荒野闘賦の恋愛掌編集
こうやとうふ
夏の終わりに。
夏も終わりに近づき、入浴後の火照った体を冷ますために縁側へ出て、夜風に当たっていた時のこと。
不意に、床へ放置していた携帯が鳴る。
指先から拳一つ分離れていてもどかしい。届かない。
せっかくの休憩タイムを邪魔されたことに少しばかり憤りを覚えつつ、体を器用に伸ばして、何とか掴むことに成功した。
誰からの着信だろうと画面を覗き込んでみると、そこには彼の名前があった。
私は息を呑む。
ふうっと息を吐いて、少し心臓を落ち着かせて通話を開始した。
『あっ、繋がったな。……出てくれないかと思ったよ』
何の用事だろう。彼の声は会って直に聞くよりも少し柔らかく聞こえた。
何となくだけど、耳に心地よい。
どうしたの? と、問うて見る。
極めて自然体に。何でもないかのように。
すると彼は、少しだけ笑って話し始めた。
『いや、何でもないんだよ。……何でもないってば、ホントに』
何でもないのに、どうして? と聞くと彼は少し唸った。答え辛そうに。
少しばかりの静寂。セミやスズムシの鳴き声がうるさいくらいに耳に届いた。
そしてその耳障りな音は、彼の心地よい声に、打ち消された。いや、塗り潰された。
『……今日で、夏休みも終わるだろう? 宿題の進歩状況とか、聞いておきたくて。ほら、俺、連絡先知ってるのキミだけだから、さ』
そうだった。
彼はこの春からの転校生で、たまたま私と仲良くなって、昼食を共にする仲になっていた。
普段、同学年や同級生からの連絡なんて鬱陶しいだけなのに、彼からのだけは素直に取っていた。
別に。私は全て終わってるよ。と、悟られないように、一定の間隔を維持しながら会話のキャッチボールをしようと努める。
『俺も何とか終わらせたんだ。慣れなくて大変だったけどね』
彼が苦笑する。
私は思わず、その間隔の維持すら忘れ、聞き入ってしまう。
彼の息づかい、その言葉の端々から感じられる、滲み出ている、その優しさをゆっくりと嚥下していく。
『……大丈夫?』
彼の声に、ハッと我に帰る。
問題無い、と告げると彼はそれ以上深く追求して来なかった。
その代わり、ある提案を持ちかけて来た。
『……今度、映画行かない? ほら、キミが前に紹介してくれた小説、映画化してただろう?』
そうだったかな? と記憶を探ると確かに、そんな話を今朝のニュース番組で見かけた気がする。
正直ミーハーな人たちが俳優目当てで観に行くのは決まりきっていて、それには辟易するのだけれど、答えはとうに決まっていた。
行きたい。私も。
『ホントに、いいの……?』
彼が驚きの声を上げる。
私は少し苦笑しながら、うん。と、頷いた。
それから日程と集合時間を決めて、その後は他愛ない話をした。
楽しい。心からそう思えた。
だから、この時間が永遠に続けば良いのにって、そう思った。
『……っと、そろそろマズイな。明日、学校だし。こんなに長く話してごめん 』
彼が謝る。
そんな長い間話していただろうか、と思って時間を見ると、30分は優に超えていた。
私の方こそ、ありがとう。と、
『ありがとう。……おやすみ。また明日ね』
彼がそう言ったのを聞いて、私は名残惜しさに胸を締め付けられ、また明日会える喜びを噛み締めながら、
「……また、明日」
終話ボタンを押した。
「……」
携帯のスピーカーからはビジートーンが流れている。
その音に少し寂しさを覚えつつ、私はもう少しだけ夜風を浴びることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます