」

 今度は私が彼女の心中を言い当てた。私は軽く溜息を吐くと、今度は一体どう説明すればいいか、頭を悩ませる。

「えっと、この頭だけど――」

「言い辛いなら言わなくていいよ~」

「えっ」

 私は彼女の言葉に肩透かしを食らう。今まで出会ってきたアニマルガールは大体、この私の身体的特徴について興味津々といった感じで訊ねてくるので、このような反応を貰ったのは初めてであった。

「わたしね、誰かの表情からその子が考えていることを感じ取るのが得意なんだ。今君の表情からは、緊張と憂鬱と諦念が読み取れた。だから、聞かない方が良いのかなって思ったんだ」

 彼女の説明が実際に私の先程の感情をぴたりと言い当てていたため、私は素直に感嘆する。他人の意思を汲み取るのが苦手な私にとっては、喉から手が出るほど欲しい能力だ。とにかく、煩わしい説明をする手間が省けたので、私は心底安堵していた。

「それは、どうも。……そんな特技を持っているなんて羨ましいわね」

「えへへ~。ま、これは昔の経験の賜物だね」

「昔の経験?」

「うーんとね、ちょっと説明が難しいんだけど、簡単に言えば、グループのまとめ役、みたいなものを務めたことがあってね。そういう役目では、みんなの気持ちをちゃんと汲み取ってあげることが必要になるからさ」


 私は彼女の言ったグループという言葉を聞いて、頭にふとあるものが連想された。コガタが探していたPPPだ。ハネジロも、彼女が亡くしたコガタも、そして思い返してみればPPPを構成するメンバーも記憶が確かであれば全員ペンギンたちであった。ペンギン繋がりならば、駄目でもともと、彼女にも訊ねてみるのが吉と言えるかもしれない。

「あの、良かったら少し訊ねたい事があるのだけど」

「何だい?」

「私、というよりは私たち、PPPっていうグループを探しているのだけど、何か心当たりはないかしら」

 私の言葉を聞くや否や、彼女は目に見えて表情を強張らせた。

「……どうして」彼女は、先程までのおどけたような振る舞いとは打って変わって、真剣さを帯びた声で私に言う。「どうして、君がそれを知っているのかな」

「えっ、どうしてって」

「何処で知ったの?」

 ジャイアントは間髪入れずに私に訊ねる。僅かに泳ぐ彼女の目からは、明らかな動揺が読み取れた。そんな彼女の様子からあることに思い至った私は、彼女に質問をぶつけてみる。

「もしかしてあなたが、PPPのメンバーの一人だったりするの?」

「……」

 ジャイアントは押し黙る。この沈黙は、肯定と捉えていいのか、それとも――。

 と、その時、突如として私は彼女に右腕を掴まれた。

「えっ」

「君、ちょっとこっち来て」

「いや待っ――」

 突然のことに私は反射的に抵抗しようとしたが、クロウタドリよろしく彼女の力はなかなかのものであり、なす術もなく昨夜私が踏み入れたパイプ椅子の向こう側にあるドアの方へと連れていかれてしまう。ジャイアントがドアを開き、隣の部屋へと進んでいく。下にあるパイプ椅子に足を取られぬよう気を付けながら、私もその後に続いた。

 隣室は明かり窓から降り注ぐ朝日により大分明るくなっていた。彼女は私の手を引いたまま、私を上階へと連れていく。階段を上りきった先にあったのは、廊下とそこに沿って立ち並ぶ3室分のドア。彼女はその内最奥のものの前まで進むと、ドア横に設置されていたデジタルドアロック上のテンキーに数桁の番号を打ち込んで開錠した。ドアを開いた先には真っ暗な空間が待ち受けていたので、私は不安になる。まさか、拐かされた上で軟禁される、ということはないだろうな? 彼女に促されて室内に入ると、背後の扉が閉じられ、室内は完全な闇に包まれた。

「ちょっと、真っ暗なんだけど」

「待ってなよ、今電気をつけるからさ」

 後ろからジャイアントの声が聞こえたかと思うと、間も無くして室内が一気に明るくなった。余りもの明暗差に私は目を細める。目が慣れるのに従って徐々に瞼を開いていくと――真っ先に視界に飛び込んできたのは、室内の色彩の華やかさであった。

 部屋の中の彩度を一番に高めていたのは、手前側の壁と突き当りの壁に掲示された多種多様なポスターであった。両奥の壁際には大きな鉄製のラックが配置されており、その上には所狭しとうちわやサイリウム、ハネジロが見せてくれたような様々な缶バッジに、タオル、アルバムなどが並んでいる。ラックに挟まれた部屋の中央に当たる場所にはミキサーが置かれていたものと同型の大型デスクがあり、その上には諸々のDVDプレーヤーやデスクトップ型PCといった機器が置かれていた。この壮観と形容してもいいような光景の中で最も特筆すべきなのは、部屋の中にある恐らく全てのグッズが、PPP関連のものであるという点だろう。

 私は室内の様子に圧倒されたのち、背後にいるジャイアントを振り返った。彼女は私の視線を受けてはにかみ笑いを浮かべると、私の部屋へようこそ、と頭を掻きつつ言ったのだった。



***



「最初にこの部屋を見て、どう思った?」

「えーっと、何と言うか、”いかにも”な感じだなと……」

「あーっ、それ、オタク差別だぞっ」

 ジャイアントは年季の入ったコーヒードリッパーの上にフィルターを設置しながら、含み笑いでそう言う。

 彼女に勧められてデスクの脇にあった椅子の一つに腰掛けた私は、改めて自分の周りを見渡してみた。部屋はお世辞にも綺麗とは言えない状態で、足元にもDVDケースや、雑誌類の山、使われていないブックエンドの連なり、梱包材がたんまりと詰まった段ボール箱などが放置されている。但し、床に埃やごみなどが落ちているというような汚さではないため、恐らくラックから横溢したグッズ類をやむなく下に置いているというだけなのだろう。

「汚くてごめんよ~。ちょっと整理に手間取ってしまってね」

 彼女はそう言いつつ、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを私に手渡してくる。ありがとう、と礼を述べて両手でそれを受け取ると、立ち上る暖かな湯気が私の顔へと当たり、コーヒーの馥郁ふくいくたる香りを運んでくれた。舌を火傷しないよう気を付けながら一口すすってみると、鼻に芳醇な風味が抜け、続いて柔らかな苦みが舌へと兆してくるのを感じる。美味しい――酸味やエグみなどが殆ど無い、優しい味わいのブレンドだ。思えば、暖かい飲み物を飲んだのなんて、異変以来かもしれない。

「これ、凄く美味しいわ」

「いやぁ、そう言ってくれると淹れた甲斐があるよ。コーヒーなんて、新世代のフレンズ達に振舞っても苦い顔されちゃうだけだからね~」

 彼女はそう言って、満足げに頷いて見せた。

「そう言えばここ、電気が使えるのね」

「そうそう。ちょっと伝手があってね、その子に裏の配電設備を直してもらって、使えるようになったんだよ」

 私は合点して頷く。もし電気が使えたなら、私もあの地下でもっと豊かな生活が出来たのにな、と思ったが、急いでその考えを払拭する。もうあの部屋には戻れない。今更仮定の話をしたところで、無意味だろう。


 ジャイアントは自分の分のコーヒーを淹れ終わると、カップを持って私と向き合う形で椅子に腰掛けた。

「いや、まさか、同じ異変の生き残りの子に出会えるとはね。さっき『私たち』って言っていたけれど、他にも一緒に来てる子がいるのかな?」

「ええ、二人いるわ――片方が同じ生き残りで、もう片方は新世代の子よ」

「そっか。今その子たちは?」

「昨晩この辺りを散歩してくるって言ったっきりまだ戻ってきていないわね」

「え、それ大丈夫なの? 最近はセルリアンが増えてきてるっていうし、もしかしたらのことがあるかも」

「多分その心配は無いと思うわ」

 私はアーケードの大穴の前で悠々と巨大セルリアンの有無を確認していたクロウタドリを思い返しながらそう言う。あれ程の余裕は、ある程度自分の力に自信が無ければ生まれてこないものだろう。何より、飄々として抜け目のないあの彼女が、ハネジロもろともセルリアンに襲われ呆気なくやられてしまうという光景はどうしても思い浮かばなかった。

