04 たくさんいっぱい

 真偽については、シュナードには判らない。

 ただ少なくともミラッサは、レイヴァスがアストールの子孫だと信じている。だが、彼にそれを知らせてはならないと考えている。

 レイヴァスは、アストールの子孫ではないと主張している。ミラッサには都合のいいこと、になる。おそらく。

(だが、言わないまま……認めさせないままでどうしたいんだ)

 そこが判らないところだ。

 ミラッサはレイヴァスが英雄の子孫だと考えている。だがそのことをレイヴァスに知らせてはならないと考えている。

 それから?

「封印」

 レイヴァスが呟いた。

「――剣、か?」

 少年はミラッサを見た。

「アストールの剣、スフェンディア。あれはただの剣じゃない。強い魔力を秘めた特別な品だった。だからこそエレスタンの封印を果たす役割ができたんだ」

「へえ、そうなのか」

 シュナードは剣が封印に関わっていることもライノンから聞いただけで、つい先ほどまでは銘があることも知らなかった。それが普通ではあるが。

「スフェンディアに何か起きたのか」

「魔術王の」

 少女はうつむいたままだった。

「復活は、もうはじまっているの」

「何だと?」

 戦士は目を見開いた。

「封印の口伝が失われ、少しずつそれは緩んで、彼はそのあぎとから抜け出しつつある。あとは時節を待つだけなのよ」

「星辰の何ちゃらか」

 ライノンもレイヴァスも言っていた。長い、それはそれは気の遠くなるほど長い時間を経て星がかつてと同じ位置に昇るとき、同じ運命がもたらされると。

「彼が警戒しているのはアストールの血を引く者がアストールの剣を使って再び彼を封じること。だからこうして手下を送り込み、様子を見ているのよ」

「おい」

 シュナードは片眉を上げた。

「お前、いま、さらっと重要なことを言ったな?」

 少女は魔物の来襲が魔術王の仕業であると、あっさり告げたことになる。

「事実であるとしたら、エレスタンとやらは大馬鹿だ。人違いをして様子を見たところで何になる」

「事実であるとしたら」

 繰り返してシュナードはむうんとうなる。

「なあ、レイヴァス。お前はやっぱり」

「違う」

「いや、そうじゃなくてだな」

 彼は頭をかいた。

「違うと言うのであれば、不本意だろうが、お前がそれを証明しなくちゃならんぞ」

「どうやったらそんなことが証明できると言うんだ」

 レイヴァスは鼻を鳴らした。

「剣が」

 ゆっくりと顔を上げてミラッサは言った。

「抜けなければいいわ」

「……何?」

 シュナードは目をしばたたく。

「封印の剣は英雄の血筋でなければ抜くことができない。逆に言えば、抜けなければあなたはアストールの血筋ではない」

「んな、無茶苦茶な」

 戦士は呆れた。

「何が無茶だと言うの」

 厳しい声がくる。

「第一に、どこに封印されてるか判ってんのか? 第二に、万一抜けたらどうすんだ。魔術王が復活しちまうんじゃないのか」

「第一に、場所は判っているわ」

「あ?」

「第二に、魔術王の復活は既にはじまっていると言った通りよ。剣はもはや封じの役割を果たしていないの。でもその代わり、再び魔術王と戦う武器にはなる」

「ふううむ……」

(理屈は、合ってるようでもあるな)

(だが何かおかしいと言うか)

(足りない感じもするような)

 彼は考えたが、何が違和感を生じさせるのかは判らなかった。

(しかし、嬢ちゃんの目論見は少々判明したな)

(違うことを証明しろとして剣を抜かせ、やっぱりあなたが末裔でしたとやりたい訳だ)

 これなら「自分は英雄の末裔だ」と知らずに「岩に認められる」ことになる。「岩」が何をどう認めるのかはともかくとして。

「場所が、判っている?」

 レイヴァスは顔をしかめた。

「どこだ」

「きてくれると約束するなら、教えるわ」

「出鱈目か」

 少年は手を振った。

「僕もいろいろな文献を読んだが、具体的な場所に触れたものはない。アストールの血筋に口伝でしか残らなかったというのは事実のようだ。お前が知るとは思えない」

「……待てよ、まさか」

 シュナードははっとした。

「ミラッサ、お前」

「私はアルディルムじゃないわよ」

「あ、そう」

 思いついたことは口にする前に否定された。

(そりゃそうか。姉弟って感じはせんしな)

(……態度は似ちゃいるが)

「その様子、興味はあるんでしょう?」

 少女はレイヴァスに向けて、少し笑みを浮かべた。そうすると幼さが消え、奇妙な艶やかさが宿る。思わずシュナードは咳払いなどした。

「何よ」

 むっとしたように彼を見る表情は、また見慣れたものだ。

「いや、何でも」

 彼は手を振った。

「レイヴァス、もし私ときてくれたなら、あなたの好奇心は満たされるわ」

 またしてもミラッサの瞳はレイヴァスに向かった。

「好奇心」

 ふんと少年は唇を歪める。

「これは、そんな下世話なものじゃない」

「高尚な知識欲か」

 口を挟めばぎろりと睨まれた。

「ただの軽口だ。いちいち怒るな」

 肩をすくめて、シュナード。

「興味はあるはずよ、絶対に」

 ミラッサは卓上に両手を置き、レイヴァスの方に身を乗り出した。

「行ってみたいでしょう。その目で見てみたいでしょう。古代王国ドリアーレという、いまや書物でしか見られない時代にあった国の怖るべき遺産。英雄アストールの剣と、魔術王エレスタンが封じられた岩」

 誘うようにミラッサは言った。少年は少なくとも、即座に否定はしなかった。

「――決まりね。〈夕星ダムルトの導きには日が沈むまでに従え〉と言うわ。明日の朝にでも支度をしてすぐに発ちましょう」

「おい、僕はまだ何とも」

「シュナード、あなたもきてくれるわね?」

「はっ?」

 戦士はぽかんとした。

「俺までか?」

「当然よ。途上、どんなことがあるか判らないのよ」

「はあ」

(まさかその途上の危険のためにレイヴァスに剣を覚えさせようとしてたんじゃないだろうな)

(一朝一夕でそこまで身につくもんじゃないぞ、舐めてんのか)

 これまで剣で身を立ててきた者としてはそんなことも思ったが、本気で怒るのも大人気ない。胸に秘めておくことにした。

「だが俺は、訓練所の仕事もあるし」

「お願い、シュナード。一緒にきてほしいの。あなたが必要なのよ」

 ミラッサは瞳を潤ませて彼を見た。

「ぐっ」

 美少女に「あなたが必要なの」なんて言われたら、一も二もなくうなずいてしまいそうだ。本性がであろうと。

「……せめて、往復にかかる日数を教えろ。『いつ戻るか判らない』なんて能天気なことを所長に言ったら『もう二度と戻ってこなくていい』なんて言われるかもしれん」

「それじゃ」

「まあ、俺は素直に言うことにするが」

 嘆息混じりに彼は続けた。

「下世話な好奇心でいっぱいだ、というのは、ある」

 言ってやればレイヴァスは顔をしかめた。

「だが、明日の朝一番ってのはいくら何でもきつい。せめて二、三日の猶予をくれ。その間に仕事の調整を済ませるし、旅の支度も」

 彼は妥協案を提示した。「そんな悠長なことを言っている場合ではないわ!」という少女の台詞が、発される前から聞こえるようではあったが――。

「ひいいいっ!?」

 幸いに、とも言えまい。

 ミラッサが何か言うより先に、素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。

「ばばば、化け物だあっ」

 その馬鹿げて聞こえる言葉に、店の給仕や客たちの視線は冷ややかだった。酔っ払いめ、と思うのであろう。

 だがシュナードたちにとっては、見過ごせない一言であった。

 まさか。

「たたたたくさんの、でっかい、泥人形が! みみ、店のそとに、いっぱい!」

 がくがくと離れたところから見ても判るくらいに身を震わせながら、おそらく帰途につこうとしたのであろう男は言った。店内は失笑と、それからいくらかの不安、または恐怖に包まれた。