「それより、PPPのことなんだけれど」私は話を本題へと移す。

「ああ、そうだったね」

 彼女はそう言うと、持っていたカップを脇に置き、少し居住まいを正した。彼女が視線で続きを促したのを見ると、私はハネジロが持ち掛けたPPP捜索の願いについての詳しい内容を話し始める。


「……なるほどね」

 ジャイアントは私の話を聞き終わると、そう言って軽く溜息を吐いた。彼女は目を閉じると、腕を組んで沈思する。暫くして目を開けた彼女は、真紅の大きな瞳で私のことを見据えた。

「それで、アオサギちゃん、わたしに出来ることは何かあるのかな」

「まず一つ、あなたに答えて欲しいことがある」

「いいよ、何でも聞いて」

「単刀直入に聞くけれど、異変後の今、PPPはまだ活動しているの」

 私は、ゆっくりと彼女に訊ねる。正直、クロウタドリとの会話を通してPPPがもう存在しないことはほぼ確信していたのだが、念には念を入れて。

 私の問いに対して、ジャイアントは僅かに間を置いて、力なく首を横に振ってみせた。

「……いないよ、もう。あの異変の時に、PPPのメンバーはみんな命を落としてしまったんだ。シェルターにそのことを報じた新聞も回ってきたはずだけど、君は読んでなかったのかな」

「私、異変が終息してから暫く経って初めてシェルターに行ったのよ。だから、私にまでは回ってこなかったんだと思う」

「そっか。まぁ、異変による被害が一番大きかったキョウシュウのシェルターには支援物資も遅れて届いたらしいしね――知らなかったのも無理はないと思う」彼女は俯きながらそう言った。

「……辛いことを聞いてしまってごめんなさい」

「気にしないでいいよ~。わたしは所詮、ただのファンだしね――きっと、あの子たちの傍で長い間付き添ってきたヒトやフレンズの方が、もっと辛かっただろうし」彼女はあっけらかんとそう言うと、自分が座っていたキャスター付きの椅子を動かして、私の方へと膝を進めてきた。「ま、ファンのわたしにでも出来ることがあるなら、是非力を貸すよ」

「本当に? それなら、ハネジロにあなたが持っているCDやDVDを見させてあげられないかしら」

 クロウタドリはPPPを再結成する、などと随分悠長な話をしていたが、とても現実的とは言えないその提案に乗るつもりは毛頭無かった。

「そんなんでいいの?」

「PPPはもういないのだし、ハネジロを納得させる道はそれ以外にないと思うわ。もし新たにグループを結成することの出来るアニマルガールが居れば話は別だけど――」私は飲み終えたカップを脇のデスクに置いて、苦笑しつつ言う。「流石にそんな子はいないでしょうしね」

「……そう、だね」

 その時、不意にジャイアントの顔に陰りが差したように見えたのだが、間も無く彼女はすっくと椅子から立ち上がると、「じゃ、早速そのハネジロちゃんたちに会わせてよ」と快活に言って、二人分のカップを片付け始めた。気のせいだったのだろうか、と思いつつ、私も立ち上がる。

 ふと目を右に向けると、近くにあったラックに大量のフォトアルバムが並べられているのが見えた。何年から何年まで、といった具合に日付が手書きでそれぞれの背に記された状態で管理されている。恐らく彼女がライブ等に行った際に撮影した写真が入っていたりするのだろう。少し興味をそそられたが、流石に無断で覗くのは無礼な行為だ。私はその場を後にすると、カップを持って外に出ていこうとするジャイアントに、私も洗い物を手伝うわ、と声を掛けたのだった。

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