「ば、化け物だと?」

「はは、まさか」

「何を言ってるんだ」

「酷い酔い方をしたもんだな」

「だが見てみろ、あの顔……」

 彼らは真偽を調べるまでもなかった。入り口の跳ね扉の向こうから、男の言ったままのものがのろのろと屋内に入ってきたからだ。

「ばっ、化け物!」

「いやああっ」

「に、逃げろっ」

「おた、お助けぇ!」

 店内は一瞬にして恐慌状態に陥った。

「おいっ、まさかまた」

 シュナードはがたんと立ち上がった。

「人気者すぎないか、お前さん!」

「僕のせいだと言うのか!?」

 憤慨したようにレイヴァス。

「ほかに、日に三度も町なかで魔物に遭遇する理由は見つからん」

 言いながら彼はこの日三度目の抜剣をした。

「戦えない奴ぁ下がってろ! 覚えのある奴ぁびびらんで出ろ! 親父、何か壊れても弁償はせんからな!」

 言い放ってシュナードは飛び出した。

 生憎なことに、ここは戦士の集うような店ではない。同業者の多い場所でいちいち話しかけられても面倒だからと、彼自身がそういう場所を選んだのだ。

 よって、彼の隣に並ぼうという戦い手はいなかった。

(まあ、土塊ひとつなら俺ひとりでもどうにか)

 泥でできた人形のようなあの魔物は、この辺りではあまり見ない種類だが、以前に遭遇したことはある。打撃に強いので面倒ではあるものの、動きは鈍いし攻撃力も大して高くない。何度も叩いて原型をとどめない状態にまで追いやるのは少し手間だが、一体だけなら。

「って、おい」

 まるでその考えを嘲笑うように、不気味な泥人形たちは続々と入ってきた。

 そこでシュナードは、悲鳴を上げた男が「たくさんいっぱいいる」と言っていたことを思い出す。

「くっそう、勘弁してくれ!」

 彼もまた悲鳴のような声を上げた。

 遅めの時間帯で、店はそれほど混んでいなかったが、働いている者も含めて十人はいる。ひとりでこれだけを守る仕事についたことはない。

(依頼人がいるなら、あとでふっかけるんだが!)

「裏だ。厨房の裏口から逃げろ。女を守って、落ち着いて行くんだ。騒げば奴らを刺激する。いいな」

 状況に似つかわしくない冷静な声が耳に入った。レイヴァスが人々に避難を指示しているようだと判った。

(やるじゃないか)

 シュナードはにやりとした。

(負けてられんな)

 避難誘導と戦闘を比べられるものではないが、「非合理的に」戦士はそんなことを思いながら手近な卓を蹴飛ばした。それは先頭の泥人形に命中し、酷い酔っ払いのようによろつかせた上、後続の動きも乱してくれた。

 だがやはり、それで撃退できることもない。のろのろと土塊たちはまた進み出し、彼も逃げ出すことを考えた。

 怖れて後ろを見せるのではなく、多数の相手にひとりで立ち向かって死ぬのは馬鹿だと思うためだ。

(戦略的撤退ってやつだ)

(だいたい、ここで命を張る義理もない)

(反射的に剣を抜いちまったが、とっとと裏口から逃げ出したってよかったんだ)

 彼がそんなふうに考えたときである。

「シュナード、行くぞ」

「あ?」

 何が、と問い直す前に、彼の剣が燃え上がった。

「うおっ」

 先ほどと異なり、今度は普通の炎――魔術の火が普通かどうかはともかくとして、少なくとも黒くない――であったが、突然では驚く。

「やる前に何か言え、心臓に悪いっ」

「呼びかけたろうが」

「まあ、そうだが、もうちょっとだな」

「二度目だ、ぴんとこない方が悪い」

「無茶言いやがって」

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